第10話・2006/4/24 (Mon.) 08:02:01かおり(紺野をナンパした女性)視点
この間、猫みたいな男の子を拾った。
会社帰りに本屋でみかけて、店を出てきた時に声をかけた。黒い髪がかわいくて、顔がとても好みだったし、声をかけたとき『・・なんですか?』とこたえた声が、本当に素敵だった。
初対面のはずなのに、初めて会った感じじゃなくて、手を握ってみたら黙って握り返してくるから、女の扱いに慣れてる・・・って思った。逆ナンされるのにもだいぶ慣れていそうだし。
骨ばった彼の大きな手。思わずそっと触れて、そして握る。
「手をつないだりするの恥ずかしくないの?」その問いかけに彼が「手をつなぐのは・・まあ好きです」とニコリともせずに言った。つないだ彼の手はとても冷たい。その手を私が温めたくて、彼を自宅に誘ってしまった。
「家でごはんにしようよ」
私がそう言うと、ちょっとだけ考えた彼はコクンと頷く。目があったら、ふふって笑ってくれた。じんわりと心温まっていく。
途中で彼は歩みを止めて「ちょっとまって」と私に声をかけた。彼とつないだ手を見つめながら歩いていた私は顔をあげる。そこは見慣れた花屋の前だった。花屋の店先で待っていると、店奥に併設されたカフェで買ったらしいお菓子や紅茶を持って彼が出てくる。
「よかったら・・どうぞ」「・・ありがとう。気を使わせちゃったね。ごめんね」
そんなやり取りが、少しくすぐったかった。
年をきいたら『15』なんて言うから、果てしなく驚いてしまったけど、彼が私のために選んでくれた紅茶やお菓子は、私が年上の女性であることをきちんと考慮してくれている気がして、それがとても15歳らしくて、愛おしく、そしてかわいかった。
おとなしい彼の印象が変わったのは、彼を部屋に招き入れて、一緒にカレーを作った時。私がにんじんの皮を剥こうとしたら「入れるの?!にんじん!!」と突然大きな声を出したのだ。
「入れるよ」というと「やめようよ」っていって黙るから、私はきょとんとしてしまって、彼の顔を覗き込みながら「なんで?」って聞いてみたら彼は、私の手からにんじんを取って、黙って冷蔵庫に戻してしまった。
・・にんじんぎらいなのかな?ちいさな子みたくてかわいい・・・。愛おしくてたまらなくなる。
カレーは美味しくできた。他愛もない話をしながらゆっくり時間をかけて食べた。食べてる途中からなんだか本当に眠そうな彼。疲れてたのかな‥大丈夫かな?「ちょっと寝ていきなよ」といって背中を押してベッドに寝かせる。私も隣に横になった。そばにいたいと思ったから。
私からくちづけをした。彼の手が私に触れぎゅっと抱きしめる。見つめあった。眠そうだけど、その目元が本当に好き。初めて会ったのに、今、世界の誰よりも彼が愛しい。今度は彼がくちづけた。
彼の乱れる呼吸まで全て私の一番になってしまった。
「ほんとに15?」うとうととしている彼の手首に触れながら私は尋ねる.「・・・・ああ・・。はい」私の胸元に顔をうずめて、眠たそうにしながら彼が言う。
「眠いの?」「・・・・・」
「寝たらいいのに」「・・・・・・」
そんなやり取りをしていたら、彼が目を細めて時計を見る。時計の針は23時をまわっていて、それを見た彼が帰ると言ってベッドから立ち上がった。
『泊まればいいのに』といったんだけど、『家の人が寂しがるから』と言われてしまった。彼はカバンから煙草を出して窓の方に向かいながら火をつける。
「タバコ吸うんだ」「うん」
「私も吸うよ?」「・・灰皿あるもんね」
窓を開ける彼。
「また会おうよ」「・・・・・うん」
「付き合おうよ」「俺、彼女はいらないから」
「どうして?」 「女心ってよくわかんないし」
「・・どうして?」「・・・・・・・・」
「・・・・・」「・・・俺がまだまだ子供だってことなんじゃないの?」
「・・でも女の扱いに慣れてるじゃん」「なんで」
「さっきそんな感じだったから」「そんな・・今日初めて会ったばっかじゃん・・」
窓とベッドの距離は3メートルほど。なのに無性に寂しかった。
「こっちに来て吸いなよ」「・・いい。ここで」
「なんで?こっちにきて」「煙草の煙は体に悪い」
「私も吸う人間だから大丈夫」「副流煙は最悪」
「細かい事いうね」「・・・・・・・」
「・・・」「うるさい。大人のくせに」
・・・むちゃくちゃな言い方で怒られた。15才の彼。大好き。
「名前は?教えて?」「・・・ひろ」
「ひろの携帯番号教えてよ」「教えない」
「なんで?私のも教えるよ」「知りたくない」
ひろは、タバコの煙を外にぱあーっと吐いた。そして、夜空を見ながら話し始める。
「今日会ったばっかで何考えてんの?ろくに知りもしない人間と携番交換なんかすんなよ。学生なんて暇なんだよ?四六時中電話したくなると思うし、それ我慢するのめんどくさい。知ってる?俺くらいの年の男って、人肌の引力に勝てないんだよ?大人のほうが線を引けよ。女の人だから年は聞かないけど年上でしょ?分かってよ、そういうの」
・・ひろはめちゃくちゃな子だ。いってることが、めちゃくちゃだ。本人は私を突き放してるつもりだろうけど、言ってる言葉が私を離さない。
「つきあおうよ」「無理」
「一度きりじゃ寂しいじゃん」「・・・・・」
「体の関係だけでも・・ 」「ならもう会わない」
ひろの腰にぎゅっと抱きつくと、彼に溜息をつかれてしまった。
『・・・名前は?』といわれたから『かおり』とこたえる。すると次の瞬間、ひろが私に『かおり、息とめろ。』といった。え?っと思って息をとめたら、ひろが灰皿でタバコを消して、煙を窓の外に必死に追いやっていた。
ね。こんなに優しい。勝手なようで勝手じゃない。大人じゃないけど、子供でもない。私は彼を知ってしまった。二度と会えないなんて地獄だ。
「じゃあこうしよう。アドレス交換しようよ。ひろのアドレス教えて?」
「あどれす?メールの?」
「そう。メールなら打ってるうちに、冷静になるよね。勢いで相手に繋がらないですむし」
「・・・・・・・わかった。いいよ」
メアド交換をして、ひろは家に帰っていった。そういえば、苗字を聞くのを忘れてしまった。
開けっ放しの窓を閉める。
その後わたしは、ひろのタバコの吸殻をなかなか捨てることができなかったし、あの子がおいていった紅茶やお菓子も、しばらく封すら開けられなかったのだ。
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