『呆子』殿下……?
師が誰しも、成熟しきった精神を持っていると思うなよ。
いくら彼に同情的な部分があろうと、それはそれ、これはこれだ。
講義の時間だというのに師に対する態度ではないとか、書物を雑に扱ったとか、可愛げがないと言ったとか、一日の許容量を超えて腹が立っているのだ。
太子という地位的優位性を使ってくるのなら、こちらも今この時だけは、遠慮無く師という立場に付随した権力を使わせてもらおう。
「最近は、随分と日が長くなりましたねえ」と、穏やかな顔で窓の外を眺める小琳と対照的に、成嵐は顔を青くしていた。
どうやら、こちらが本気だとわかってくれたようだ。
秋も中月だが、戌の初刻(十九時)になっても、ぎりぎり周囲は見える。
時間ならたっぷりとあるのだ。
向かいから、チッと舌打ちが鳴った。
「わかったよ。読めば良いんだろ、読め――痛った!」
言い終わらぬうちに、成嵐の額に小琳の容赦ない指弾が打ち込まれた。
「四殿下、私は師ですよ。醴酒不設はいただけませんね。言葉遣いはもうよろしいですが、その少々やんちゃな態度は直していただきますよ。あと、私のことは講義の間は小女史と」
彼は額を押さえながら、何か言いたそうに口をハクハクさせていたが、結局唇を噛んで「わかったよ、小女史」と、実に不服そうな声で呻いていた。
どうぞ、と促せば、不服を残した声音で彼は暗唱しはじめた。
「『子曰く、昔昔、明王父に事えて孝、故に――』」
淀みなく流れるような詩を詠む声が、静かな部屋に響く。
(……ん?)
しかしこの時の朗々とした成嵐の暗唱は、小琳の心に一滴の違和感という雫をぽたりと落としたのだった。
◆
見回りの者以外は既に寝付いた、夜更けの頃。
小琳は寝台で大の字になって、薄ら蝋燭の灯火に照らし出された天井を眺めていた。
なんの面白みもない木目がぼんやりと照らし出されている。
周尚宮だったら喜んで木目を数えていたかもしれないが、あいにく小琳にはそのような趣味はなく、木目を見るともなしに眺めているだけだった。
今、小琳の頭の中を占めているのは、昼間、孝経の一節を暗唱した成嵐のことである。
「どう……なんだろうな」
彼のデキが悪すぎて頭を悩ませているのではない。
彼は小琳が指定した箇所を、見事に最後まで暗唱してみせたのだから。
完璧すぎるほど完璧に。
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