なんで私が……

 あらぬ方向からのいきなりの話題に、小琳は「へ?」と間が抜けたような返事をしてしまった。

 今までの後宮関係の話とどこに関係があるのかわからないが、小琳は一応「ええ」と頷いた。


 第四太子といえば、名を『李成嵐りせいらん』といい、西の太子園に住む皇帝の末子である。

 年は確か、二十二だったと記憶している。


 まだ結婚しておらず所領を与えられていないため、彼を呼ぶ時は所領名を冠した名ではなく、単純に四殿下と呼ばれているのだが、彼にはそれよりもよく呼ばれている名がある。


『呆子殿下』――それが宮中の者達が、裏で彼を呼ぶ時の名である。


 まあ、読んで字のごとく呆子アホと、実にわかりやすい蔑称だ。

 なぜ、太子相手にそんな不敬なあだ名がまかり通っているかというと、すべては彼の日頃の行動の賜に他ならない。


 太子は生まれてから、十八で成人するまでは、母親の宮で過ごすことになっている。成人後は、太子園にある太子宮を与えられ、そこで内侍官の側近達と政務をこなしながら生活していくことになるのだが、彼の場合、まず十五という成人前に、太子宮へと追い出されている。理由はわからないが、大方、あまりにも太子としてのやる気がなく、痺れを切らした皇后が放り出したのだろうと言われている。


 おかげで内侍官達からは将来性がないと冷遇され、今はひとりしか側近がいないだとか、政務をさぼって花街で酒を浴びるように飲む遊び人だとか、とにかく太子として求められる素養が、すべて抜け落ちていると言わざるを得ない話ばかりが聞こえてくるのだ。


 最近、秋風と共に流れてきた噂では、唯一の側近を突然「魚を捕まえてこい」とか言って、池に落として寝込ませたというものがあった。

 聞いているだけで、こちらも頭が痛くなってくる。


 とまあ、噂に聞くだけでも実に悪名高い太子なのだ。

 ただ、顔だけはすこぶる良いらしい。太子園の掃除を担当している女官達の間では、国宝級とまで言われているという話だ。本当か?


 小琳は本人に会ったことはなく、どの噂の真偽も判断がつかないが、それでもこういった噂が流れてくることがまず問題なのだ。


(末子で皇位継承の可能性がほぼないからこその自由っぷりなんだろうけど、さすがに皇族としての品格くらいは守ってほしいものだね)


 というわけで、第四太子を知っているといっても、決して好意的なものからではない。

 さらに、好きか嫌いかで言えば、正直嫌いな部類だ。


「そう、知っているのね。だったら話は早いわ」


 彼女に呼ばれた理由すらまだわかっていないのに、なぜか既に周尚宮はすべてが片付いたような顔をして「うんうん」と頷いていた。


「じゃあ、呆子殿下――じゃなかった、四殿下の教育係は任せたわよ」

「じゃあ!?」


 何が? 何ひとつ、前の台詞から繋がっていない。


「いやいやいや、唐突すぎますって!」


 小琳は、力の限り両手と首を左右に振って全身で拒否を表すが、周尚宮は突然に聴力を失ったかのように、こちらの言葉を根こそぎ無視して「良かった良かった」などとほざいている。


 こちらは何も良くない。

 とう菓子をやろうと言われて手を出したら、乗せられたものは犬の糞だった、くらいの衝撃なのだから。

 しかし、こちらの衝撃などお構いなしに、周尚宮は話を進める。


「それじゃ小琳、明日からよろしくね。既に内侍省にも話は通してあるから、というか内侍省経由の話だったし」

「待ってください! 私には女史長としての役目が――」

「おっと、『学ぼうとする者の手を引くのが、私の役目』なんでしょう?」


 変な言質を取られてしまった。


「あ……悪質な詐欺ですってぇ……」


 頭を抱えてヘロヘロとしゃがみ込んだ小琳を、アハハと周尚宮は実にすっきり爽やかな顔で笑っていた。


「先方の注文は、ひと月後の嘗祭しょうさいで恥をかかない程度にしてくれって依頼なの。だから、ひと月は頑張ってちょうだいね。新たな学びがあるかもしれないわよ」

「他人事のように」

「他人事ですもの」


 あはははと愉快そうに笑っている彼女には、こちらの平和な後宮生活のためにも、一生木目を数えて生活してもらいたい。

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