皆忘れてくれたらいいのに

「まったく、慈于も余計なことをしてくれたよ」


 なんのために学士達を追い出し続けたというのか。

 まさか、あんなのを連れてくるとは……。


「俺のことなんか、放っておけって言ってんのにさ……」


 そう望んでいると、何度慈于に言ったか。

 しかし、彼は毎度「そうですか」と頷くくせに、一度だって自分を放っておいてくれたことなどないのだ。

 ならばと、いつもと同じく、小琳も追い返してしまおうとしたのだが……思い出しただけで頭が痛くなってくる。


「なんなんだ、あの女……予想外ってか規格外だろう、あんなの」


 ちょっと脅してやろうとしたら、顔色ひとつ変えずに股間を鷲づかまれるし、講義できないように自堕落な態度を見せれば、できるまで解放しないという根比べに持って行かれるし、しまいには、礼をとらなければ額に全力の指弾ときたもんだ。


 美しいと不必要に見蕩れられるこの顔に、見蕩れるどころか指弾を叩き込む者など、はじめてではなかろうか。仮にも太子相手にこの暴挙は、もはや変人だとすら言える。

 変と言えば、彼女の言うことも変わっていた。


『他者から侮られることに慣れてはなりませんよ、四殿下』


 よく気付いたなと驚いた。

 事実、自分は周囲からの蔑みまじりの目に慣れていた。慣れすぎて、嘲られることに何も感じなくなるくらいには。


 というか、自分はなぜ彼女の言葉を覚えているのか。

 今までの学士の言葉など、ひと言も覚えていないというのに。

 せいぜい覚えていても、貞操の危機から逃げ出す情けない泣き声くらいだ。あれは何度聞いても笑えた。嫌々ながらといった空気を漂わせ、見下しているのを隠しもしない態度の学士達が、少しちょっかいをかけてやったら、雛鳥のようにピーピーと喚き散らしていた。


『だが、彼女は……』と、そこまで思いかけて、成嵐はチッと舌打ちした。


「どうせ口先だけだ。ったく、頭が痛くなる話だよ」


 いや、彼女の顔を思い出せば、頭というよりも額がヒリヒリしてくる。

 成嵐は前髪の下で赤くなっている額を、指で押さえるようにして撫でた。痛みはもうないのに、触れると痛みが走ったような気がして、つい顔が苦々しくなる。


 目立つようなことはしたくなかった。

 できるだけ影の中で過ごしていたかった。

 表に出るなんてまっぴらだ。


「俺のことなんて、皆忘れてくれたらいいのに……」


 何も望んじゃいない。

 誰の邪魔をしたいとも思わない。

 太子であるのも煩わしい。


「あの女だって、すぐに俺に構っても無駄ってわかるだろうさ」

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