その子ください

三毛林実卦

第1話

一仕事終わり久々に職務から解放された。


 まあ、一時的に難を逃れた、といったレベルではあるが私の仕事はここまで、あとは相方がなんとかするだろう。


 んーっと背伸びをして背もたれにもたれ掛ろうとした――ら、後ろにそのまま転がり落ちてしまった。


 失敗失敗、なんて言ってる暇もなく後ろに引っ張られるような、浮いているような、よくわからないけどとにか浮遊感を感じながら落下し続けている。


「うわわわわ!?なにがどうしてこうなった!?」


 叫んでみるが答える者はいない。


 というか普通に自宅でお仕事をして、ひと段落下からって背伸びしただけなのに。椅子に背中を預けようとしただけなのに!


 そのままずっと落ちていく。


 どうしていいかもわからず、とりあえず「ああ、空が青いなあ」と現実逃避をすることにした。




 どうせ死なないしね。










 私はカミである。紙でも髪でもなく神。


 だから死なないと高をくくって落ちて行ってたんだけど、地面につく少し前に「あ、なら浮いたりできたんじゃない?」なんて気づいてしまった。恥ずかしい。


 しかしこのおかげでドスンとしりもちをつく失態を犯さずに済んだ私はまるで最初からここに降り立つつもりでしたよ?みたいな顔でふわっと着地することに成功した。


 これでだれか人間がいてもとりつくろうことができる、さすが私。


 自画自賛してみたものの降り立った場所はとても静かである。


 人の気配はするから、おそらくびっくりしたのだろう。そりゃあ空からこの完璧な神様が落ち――もとい降臨したんだから当たり前だ。


「き、貴様、何者だ!」


 ガクッ


 思わずこけてしまいそうになり慌てて姿勢を戻し、表情を取り繕う。


 いやいや、空からこんなに神々しい存在が下りてきたら「ま、まさか貴方様は……!」でしょう?ちょっと偉そうすぎない?何様のつもり?神様は私よ?


 とてつもなく不愉快に思いながらも涼しげな表情のまま顔を上げる。


 そこにいたのは驚いた顔の美形たちと、私をにらみつける同じく美形。こいつらは全員男。その中心にかばわれるように一人の美少女。驚いた顔をしていると思ったのに目があった途端ににらまれた。しかも美形たちに気付かれないように気を配ってるみたいだから見た目ほど儚くはないのだろう、青春である。


 ようやく周囲を確認すればそこかしこに人がいた。というか大勢いた。


 美形たちと私を、正確には美形たちとなぜか私の後ろにいるもう一人の美少女を遠巻きに取り囲むように、円になっているみたいだ。こちらは美女に足を踏み出している美少女だ。大人っぽい。ヘタすると私より大人っぽい。


 上を見るとちょうど私がいる場所だけ屋根がない構造の建物らしく、私にだけ日光が当たっている形になっている。これのおかげで屋根にぶつかることなく人間たちのいる室内に降臨できたのか。べつに屋根でもよかった。


 机や椅子もあるし中には何かを食べようとした状態で固まっている少年もいるから食堂かなにかなのだろう。


 こんなシャレオツな食堂があるなんてすごい場所ね。みんな同じような服装をしているから学校なのね、きっと金持ちの学校なのよ。


「も、申し訳ありませんが、貴方様は……?」


 後ろから声をかけられてとりあえず振り向く。前にいる男が無視するなとか叫んでいるが私は最低でも敬語を使うつもりがない人間に声をかけてあげるほど寛容な神ではない。


 少女は私を見てはっとしたような表情になり、膝を折った。


 動揺があたりに広がる。おそらくこの少女も身分が高いのだろう。そんな少女が突如現れた私に膝を折った、それに対する動揺か。


 私の顔を見たらしい数人の生徒たちは慌てたように平伏してきた。


 それに倣うように同じ姿勢になるものがどんどん増えていく。


 あ、いや、食堂の床って汁とか零れてそうじゃない?あ、こういう学校だからそういうのはないの?確かにピッカピカだけどさあ。


「必要ないわ、顔を上げてちょうだい。周りの皆様も、立ってくださいませ」


 丁寧に声をかけてあげればどうしたものかと視線を交わしあう周囲の生徒に先んじて、先ほどの少女が頭を上げてくれた。頭がいいのかもしれない。


 少なくとも、この一連の流れの間後ろで不敬だの俺を無視するなだのと騒いでいた美形集団よりは上である。


 彼女を見習って生徒たちも立ち上がるのでカリスマ性もあるのだろうか、なにより気の強そうな顔立ちながらも品があるところがかわいらしい。


「貴女、名前を聞いてもよろしいかしら?」


「は、はい。私はアデライド・ボワモルチエと申します。我がボワモルチエ家はこの国で公爵の位を授かっております」


 おお、ものすごくえらーい人だった。公爵令嬢とだなんて初めて会話したわ、まあ生きてる人間と会話すること自体ほとんどないんだけど。


「そう、いい名前ですね。ところで、私はお邪魔をしているのかしら?」


「っ!も、申し訳ございません。我々の些事で貴女様の邪魔をしてしまっております」


 私が訊ねるとはっと息をのんで頭を下げようとするのでそれを手で制した。いや、アデライドちゃんは何もしてないしね?


 ただ美形集団がうるさいので何か大事な話をしてる時に落ち――降臨しちゃったかなーという神様なりの思いやりを見せてみただけだからね。むしろ神をしてないときだったらヘコヘコ頭を下げてるあれだからね。


「貴様っ、俺を誰だと思っている!」


「殿下!」


 アデライドさんが必死に叫ぶけどたぶんわかってないんだろう。


 まあ、神様だなんてこの世界は信じる人が多い方だけど目の前に降りてくるとは思ってないだろうからね、寛大な私は許すのですよ。


 ん?ついさっき自分を寛容じゃないと言っていたって?それはそれ、これはこれ。答えてはやらないけどその信じられないって気持ちだけは理解してあげるってことで。ていうかこいつとからむの面倒。


「ごめんなさいね、大事な話を邪魔してしまったみたいだわ。私は外におりますから、お話を続けて?」


 そう言ってちょっと横にずれる。これでアデライドちゃんと顔を合わせることができるはずだ。


 美形くんはまだ何か言いたげだったか震える美少女ちゃんに気付いてとにかく私が出てくるまでやっていた大事な話を続けることにしたらしい。


「アデライド!お前がソレーヌに数々の嫌がらせをしていたことはわかっているのだ!」


 ……というか続けてとは言ったけど本当に続けるとは思ってなかったんだよね。だって神様が、神様とわかってないとしても空から降りてくる存在が目の前にいるんだよ?もっと気にならないの?


 この世界には空を飛ぶ魔物だっているじゃない。大抵の国には入ってこれないとは言ってもさ、ちゃんと警戒くらいはしないといけないんじゃないの?


 今の若い子はそうでもないのかなあ。私の見た目が弱そうに見えるのかもしれないわね。私を目視する人は私を敬ってくれるから強そうな見た目にこだわっていなかったのが悪いのかな。


 うーん、慢心しすぎてたな、気を付けよう。


「少しいいでしょうか」


「ひっ!は、はいっ!」


 ちょうど近くにいた少年に声をかけたらものすごく怯えられてしまった。別に取って食いはしないわよー。私グルメだし。


「怯えないでくださいませ。気を楽にして?私、アデライドさんの名前しか聞いていなかったものですから、彼らのことを聞きたいと思いましたの」


 なお、私のこの声は彼らには届かないようにしている。私に答えるこの少年の声もだ。


 そうでもしないとさっきの声でまたあの美形くんににらまれるかもしれなかったし。


 私って結構小心者なのよねえ。


 少年は私に逆らうつもりはないのか何度もうなずいてくれる。


「今中心になっている方がこの国の第一王位継承権のサミュエル殿下です。アデライド・ボワモルチエさんの婚約者なのですが、ヴァソールさんばかりかまうようになって、ここまで大きいものは初めてですが、時々こうしてボワモルチエさんに注意されています」


 一番喋っている美形くんは王子様らしい。俺様王子なんだろうな、偉そうだし。


 しかし途中のヴァソールってだれよと思っているとちゃんと少年はヴァソールさんの紹介を先にしてくれた。気が利くやつである。


「中央の彼女がソレーヌ・ヴァソールさんです。ヴァソール男爵家の令嬢でして、身分は高くないのですが、何故かああやって殿下たちに囲まれていて、その、よくこうした問題の中心にいます」


 言いにくそうだが少年はソレーヌちゃんを好いてはいないようだ。


 まあ、何度もこうやって食事する場所で怒鳴っている集団に入っていれば当たり前かもしれない。身分っていうのもあるらしいし。


「証拠はあるのかしら?」


「ええ、もちろんありますよ。アデライド嬢がソレーヌを傷つけたという証拠がね」


 アデライドちゃんの言葉にくいっと眼鏡を上げてソレーヌちゃんの肩を抱いていた美形のうちの一人が前に出る。


「あの方はフレデリク・シュマン様です。現宰相ガエルドナ・シュマン侯爵の令息です。ヴァソールさんを挟んで反対側にいたのが騎士団長トゥーサン・ルシュール伯爵の令息、ラザール様です」


 確かにソレーヌちゃんを挟んだ側にいたのはくすんだ金の髪を刈りあげ風にしている体格の良い美形だった。もはや美形というかスポーツマンだね。


 そのラザールくんの人を殺しそうな視線を受けてもアデライドちゃんは扇で口元を隠しながらも涼しげな表情である。


 内心では不安というか、悲しそうなんだけどね。他の人たちも含めてみんなあの王子様に昔からついている子たちらしいからアデライドちゃんとも知り合いなんだろうね。


 知り合いが変わってしまうのは悲しいものだよ、それも悪い方ならなおさらだ。


 なんて思っている間に彼らが持ってきた証拠のほとんどがソレーヌちゃんの友達だとか、彼らの付き人だとか、酷い時はソレーヌちゃんがそういったから、なんていうお粗末なものだった。


 どうせならもっとちゃんと手の込んだ証拠をねつ造してから挑めばいいのに。まあ、そこまでしてないということは彼らは本当に本気でそれらを信じている、ということなんだろうけど。


「話になりませんわね」


 アデライドちゃんも呆れた顔だ。周りの生徒たちも最初は不安そうな子もいたけどほとんどがアデライドちゃんと同じ心境の様子。


 それでも相手がとてもとても身分が上の人たちだからかアデライドちゃんをかばうこともできない。


「ボワモルチエさんがヴァソールさんをしいたげる、なんてあり得ないんです。だって、そんなことをしなくてもボワモルチエさん以外の人が王妃になるはずないんだから」


「そうなの?」


「はい。今、殿下と年の近い公爵家の女性がボワモルチエさんだけなんです。直系でなければ他にもいるそうなんですが、成績も優秀ですから」


 アデライドちゃんはきれいなだけじゃなく頭もいいらしい。


「そう、助かりました。貴方の名前もいいかしら?」


「え、ぼ、ぼくの、ですか!?」


 私の言葉に驚いてるけど少年よ、当たり前じゃないか。


「ぼ、僕、じゃなくて、私はスルト伯爵家の三男で、ジャンマリーと申します!」


「ジャンマリー、いい名前ね」


 お世辞ではなく本音だ。可愛いし。


 少年ことジャンマリーくんは顔を真っ赤にしながらなんでもお礼を言ってくる。そういえば神様に名前を声にしてもらうのってものすごい名誉なんだっけか。


「と、とにかく!お前がソレーヌにしたことは許されないことである。なにより国母にふさわしくない!そんなお前との婚約など破棄だ!」


 王子が高らかに叫んだ。あれ、今の流れでそこにどうやったら行きつくの?


 明らかにアデライドちゃんへの暴言は濡れ衣で、王子たちが謝る流れだったと思うんだけど、プライドが許さなかったのだろうか。


 アデライドちゃんはほんの少し悲し気に、それでもしかたないと受け入れたような顔をしていた。


「あら?ねえ、アデライドさん。貴女方の国では婚約とは当事者同士が結ぶものですか?」


 ふと気になったので口を出してみる。


 驚いたような顔をしたアデライドちゃんは困惑した様子で、言いにくそうな顔をしていた。


 王子も突然口を出してきた私に驚いていた。そのあとにらんできたけど。


「何が言いたい。素性のすれぬ部外者が口を出すな」


「私が知る限りでは、家同士の結びつきが婚約だと聞いたものですから。その場合は家の長に決定権があるのではないか、と思っただけですの」


 正直ぼんぼんのにらみつけるは怖くない。騎士団長の息子のにらみつけると魔術師だっていってた子のにらみつけるはちょっと怖いけど。


「その、とおりでございます」


 本当に言いづらそうにしてアデライドちゃんは頷いてくれた。


 お粗末すぎて口にしたくなかった、という顔だ。


「だからどうした。お前のような悪逆非道な女が国母にふさわしくないことなど父上たちもわかっていただけるに決まっている。それよりもソレーヌのような清らかな女性が国母になるべきだということもな」


 それはない、と言いたげな周囲の様子に気付かずに王子はそう言い放ち、ソレーヌちゃんは「まあ、殿下」とほほを染めてしなだれかかっている。


「そうなのねえ。ああ、それなら」


 ふと、いいことを思いついた。


「アデライド、私に仕えませんか?」


「え……」


 驚いた、という顔をしたのは、今回は全員だった。私以外の全員。


 そんなに変なこと言ったかしらと首を傾げようと思ったけどよく考えなくてもおかしかったね、話につながりなく唐突感あるし。


 目の前の美形集団以外の子たちは私がどんなものかうすうす気づいてそうだから、よけい驚いたのかもしれない。反省反省。


「ふんっ、確かにお前など下働きで十分かもしれんな」


「いえ、あんなことを平気でする女です、主に傷をつけるかも」


「そ、そんな、殿下。かわいそうですわ。アデライド様は私に嫉妬されただけですもの。私、謝ってくださるのなら許します!」


「ああ、ソレーヌは優しいな」


「こんな女に、まで。優しくしなくても、いいよ?」


 私はアデライドちゃんに話しかけてるのに王子たちの集団が騒がしくなっている。解せない。


 でも確かに公爵家の令嬢だなんてみんなに傅かれる身分の子に私に仕えろ、は侮辱だったかしら?前に会ったことのある人たちは自分からそれをさせてほしいって言ってたからいい話だと思ったんだけどなあ。


「嫌かしら?」


 一応尋ねてみた。無理強いをするつもりはないからね。


「そ、そのようなことは……!」


「いいえ、いいのです。ただ、しばらくの間、この国では生活しづらいのでは、と思っただけなのですから。差し出がましかったですね」


「私のために、そのように心を砕いてくださるなんて……」


 アデライドちゃんは感極まった様子で目を潤ませている。周囲の人たちは依然としてざわついているが、アデライドちゃんは決意してくれたようだ。


「私でよろしいのでしたら、ぜひ、貴女様にお仕えさせてください」


「嬉しいわ。ああそうだ、ジャンマリーさん」


「ひ!は、はい!」


 突如話を振られてまた悲鳴を上げかけている。やっぱり面白いなあ。


 彼もつれていきたいけどさすがに突然二人も人間を上に連れて行ったら怒られるよね、私んとこの神官長ってば、最近私に遠慮がなくなってきてるから。


「私の名と身分はこの国の大神殿に問い合わせなさい。アデライドさんのご両親にも、そのように。貴方の言葉が嘘ではない証を、貴方に授けます」


 本当は身分も考えて王子あたりがいいのかもしれないけれど、信用ならないからジャンマリーくんを選んだ。名前を知らない人にこれはできないからねえ。


 手を彼の手の甲に重ねるとそこに五芒星が現れる。神託を受けた証だ。


 これはすぐに消えてしまうけれど、私の言葉を正しく伝えるときに浮かび上がるのでそれが神託だとわかる、という仕組みらしい。


 私は神託は得意なのだ。お仕事でも使うしね。


「アデライド、こちらに」


「は、はい」


 神妙な面持ちでアデライドちゃんが私に近づく。不安が大きいだろうにそれを外に出さないのは貴族としての教育のたまものか、彼女が単に我慢強いのか。


 とりあえずこの場を出ようと、私は空に浮かび上がるようなイメージを頭にしっかりと浮かべる。


 アデライドちゃんの手を取って、私たちはふわりと空に舞い上がっていった。


「怯えることはないわ。貴女が望めばいつでも帰れますからね」


 道中、彼女の不安を取り除こうとそういえば驚いた顔をする。


「その、できるのですか?」


「ええ、もちろん」


「神に仕えるということは命を捧げることだと思っておりました」


「よくある間違いだわ」


 うふふ、と笑えば少しはほっとしてくれたようだ。


「そうそう、これから貴女のことはアデライドちゃんって呼ぶわね。ああ待って、もっとかわいらしく……アディちゃんにするわ」


「え、あ、あの」


「ああ、私のことはアルって呼んでちょうだい」


 戸惑うアデライドちゃん改めアディちゃんを無視して私はにっこりと笑った。












「それで、結局あの王子は王位継承権剥奪されちゃったの。まあだろうなあとは思ったけど」


「アデライドへの対応ももちろんですが貴女様への態度が一番の原因でしょうね。継承権だけではなく王族としての身分も剥奪。さらに神殿からも破門を言い渡しておりますから」


「あらあ、別に気にしてないのに」


「落とし前、というやつです」


 私の前でせっせとお茶の用意をしてくれている壮年の男は淡々と“報告”してくれている。


 彼は私を祭る宗教で神官長をしている人物だ。最初は恐れ多いっていう態度だったのに最近ではものすごく私に対して厳しくなってしまってちょっと寂しい。というか辛い。


「準備が終わる前に茶菓子に手を出さないでください」


「うう、神様の手を叩くのはどうかと思うよ」


 そろりと手を伸ばしたのに、神官長は後ろに目でもあるのか私の手をぴしゃりと叩いて小言を口にする。ちょっと痛い。


 うう、と手を押さえていると低く籠った笑い声が隣から聞こえた。


 ここにいるのは私と神官長だけではない。


 黒い髪に赤黒い目のその男に唇を尖らせて抗議することにする。


「笑うのもどうかと思う」


「いや、今のはお前が悪いだろ」


 ポンポンと頭を軽くたたきながらその男はまた笑う。別に私を見下しているとかそういうものでないことはしっかりわかっているが未だに子ども扱いされるのが我慢ならない。


「邪神様、準備が整いました」


「礼を言う。ほら、いつまで変な顔してるんだ」


「いっただっきまーす」


「そして立ち直り速いなおい」


 突込みの似合うこの男にも神官長は礼儀正しい。むしろ私に対するよりも礼儀正しいかもしれない。前にそれについて文句をいった所、自分の主が世話になっている相手に対して礼儀を重んじるのは当たり前だとあきれられた。確かにおしめ変えるところからお世話になってるわと言ったらちょっと泣きそうだった。


 彼は私と対になる神である。私よりも先に神として生まれているけど。だから私のおしめ変える仕事が増えてたりするんだけど。


 彼は魔王を選ぶ神である。私は勇者を選ぶ神である。


 人間たちは仲が悪いと思っていて、邪神を悪しき神と呼んでいるみたいだが我々がしていることはただの摂理である。


 人が増え過ぎないように魔王が調整し、魔族が力を持ち過ぎないように勇者を派遣する。


 ただそれだけ。これはただの仕事である。


 とはいえ、私はお菓子もお茶も大好きだからこうして自分の神殿で子供らしくはしゃいでいるのだけれど。


「おいしーい!このお菓子初めて見るね」


「昨日召喚された異界の勇者がもたらしたものです」


「え、またそんなことしたの、どこの国?」


「隣国ですな。神の神託を待てなかった様子です」


「おいおい、どうするよ」


「正式な勇者じゃないってするのは簡単だけど、相手は巻き込まれた人だからなあ。あ、そうだアディに使者をしてもらおう。さすがに私たちが顔を見せるわけにもいかないし」


 なんだかんだ言ってアディちゃんを呼んでよかったと思っている。


 何を血迷ったのか魔王にしろ勇者にしろ、他の世界の人間から作り出そうとする奴らが出始めているからね、それを正すために私たち神が顔を出すわけにもいかないから使者として人間のアディちゃんに頼んでいるのだ。そもそも魔王と勇者は和解したし今は両方の数が調整取れてるから必要ないんだよ。


 アディちゃんは魔王の城で秘書をしている。アディちゃんが可愛くってとにかく知り合いに自慢したいからそれなりの付き合いの魔王に自慢しに行ったらお互い気になったらしく、そのまま意識しあって付き合い始めてしまったのだ。


 二人とも自分の仕事を理解しているから私たちと対立しようとはしないしアディちゃんはお使い頼んだらこなしてくれるから今のところ問題ないけど、アディちゃんのお父さんは男泣きしていた。


「あれ、女神さま、またいらっしゃっていたんですね」


「お、ジャンマリーちゃん」


 ちゃんはやめてください、と苦笑しているのはあの時であったジャンマリーくんである。


 私の神託を運んだことで色々面倒に巻き込まれそうになり、どうせならと神官になってしまった彼は私とこうして顔を合わせることを神殿側が許した数少ない存在だ。


 あの時限りのつもりだったけど、今の神官長が仕事を辞めてしまったら次の私の代弁者は彼にしようと思っている。


 ああそうそう。あの王子以外のアディちゃんをいじめたもの達も破門になったらしい。


おかげで嫡子はみんな廃嫡、そうでないもの達も家を出されるか、逆に家から出してもらえなくなったみたい。


 ソレーヌ・ヴァソールも大変みたいだ。破門になったせいで結婚相手はいないし行かず後家な女性たちの逃げ込み場所にもなっている修道院に入れないしで持て余されているらしい。


 アディちゃんは彼女がどうなろうと興味ないみたいだったから私も詳しくは聞いてないけれど、まあ死んだとは聞かされてないから生きているんじゃない?


 これでもそれなりに忙しい身なので破門した相手にかまってられないのだ。うん、きっとそれが理由。


 この国の王位はアディちゃんの婚約者だった男の弟が継ぐことになっているが彼は優秀だし王宮内にある私の神殿に毎日兄のしたことの謝罪も込めてお参りしてくれる人なので問題はない。


 他の今回嫡子が廃嫡になった家も同じ。アディちゃんの家もゴタゴタしたみたいだけど家から神の使者を出したんだから尊敬される立場になったみたい。


 ほら、これでちゃんと片が付いた。悪くない子は不幸になっていないし。


 「うーん、仕事終わりのお茶はやっぱりおいしいわあ」


 入れてもらった高級茶葉のお茶は美味しいし、空は雲一つない青空が広がる。


 おしなべて平和である。

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