おっと……?
「慈于、お前、わざわざ後宮にまで頼みに行ったのかよ」
床に膝をつくどころか四つん這いになって絶望を体現していた慈于は、第四太子に声を掛けられてやっと、のそのそと立ち上がる。
立ち上がっても、青い顔して全身で項垂れている姿は幽鬼のようだ。
「ええ、ええ……どうせこうなるだろうと思っていましたので先手を打ったんですよ。僕から成嵐様への愛ですよ。受け取ってください、いい加減……っ!」
いい加減、と言った時の慈于の声は、涙まじりになっていた。握った拳まで震えている。今までさぞ苦労してきただろうことが、ヒシヒシと伝わってくる。
対して、第四太子――成嵐は「いらねー」と、笑って軽く受け流していた。
この温度差には、今日はじめて慈于と会った小琳も同情してしまう。
きっと、慈于は自分の主人が、少しでも周囲から侮られないようにしたかったのだろう。側近と女史という立場は異なるが、相手の成長を願う気持ちは、小琳にも痛いほどわかる。
「学士の次は女史ねえ……」
値踏みするように、成嵐は細めた目で小琳を頭のてっぺんから足の先まで、じっくりと視線を這わせた。
そして、肩をすくめると、はあ、とわざとらしいため息を吐いたのだ。
「俺に時間掛けても無駄だよ。ただでさえ第四太子で皇位継承は一番下なうえ、兄達は揃いも揃って優秀ときた。皇帝どころか皇太子になる可能性なんか米粒ほどもないってのに、学士やら女史やらに何を教わる必要があるんだよ」
先程から、彼は自嘲をよく口にする。
しかし、卑屈というのともまた違うように感じた。
声に卑しさがないのだ。彼の言葉は、春風のようにさらりと耳をかすめていくだけで、嫌な心地がしない。事実、彼の語り口も実に軽妙なもので、悲壮感や恨み節など一切感じられない。
なんとも不思議な太子だ。
しかし、相手が不思議だろうが学ぶ気皆無だろうが、ここで大人しく帰るわけにはいかない。
自分は周尚宮から彼の師を頼まれたのだ。ほぼ騙し討ちではあったが……。
それでも、一度引き受けたことをあっさり反故にする、恥知らずな精神は持っていない。
小琳は咳払いをすると、一歩前に進み出た。
「失礼ながら、皇帝や皇太子にならずとも、四殿下は将来その兄君を補佐していくお立場。学んで学びすぎることはないと思いますが」
知識はいくらあっても無駄にならないと、小琳は信じている。
しかし、どうやら成嵐は違う意見を持っているようだ。
「あのさ、太子ってのは、後宮にいる時に基本的なことは学ばされるんだよ。
科挙というのは、官吏になるために行われる試験のことである。その難易度は、数万人受験して数十人しか合格しないという、国一番の難試とされている。
確かに、皇太子でもそこまでの知識は必要とされない。
太子達は、成人して後宮を出るまでに、母親の宮で一定の教育を受けることになっており、それで充分と言えば充分なのだ。
「しかし、四殿下は」と、小琳が言いかけたところで、お前の言葉を聞かないとばかりに、成嵐が言葉を被せてきた。
「ああ、なるほど。あんたも俺の顔が好きなんだ?」
「……は?」
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