第5話

 懐からおばあちゃんの手帳を取り出す。普段から肌身離さず持ち歩いている。肛門が裂けて歩けないときでも安心。手帳の最後のページ、書きなぐったような文字で電話番号が書いてある。


『○○○-3756-4117』


 手早くスマホを取り出し、電話をかける。6回コールしたあと、ブツッと切られた。よくあることだ。もう一回かける。6回コールしたあと、ガチャッと出てくれた。


『……何だ』


 低い声が届く。ボイスチェンジャーでも使っているような機械音がする。


「お久しぶりです。ちょっと相談したいことがありまして」


『この番号はなんでも相談窓口じゃあない。緊急用だと何度も言ったはずだ』


「ある意味緊急と言えば緊急でして。いいですか?」


『有無を言わせないんだな、少年ボーイ。将来大物になるだろうね』


「どうも。それで次の屍喰いのことなんですけど……」


 あの人。昔から俺の相談に乗ってくれる人。中学校で初めて屍喰いをしようと決めたとき、不安でいっぱいだった。そんなとき、手帳のこの番号を見つけて、わらにもすがる思いでかけてみた。


 あのときもこんな低い声だった。不安と興奮でまくし立てる俺に、『黙れ。我輩の時間は貴重なんだ。そんなつまらん話をするんだったらかけてくるな』と優しく諭してくれたのを覚えている。


 なぜか俺たちの事情をよく知っていて、アリアのことも屍喰いのことも、おばあちゃんがいなくなったことも分かっていた。屍喰いのことを相談してみると、『祖母が残してくれた手帳があるんだろう。前のページをよく読め。やり方がすっかり書いてあるから』と助言をくれた。


 水卜みうら市の自立支援制度のことも教えてくれた。申請の方法から必要な書類まで、事細かに説明を添えて。ぶっきらぼうなしゃべり方をするけど、性根は面倒見がいいんだと分かった。それから今まで、何か困ったことがあったときはこの人に相談している。


 一応緊急用と釘を刺されている。昔『アリアがおねしょして泣いてるけどどうしよう』と伝えたらガチャ切りされ、1カ月以上連絡が取れなくなったことがある。だから電話をかけるときは理由を用意しておく必要がある。


「……というわけで、アリアが女子高生を喰べたいって駄々をこねて聞かないんです。何かいい方法がありませんか?」


 ちょっと盛って伝えた。


『はぁ~……そんなことも考えつかないのか? もう高校生だろ? いったい何をしてきたんだ、今まで』


 分かりやすく呆れた声。失望がしみじみ伝わってくる。俺はちょっとイラついて、こっちもぶっきらぼうに言い返す。


「だったら何ですか? 分かるなら教えてくださいよ」


『急くな。思考を止めると成長も止まる。まだ若いんだから自分で答えを見つけろ』


 この人はときどき俺を試すような言い方をする。さっさと教えてくれた方がお互いのタイパいいと思うんだが。先生じゃあるまいし。


「う~ん……ヒントくらいくださいよ。今のままじゃ当てずっぽうすぎます」


 少し考え込む間があったあと、ヒントをくれた。


『思い出せ。水卜市はそれほど治安がいい町ではない。君のいる沙津さづ町の周りにも、ちょうどよく犯罪に身を染めた人間はいるものだ。そこに目をつければいい』


「んん? 犯罪してる女子高生見つけろってことですか?」


『端的に言うとそうだ』


「そんなのいたら苦労しませんよ。もうちょっと具体的に……」


『さて、我輩は忙しい。それでは』


 ツー、ツー……


 電話が切れた。俺の堪忍袋の緒も切れた。スマホを放り投げる。なんだよ犯罪女子高生って。そんなのいるわけないじゃないか。諦めて肛門に氷のうをこすりつけ、ご自愛する。


 アリアに電話して学校に着いたのも確認したあと、少し寝た。ここのところ気疲れしてたから、ちょうどいい休憩になった。目が覚めると、スッキリさわやか頭が冴えてる。


 その頭でもう一度考える。犯罪女子高生とは? 深夜に大人だけがうろついている町で犯罪をする女子高生がいる? なんで? なんのために? そんなの……そんなの……


「あ」


 気づいちゃった。犯罪の女子高生。


 パパ活だ。


 パパ活とは、売春である。主に女の子が中年男性をターゲットにして、疑似交際関係を体験させる見返りに、金銭的援助を受ける。昨今社会問題化するトピックであり、特に未成年の事案は取り締まるべき犯罪。


 それなら10代の女の子もいるだろうし、殺しても心が痛まない。なんならパパの男も殺せて一石二鳥。いい方法、見つかっちゃった。アリアが喜ぶぞ。


 次の金曜日、屍喰いの日。肛門の痛みは引いた。午後8時ごろ、隣の隣の町の駅前広場にやってきた。シンボルの銅像下に座りこんでいる女の子を何人も見かける。ここがパパ活待機所になっているのだ。


 俺は中でも一際若い、もはや幼い子に目をつける。ゴスロリ服に身を包んだ、金髪ハーフツインテ。化粧とマスクに隠れているが、顔つきや体つきが発育段階そのもの。目測15歳と見た。彼女にちょうどいい獲物がかかるまでそばで見張る。


 つまるところあの人は、『パパ活してる女子高生が近くの町にいるはずだから、それを狙え』と言っていたのだ。だったらそう言ってくれればいいのに、とつくづく思うが、そういう人なのだから今さら言っても仕方ない。


 そうこう思っているうちに女の子が立ち上がり、ホスト風の男と何やら話し込んでいるのが見えた。そのまま肩を抱かれ、繁華街の方へと向かっていく。俺はフードを深くかぶって彼らに近づき、明るく声をかけた。

 

「すみません、ちょっといいですか?」


『は? 誰お前』


「いいお金になる話があるんですよ。聞いていきません?」


『知らねぇよバカ。どっか行ってろ』


 男は歩く足を止めない。女の子は歩きスマホをしたまま一言もしゃべらないでいる。警戒されているようで、話すら聞いてくれない。近くの屍喰いスポット、河川敷の高架下に連れていくにも、まずは話を聞いてもらわないと。


 俺は素早く2人の正面に回り込み、地面に手をついて見事な土下座を披露した。面食らった様子で立ち止まる2人。俺はか細い声で頼み込む。


「お願いします……少しでいいですから話を聞いてください……お願いします……」


『そ、そこまでするかよ……何なんだよ話って……』


 俺は砂ぼこりを払って立ち上がり、ささやかな笑みを浮かべて話し出す。


「単刀直入に言うと、そっちの女の子にパパ活してほしいんです。男1、女2の3Pで」


 女の子がスマホから視線を俺に向ける。マスカラに覆われた瞳は潰れて見えづらいが、緑がかっている。男は怪しい物を見る目で俺をにらんでくる。


「パパ活?  3Pだぁ? なんだそれ?」


「俺は水卜市でパパ活のあっせんをしてるんですが、今日の客が複数プレイをしたいと急にゴネまして。1人女の子を紹介したはいいものの、他にストックが無くて困ってたんですよ」


『他にいくらでもいんだろ、何でコイツなんだよ』


「紹介した女の子が、『いっしょにやるなら同い年の女の子じゃないと嫌、緊張する』とこっちもゴネてまして……それで15歳くらいの女の子を急いで探してたんです。そっちの子はおいくつですか?」


『おい、ヒヨリ、聞かれてんぞ。答えろ』


「……17」


 マスク越しに消え入りそうな声が聞こえる。ヒヨリちゃん、17歳か。思ったより歳いってたな。それでもアリアより若い、問題無し。


「なるほど。でも見た目にお若いですし、15歳でごまかせます。それで、いかがでしょう? 俺についてきてくれませんか?」


『ハッ、いくら出すかによるな。ヒヨリ、ウチにツケあるからな、80万。最近水卜に来て、ホストにドはまりしてやんの』


 ツケとはホストでよくある後払いシステム。高額な飲み物をじゃんじゃん入れさせて会計を膨らませ、払えなくなったらこうして売春させる。やり方がヤクザくらいえげつない。それにのめり込む女の子もどうかと思うが。


『稼げるヤツならやってもいいぜ。どうせおっさん相手にウリやらせるつもりだったし』


「そうですね……最低5万は引っ張りますよ。急な条件変更だし、未成年だし。それくらい客に飲ませます」


『お、悪くないじゃん。だったらやらせてやってもいいぜ。いいよな?』


 ヒヨリちゃんは黙ってうなずく。


「ありがとうございます。じゃあ俺についてきてください。客のところまで案内しますので」


 よかった、2匹獲物がかかった。女の子と、パパじゃないけど、若くて身がしまってそうだし、別にいいや。俺が先導して河川敷まで連れていく。俺の視界の端には、セーラー服を着てボストンバッグを担ぐアリアがいる。待ちきれないようで、ちょっとソワソワしていた。


 河川敷高架下。電車がひっきりなしに通るから、大きな物音をたてても紛れて外に聞こえづらい。人気も無いし明かりもほとんどない。何をしてもバレない。準備は整った。


『おい、なんでこんなシャバイとこ来てんだよ。客は?』


「客なんていませんよ。捕食者ならいますけど」


『んだと?』


「ほら、後ろに」


 2人が振り返る。途端、弾け飛ぶ男。20mは転がり、無様にうずくまる。


「キ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


 アリアの雄叫びは電車の通過音に紛れた。紅い瞳がらんらんと輝く。お望みの喰事が用意されたことに、歓喜に打ち震えている。


 アリアは殴り飛ばした男にひとっ飛び。馬乗りになって硬い拳を振り下ろす。何度も何度も。ヒヨリちゃんは俺の横にいるが、地面に尻もちをつき、男が殴られているのを呆然と見ている。腰が抜けたらしい。


「ずららららららららぁ!」


 とっくに動かなくなった男の顔を、元がどんなだったか分からなくなるくらい殴り続け、最後に大きな一撃をお見舞いする。


 ばごっ


 鈍い音とともに飛び散る血しぶき。さっそく男がシんだ。アリアの拳が頭蓋を貫通し、地面にめり込む。ずるり拳を引き抜くと、脳みそが指の隙間にこびりついていた。それをペロペロと舐めとる。


「ん~、ままま~い!」


 ほっぺたを押さえる。屍喰いをしているときのアリアは表情が豊かで、見ていて飽きない。


「こ、殺した……警察……逃げる……逃げなきゃ……アタシも……!」


 正気を取り戻したヒヨリちゃん。目の前の惨劇に怯え、へっぴり腰で逃げ出そうとする。生まれたての小鹿のようにヨタヨタ歩くので、俺が足を引っかけて転ばすのは造作もなかった。


「アリア~、こっちのが逃げるぞ~、そっち喰べる前に早く殺せ~」


「あぁ~い」


 アリアがこちらに向かってズンズン歩いてくる。ヒヨリちゃんは地面にはいつくばって何とか逃げようとするが、全然進まない。10秒もしないうちにアリアに捕まった。首をつかんで持ち上げると、口から泡を吹いてジタバタ暴れる。


「ぎぃっ?! な、何すんだよ! 離せよぉ!」


「アリア、ヤッちゃって~」


「あいなぁ~、うぅぅぅ~~~ん!」


 アリアの大きい両手が頭を挟み込む。手の甲に血管が浮き、水平に力を込める。万力のような締めつけ、ミシミシと音を立てて頭が歪み始める。


「いぎぃぃぃ?! やめっ、やめてぇぇぇ!」


「だって。止める?」


「やめないにょぉ~ん」


「そういうわけだから、諦めてシんでね」


「お゛……う゛……い゛……」


 頭が縦に伸びてきた。ひょうたんみたいな見た目。白目が真っ赤に充血し、鼻の両穴から血が流れ、舌がデロンと垂れる。


「あぃ!」


 ぼちゅん


 破裂。生卵を割るみたいにヒビが入って砕け、中身がドバっと出てくる。距離が近かったので、俺にも血がかかった。温かさも何も感じなかった。


 頭を失ったヒヨリちゃんはヨロヨロと2、3歩進んだのち、膝を折って前のめりに倒れた。こうして1分もしないうちに、屍体が2つできた。しかも片方はお望み通りの女の子。アリアもウキウキだ。


「さぁアリア、た~んとお喰べ」


「わぁ~い! いただきマンモスすみれざくらぁ~」


「何その挨拶。初めて聞いた」


 がっついて2つの屍体を喰べる。特に女の子の方がおいしいらしく、顔を埋めて犬喰いしていた。お行儀が悪いと注意しようとしたら、


「こぉれ、アリアんだぁ! あげないぞぁ! ガルルルルルル!」


 犬歯をむいて4つ足をつき、血に染まったよだれを垂らしながらこちらをキッとにらんでくる。おいしさのあまり野生化してしまった。こうなったらもう仕方がない。気の済むように喰べさせる。


 アリアが夢中になってる間に、俺は少し離れたところでスマホを取り出し、あの人に電話をかける。今度は1回目で出てくれた。


「もしもし。お世話になってます」


『緊急の要件だろうな』


「はい。緊急のお礼の電話です。、パパ活女子を屍喰いできましたよ。ご助言感謝します」


『謝礼の連絡は不要だ。切るぞ』


「そう言わずに。アリアも喜んでますよ」


『……そうか』


「アリアと話します? そう言えば話したことないでしょ? お~い、アリア……」


『いい、いい。結構だ。我輩にその資格は無い。そんな嗜好もないから』


「どういう意味です?」


『気にしなくていい。では、また』


 ツー、ツー……


 せっかくなら本人から直接礼を伝えてやりたいのだが、あの人は頑なにアリアと話そうとしない。『資格』とか『嗜好』とか意味深なことを言っていたが、どういう意味があるのか? 謎が多い人だ。


「んねぇ~! こころとれたぉ~! ちいちゃくてぷりぷり! きゃわわわ~!」


「はいはい、今見に行くから」


 難しいことを考えるのは後回し。今はアリアとともに生きて、喜びを分かち合おう。俺はスマホをポッケにしまい、アリアのそばに寄った。

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