キャンキャン五月蠅いのでつい……

「以前、仕事にかこつけた掃除女官が、俺の顔見たさに正室の周りをずっとうろついててね。追い出しても追い出してもわくもんだから、正室のある正殿を女官立ち入り禁止にしたんだよ」


 太子相手にとても失礼な相槌となってしまったが、これは仕方ないだろう。

 どこからどう飛躍すれば、彼の顔を好きだという結論に至るのか。


 まさか、彼はこちらが素直に引き下がらないのを、『その美しい顔を、講義にかこつけてずっと見ていたいから』などと、お花畑な理由からだと思っているのだろうか。


 確かに彼の顔は国宝級と言われても納得してしまう容姿だが、掃除女官がそうだったからと、自分まで同じ感情を持っていると考えるのは、あまりに自意識過剰だろう。

 口をポカンと開けたまま、二の句が継げないでいる小琳を見て、成嵐は図星だと判断したらしい。


 窓台からトンッと降りると、口の両端をつり上げ、優越感に満ちた顔で小琳へと歩み寄る。

 座っていたから気付かなかったが、思ったよりも背が高い。自分とは頭二つ分は違うか。

 近付いてくるほどに、威圧感が強くなる。


「そんなに俺の講義をしたいってんなら、『閨教育』の講義なら受けてやってもいいよ。女史って妃嬪達にそういったことも教えるよな」


 目の前で足を止めた第四太子は、ニヤニヤとした軽薄さが滲む顔で見下ろしてきた。

 確かに女史には、そういった――情事の手ほどきを教えるという役目もある。


 入宮してくる妃嬪達は皆、処女である。本当のところは置いといて……。

 中には子の孕み方の知識すら持たずに入宮してくる者もいる。そういった者達が、いざ皇帝の相手を務める時に粗相をしないよう女史が教育するのだ。


「四殿下は殿方のほうがお好みなのでは?」

「俺ってほら、好奇心旺盛だから。でもまあ……女しか相手したことのないあんたが、俺を満足させられる自信があればって話だけどさ」


 細められた目に一瞬、侮りと好奇が走ったのを、小琳は見逃さなかった。

 必然、小琳の成嵐を見上げる目も厳しくなるのだが、


「何を――っ!?」


 不意に右手を握られ、小琳は目を丸くした。

 成嵐に手を重ねられた彼女の右手は、強引に彼の首筋へと導かれる。

 ヒタ、と筋張った首に小琳の手が当てられた。

 掌にドクドクと、成嵐の熱い脈動が伝わってくる。


「四殿下……」

「ん?」


 手を引き抜こうと引っ張るも、がっちりと握られていて抜ける気配すらない。

 彼はこの状況が愉しいのか、小琳の顔だけを興味の浮かんだ目でじっと見つめていた。


 どうやら、好奇心旺盛というのは嘘ではないようだ。

 首筋に髪が掛かっているからか、手を這わせた肌はしっとりと汗ばんでおり、ヒタリと手に吸い付いてくる。彼の手は小琳の手を巻き込んで、首筋から鎖骨をなぞり、袍のあわせから胸元へと滑り込んでいく。


「さすがの女史長様も、大人の男の肌には触れたことがないだ――」


「ろぉっ!?」と突如、成嵐は声を裏返し、小琳の手から逃げるように腰を折った。


「ぉ……っ、お前……っ」


 あれだけ余裕たっぷりな顔で小琳を見下ろしていた彼は、今は腰を引いて涙目で小琳を見上げていた。

 対し、小琳は底冷えするような瞳で成嵐を見下ろす。


「失礼。あまりにキャンキャンとうるさいので、女人かと思いまして」


 小琳の左手が、成嵐の股間をむんずっと掴んでいた。

 小刻みに震えながら成嵐が小琳の右手を放せば、やっと小琳も左手を離す。


ですが、確かに殿方のようですね」

「なっ――!」


 成嵐は顔を真っ赤にして、眉をつり上げて小琳を睨み付けた。しかし、腰を屈めた男の睨みなど、ましてや上目遣いのものなど怖くもなんともない。


 部屋の隅で「ぶふっ!」という吹き出す声が聞こえ、成嵐が「慈于!」と怒鳴っていた。

 ようやく息が整ってきたのか、彼はゆっくりと上体を起こすと、再び小琳を見下ろす。微かにまだ肩が上下しているが、向けられる目にはありありとした怒気が滲んでいた。


 彼の口が小さく動いて、「柳韓りゅうかん」とボソリと呟く。

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