第4話

 屍喰しぐるいが終わって次の月曜日。朝起きて水卜市のネットニュースを見るが、屍体が出たなんて記事はどこにもない。


 それもそのはず、実に18年間続けてきたのだから、今さらバレるはずはない。ずっと。俺たちは悪いことはしてない、ずっと。普通に生きて、普通にシぬ。今日も普通に学校に行く。


 ダブルサイズのベッド、隣でぷうすか寝るアリアの幸せそうな横顔といったら。キスして喰べちゃいたいくらい……いやいや、そんなことを言ってる場合じゃない。さっさと起きて学校に行かないと、遅刻してしまう。


「起きろ~、学校行くぞ~」


「zzz」


「よく寝てるな~。寝る子は育つというけれど、それ以上育つのも困りもんだぞ~。起きろ~」


「zzz」


「お~い?」


「zzz」


「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!」


「うるっちゃぁぁぁーーーい!」


「ぐげふっ?!」


 アリアの起き上がりパンチを顔に食らう。そのままベッドからふっ飛んで、壁に激突。ずるずると床に倒れ込み、意識が潰える。かすむ視界で最後に見たのは、ふてくされた顔で二度寝するアリアの姿だった。


 あぁ、遅刻する……


 俺が再び目を覚ましたのは50分後。始業まで残り15分。学校までは徒歩20分。俺は跳ね起きた。アリアに殴られないよう慎重に叩き起こし、顔を洗って歯磨きして着替えて、『朝ご飯食べたい』とぐずるアリアを『誰のせいだと思ってんだコラ』と一喝して外に飛び出る。走って学校に向かう。


 ぜいぜいと息を切らしながら全力疾走する俺。何の気なしに早歩きでついてくるアリア。始業まで残り10分を切ったところ。


「アリアのせいで遅刻するじゃんか〜! この寝ぼすけ〜!」


「う、う~」


「その怪力剛力パワーでなんとかしろ〜!」


「たぁい」


 アリアは走る俺の足を止めて、脚と背中を抱えてひょいと持ち上げる。ちょうどお姫様抱っこの格好に。


「うわっ?! 何すんだ?!」


「はしるがはやい、アリアが」


 アリアは身をかがめて、脚にビキビキと力を込める。辺りの空気が熱くなる。小鳥はさえずるのを止めて飛び立ち、猫は飛び起きて走り去り、ネズミは巣穴から逃げ出す。


「でぁい!」


 射出。コンクリートの地面が割れ、ロケットのように走り出す。ゴゥゴゥと風を切る音がする。風圧で目が開けられないほどのスピード。


 車と歩行者をスレスレでかわす。歩道橋を駆け上がり、横断歩道を飛び越える。遮断器が下りた踏切をギリギリで走破する。俺が走るのより10倍は速い。これなら遅刻せずに済むかも……


 だけど、とっても恥ずかしい。同い年くらいの女子に抱えられ、町内を爆走。すれ違うおじさんおばさんがビックリしてる。


『あの男の子、抱っこして運んでもらってるぞ』

『ありゃあ、1人であんよができないのかしら。あんなに大きい子なのに』


 なんて言われてる気がする。消えてしまいたい。豊かな大地と母なる海の狭間に吸い込まれてしまいたい……手で顔を覆い隠し、か細い声でアリアに頼む。


「アリア……早く高校に着いて……俺が恥ずかしくなってシんじゃう前に……」


「シぬ?! よくない、よくない!」


「だったら速く、もっと速く走ってぇ!」


「だぁぁぁい!」


 アリアはさらに姿勢を低くし、スピードを上げる。流れ星のごとく通学路を駆け、人の記憶に残る前に過ぎ去った。


 学校の校門が見えてきた。アリアが脚を突っ張り急ブレーキ。ガクガクガクとすさまじい衝撃。首が落ち着かない。アリアの靴のかかとから火花が散る。


 ローファーの底がすり減っちゃう。買い換えないと。ただでさえ足の大きさ33cmで特注するしかなくて、結構な値段するのに……


 徐々にスピードが落ち、制動距離ピッタリで到着。時間は始業6分前。なんとか間に合った。アリアタクシー、いいかもしれない。風圧で髪がバサバサになるのさえ我慢すれば。2人して髪の毛をとかしながらそれぞれのクラスへ。今日ものんびり授業を受ける。


 お昼休み。特別学級でご飯を食べながら、こないだの屍喰いについて話し合う。


「アリアさぁ」


「んぐんぐ、あぃ?」


「先週酔っ払いのおじさん喰べたじゃん」


「むぐむぐ、あぃ」


「おいしかった?」


「んごっくん、ぷふぅ。まぁまぁ、おいちおいち」


「そっか、よかった次の屍喰いは何がいいとかある?」


「べつに……あ~ぁ、おじんやかなぁ」


「おじさんが嫌? なんで? 脂身キツかったりする?」


「いんやぁ、あの、ず~っとおじんつづいたから、そろそろやんなったう」


「あぁ、ここ2,3か月おじさんばっかりだったもんな。そろそろ若い女の人のがいいか」


「そうね~、おないのねねこがいぃ~。おにくやわこくてとろけるあじぃ~」


「同い年の女の子? 難しいこというな。屍喰いは深夜だから、その時間に高校生は出歩かないし……」


「んとかしてぇ~、んねぇ~」


「分かった分かった、考えておくから。食べながらくっつくんじゃない。うわ、メロンパンのカスが頭にかかった」


 こんな感じで屍喰いの感想を聞いて、次に活かす。俺は屍体を喰べられないから、実際誰のどの部位がおいしいとかは分からない。見て推察することしかできない。


 なるべくアリアにいい思いをさせてやりたいから、次は何がいいか聞き取ったりするが……女子高生か……厳しいと言わざるをえない。


 やはり時間帯がネック。深夜に薄暗い道を通る女子高生はいない。いたとしてもアリアみたいにセーラー服を着てはいないだろうから、判別が難しい。確実性に乏しい。


 10代の女の子じゃなく、20代までの女の人なら何とかなりそうだから、その辺りで妥協してもらおう。


「んねぇ、んねぇ」


「なんだ?」


「やっぱいっしょたべたべしよ、おにく」


「えぇ~? 俺も人喰べるの? キツいって、お腹壊しちゃうって」


「だいじょぶだいじょぶ、アリアこわしたことない」


「そりゃあ、小さいころからずっと喰べてたら体も慣れるわな。俺はちょっとなぁ、心の準備というか、耐性というか……口に入れるだけで吐いちゃいそう」


「んなら、ごっくんさせてあげるよ?」


「へ?」


「ほんら、ベロでおしこんであげりゃう」


 アリアは舌をべーっと出してチロチロさせる。ヘビみたいに長くて太い。アレを俺ののど奥に突っ込んでやると言ってるのだ。


 あの舌が……俺の口の中を通ってのどまで……というかそれってディープキスというやつでは……想像しただけで胸が熱くなる。


「そ、そうか……」


「や? やる?」


 アリアの紅い瞳がまっすぐ俺を見据える。まるで今『キスする?』と言われてるような錯覚に陥る。口の中が渇く。なんとか唾を出して飲み込んでから、ゆっくり口を開く。


「や……らない。俺はいいよ」


「んぇ~? もったないに~」


 アリアはぷんすかふてくされる。たまにこういうことを言い出して惑わせるから心臓に悪い。いつも子どもっぽいのに、たまに妖艶な色気を出してくる(本人は自覚無いだろうけど)のがドキドキしてしまう。しっかりしないと。


 放課後。ホームセンターに寄ってお買い物。片付け用品を補充しないと。軍手、ポリ袋、肥料、漂白剤……飛び散った血を拭くのに雑巾もいいかもしれない。携帯トイレ用の消臭凝固剤も悪くないかも。いろいろ試してみよう。


 一通りカートに入れたころ、アリアの姿が見えなくなる。慌てない。どうせいつもの場所にいる。重いカートを1人で引いて、隣接するペットショップコーナーへ。


 ワンワン、キャンキャンと犬や猫の鳴き声が聞こえてくる。ショーケースに入れられたかわいらしい姿が見えてくる。同時にケースにへばりつく大きな女の子の姿も見えてきた。


 スコティッシュフォールドの赤ちゃんのケースに、顔をめり込ませるほどくっつけている。赤ちゃん猫はアリアの顔を(ケース越しに)ペタペタ触ってミィミィ鳴いている。


「んむぅ~、にゃんにゃんきゃわわわ~かいたいぃ~」


「何度も言ってるだろ。家では飼えません。俺たちが学校でいってる間お世話できないし、お金の余裕も無いんだから」


「わぁってる~、みてるだけぇ~」


「アリアは犬より猫が好きなのか? 俺は犬も好きだけど」


「めっっっちゃにゃんにゃんがいぃ~、まぁるいかおにふわふわのおけけがいいのぉ~」


 丸い顔、フワフワの毛……アリアじゃん。頭をポンポン触りながらそう思う。たまに本気でライオンとかトラの生まれ変わりじゃないかと思うときがあるし、本能的に惹かれ合うのかもしれない。


 今は無理だけど、いつか飼えたらいいな。俺が大人になって就職して、もっとお金を稼げるようになったら家を買って、そこでペットも買おう。頑張らないと。


「そろそろ買って帰らないと、日が暮れちゃうぞ。猫ちゃんにバイバイして」


「う、う~」


「ほら、バイバイ」


「うぁぁぁ~~~、ばぁいばい~、グスン」


 アリアをずるずるとひきずってレジに向かう。赤ちゃん猫もケースにくっついてミィミィ鳴いてた。ちょっと心が痛かった。


 帰宅。次の屍喰いはすぐにやってくる。ボストンバッグに買ったものを詰める。結構重くなったが、アリアが担ぐから問題なし。


 準備が終わったら晩ご飯。今日は汁なし担々麺。俺はラー油と七味唐辛子を追加するが、アリアはそのまま、しかも5人前に留まる。


 アリアは辛いのが苦手。山椒の匂いも好きじゃないらしい。俺は好きだから、今夜は俺の希望を聞いてもらった。


 いつもより小さいおちょぼ口で、スルスルと麺をすすっている。ときどき牛乳をすごい勢いで飲む。唇を腫らし、ハーハーと息を吐きながら、玉汗を額に浮かべる。見てて面白い。そんなに辛くないはずなんだけど。


「んは〜、んひ〜! ぎうにうおかわり!」

「自分で入れろ」

「んあぁ〜〜〜!」

「分かった分かった、もぅ」


 汗だくになって食べ終わったアリアをお風呂に入れて、寝室へ。俺がベッドの縁に腰かけながら真剣に次の屍喰いを考えていると、頭にドゴッと枕が投げつけられた。


「んふ〜! アリちゃんマンさんじょぉ!」


 ふり返ると、アリアが布団をマントのように羽織り、ベッドの上で仁王立ちしている。ヒーローのマネっ子らしい。元気だな。


「わるいのやっつけぇる! えい、え〜い!」


 俺の背中をドカボカ殴ってくる。ポカポカ軽く叩くんじゃなくて、本気で痛い。じゃれてるつもりだろうけど、青あざができそうな鈍い痛みが広がる。


 だんだんそのバカ力にもイラついてきた。たまには反撃してやる。バッと体をひるがえし、思い切りタックルをかます。


「うぉぉぉ〜! くぅぅぅ〜!」


「おぉ? ぎゅぅする? したい?」


 力を振り絞って押し倒す……ことはできない。ビクともしない。大岩に体当たりしてるような感覚。体幹が強すぎる。はたから見れば、弟が姉にハグをせがんでるみたい。


 ダメか、やっぱり。諦めて力を抜く。そのままアリアに抱きつき、お腹の匂いをかぐ。赤ちゃんの匂いと焼けた土の匂いが混ざってる感じ。クセになる。


「ふぎゅぅ〜、よ〜しよし、よ〜しよしぃ。あまえんぼぅさんね〜」


 そのまま抱き寄せられ、大きな胸に包み込まれる。ふんわりもふもふマシュマロ触感。自分より大きくて温かくて柔らかい。


 悔しい、アリアにあやされるなんて。だけど気持ちいい。心が穏やかに落ち着いていく。次第に眠気に誘われ、まぶたが下りてくる。


「ね〜んね、ねんね〜、おやすみぃよ〜」


「うん……お休み……」


 俺はそのまま深い眠りに……


「かんちょ~!」


 どぅくし


「ぎぃやぁぁぁーーーーーー?!」


 突如、俺の口から悲鳴がついて出た。肛門が張り裂けるような痛みに襲われる。アリアに浣腸されたのだと気づくのに数秒かかった。こん棒みたいに太くて長い指を2本、勢いよく突っ込まれる。


 パジャマとパンツを貫通し、メリメリと穴を押し広げていく。視界で火花が散り、走馬灯が流れる。アリアと初めて出会ったときのことを思い出す。灰色の部屋で色んな人に見下ろされていた気がする……不思議な人生だった……


「ちょ~! ちょ~! ちょ~!」


 どぅくしどぅくしどぅくし


 俺は下半身に力が入らず、うつ伏せに倒れる。そこに容赦なく浣腸を連続するアリア。もはや痛みも感じなくなり、いいように肛門をもてあそばれる。なんで突然こんなことをする? 理由は分からない。だってアリアだもの。無邪気な笑い声が響く中で、俺は下半身の感覚が戻らないまま、気を失った。


 翌朝。俺は学校に休みの電話をかけていた。


「はい……体調不良で……すみません……病院は大丈夫です……アリアは元気ですので行かせます……それでは……」


「いぃえぇ~?! なんでぇアリアだけぇ?!」


「当然だろうがぁ! 俺の肛門をぶちぶちに犯しやがって! 罰だ罰!」


 俺はうつ伏せに寝ころんだまま、肛門に氷のうを当てている。まさか『アリアに肛門をおもちゃにされて裂けて血が出て痛いから休みます』なんて正直に言えない。みじめがすぎる。


「俺は今日1日動けないから、1人で学校に行くんだ。寄り道するんじゃないぞ。学校に着くころに電話するからな。お昼休みにも電話するし、放課後にもするから」


「やぁ~、やぁ~! アリアもやしゅむぅ~、じゅるいぃ~」


「だったらアリアも肛門裂いてみるか?! えぇ?! めっっっちゃ痛いんだからなおいぃぃぃ!」


「う、う~」


「分かったらさっさと行くんだ。俺はベッドから動けないから。ほら、いってらっしゃい」


 アリアは遅刻ギリギリまで粘ったが、とうとう諦めて1人で登校していった。多分寄り道するだろうから、すぐ電話してやらないと。


 さて、思いがけず時間ができた。動けないけど、次の屍喰いを考える余裕はある。アリアのご希望は同い年の女子高生。俺は肛門で染み入る氷の冷たさを感じながら、改めて考える。


「本当に女子高生は無理なのか……? 何か隠された方法があるんじゃないか……?」


 ぐるぐる思考を巡らせてみるが、どうも思いつかない。やっぱり難しそうだ。20代の女の人でごまかすか……あるいは……


に相談してみるかなぁ」

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