講義のお時間です
しかし、小琳は少しも怯むことなく、それどころか目の前に迫っていた成嵐の胸板を、手で軽く押し返した。
トトッとたたらを踏んで、彼は数歩後退る。
「四殿下に閨教育など無駄です」
真っ直ぐに成嵐を射すくめ、満面の笑顔を湛えて小琳は言った。
「四殿下の子種を、無理に残す必要はありませんから」
彼が息をのんだのが、小琳の元まで伝わってきた。
余裕を保とうと必死に弧を描いていた彼の口元は、ヒクヒクと痙攣している。
「む、無駄……だって……?」
「ええ。皇帝や皇太子になる気はないと仰った四殿下の子種など、無駄なものでしょう?」
実際、皇帝になれなかった者達の血というのは、いつの時代も争いの種となってきた。
過去の歴史の中には、争いの芽をあらかじめ摘むために、皇太子を決めた後、他の太子達を皆殺しにした皇帝もいたほどだ。ただし、完全に絶やすとそれはそれで、突然皇帝が亡くなった場合、血縁探しに苦労するという別の問題もあるのだが。
とにもかくにも、皇族の血というのは、存在するだけで問題を孕んでいるものなのだ。
「随分と言うねえ」
「事実を言ったまでです」
まるで、剣の先を互いの喉元に突きつけ合ったかのようなヒリついた空気が、二人の間には流れる。刺すように、お互いを睨むとも見つめるともつかない目で見ていた。
「それに、まかり間違って、手ほどき中に四殿下の子を孕んでしまっては困ります」
「安心しなよ。あんたみたいなのを太子妃にはしな――」
「私にも好みがございますので」
石像にでもなったかのように、成嵐は目を見開いたまま固まってしまった。
きっと、この顔だ。今まで言い寄られることはあっても、拒否されたことなどないのだろう。いくら呆子と言われていようと彼は太子だし。
周囲が彼を変に甘やかしてきた結果、ここまで放埒さに拍車がかかった可能性がある。
(詩経とか孝経とかも大事だけど、彼には少し世間ってのを教える必要がありそうだわ)
この世には、自分が思っている以上に、様々な人間がいると知ってもらわなければ。
(後宮生まれ後宮育ちの弊害だろうなあ)
目の前で未だに硬直している成嵐を見て、これは大変な大仕事になりそうだ、と小琳は苦笑を漏らした。
そして、ふぅと身体から空気と気負いを抜くと、彼の額で思い切り人差し指を弾いた。
「痛ぃ――っ!?」
パコンッ! と実に小気味良い音が部屋に響き、やっと目の前の男は息を吹き返したようだ。
通常時であれば、太子の額を弾くなどあり得ない不敬なのだが、彼と自分の関係はもはや太子と女官ではない。
「さて、それでは講義のお時間ですよ」
「四殿下」と言う小琳の顔は、既に師のものになっていた。
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