第11話

【11】


 赤いオーラが、三人に向けて放たれる。

 とっさに、郁は真音の前に立ちはだかり、奏太は両手を突き出して構えた。

 二人を朱と青のオーラが包む。

 飛んできた赤いオーラを、郁がその身で受け止める。一拍遅れて、青のオーラが波のように吹き出した。


 ジュワァ!!


 三方向に向けられた赤が、青に全て消される。

 「お前は、たしか……!」

 奏太が記憶をたどる。完全には思い出せないが、見覚えくらいはあった。

 大槻が次のオーラを構える。

 「大槻(おおつき)旭陽(あさひ)だよ、堤君に宮本さん。まさか、そちらから来てくれるなんてね」

 郁と奏太はハッとした。ここは三杉中学の学区内だった。大槻からすれば、『飛んで火に入る』というやつだ。

 大槻が構える赤いオーラに向かって、奏太が青いオーラを吹き出させた。

 それはまっすぐ飛んで、赤いオーラと打ち消し合うかと思われた。しかし、


 ガキンッ!!


 紫のオーラが、壁になって邪魔をした。

 紫の妖精が、大槻の陰からひょっこり現れる。

 郁は顔から血の気が引くのを感じた。

 「紫の……!? 松浦さんはどうしたの!?」

 「ふんっ。あんな腰抜け、置いてきたよ。君たちも同じように、大人しく妖精を渡すんだね!」

 また赤いオーラが放たれる。今度は逃げ場がないほど広い範囲に。

 奏太が同じように青いオーラを広げて対抗するが、大槻が次々オーラを繰り出してきて、押し負けそうになる。

 郁は真音を抱いて、木の陰へと隠れた。

 「真音ちゃんはここに居て! そうだ、連絡しなきゃ」

 携帯端末を取り出し、喫茶エルノーへ電話を掛ける。

 『はい、喫茶エルノーです。郁ちゃん?』

 「佐々木さん! あの――」

 話そうとした瞬間、赤いオーラが走ってくるのが見えて、郁は両手を前に突き出した。


 バシュッ!!


 朱のオーラで強化された両手に弾かれ、火球のような赤いオーラは四散(しさん)する。

 携帯端末は、取り落としてしまった。しかし拾っている余裕もない。

 郁は真音と端末を木陰に置いたまま、そこから飛び出した。

 「松浦さんに何をしたの!? 松浦さんは、妖精のお世話をちゃんとしてくれるって言ってた。簡単に渡したとは思えない!」

 「君か、奴に変なことを吹き込んだのは。余計なことを!」

 火球のようなオーラが次々郁に向けられる。郁はそれをバシバシとたたき落とした。


 目の前で繰り広げられる戦いに、真音は涙を浮かべていた。

 足下に落ちた端末からは、結翔が郁に呼びかける声がする。

 『郁ちゃん? なにかあったんだね?』

 「結翔くん……」

 『真音!?』

 「助けて! 赤や紫の妖精が、お姉ちゃん達をこうげきしてる!!」

 涙声で言った真音に、金の妖精が寄り添う。


 *  *  *


 「真音! 返事をして!」

 結翔が声をかけ続けるが、それ以上の応答は無かった。

 「真音だって?」

 店の奥から志希が現れて尋ねる。

 「真音、一度切るからね。すぐに行くから」

 そういうと、結翔は受話器を置いた。

 志希に向き直ると、エプロンを外しながら頷く。

 「郁ちゃんの電話からだったけど、途中で真音に代わった。真音が、『助けて、赤と紫の妖精に襲われている』って。郁ちゃんと真音が一緒に居たところに、あの赤白妖精の子たちが現れたってことだろう」

 「なるほどね。どこか解ってんの?」

 「すぐ調べる! ――佐藤さん、今日はお勘定いいですから!」

 一人でコーヒーを飲んでいた常連客に声を掛け、結翔は外へ飛び出す。緑妖精をポケットから取り出すと、手を掲げた。

 緑の力が周囲に広がる。まるで緑の海の底のように、周囲は緑色に満たされた。

それから緑のオーラは、結翔の元へ一気に集まる。

 身支度を終えた志希も飛び出してきた。

 「――三杉の二十四番地辺り! エルノー家の近くだ」

 結翔と志希はうなずき合うと、ダッと素早く駆けだした。


*  *  *


 赤いオーラに焼かれそうになって、奏太は慌てて全身を青いオーラで包んだ。オーラ同士が触れたところが、ジュワッと打ち消し合う。

 奏太はハァハァと息が切れ始めていた。大槻が何度も襲ってくるので、何度も青いオーラで打ち消している。こんなに、一度に何度も妖精の力を使うのは初めてだった。

 体力と言うより、大槻の動きに集中している力が切れてきていた。

 「苦しそうだね? 妖精を手放せば、そんな苦しみからも解放されるのに」

 「だまれよ。青妖精まで手に入れて、なにをするかわかったものじゃないのに、渡せるわけ無いだろ」

 言いながら、青いオーラを鋭く飛ばして、赤い妖精を狙う。しかしやはり、紫妖精の力で阻(はば)まれてしまう。

 その隙に、郁が背後から赤妖精を狙った。

 気付いた大槻は、赤妖精の手を引いて、郁の突き飛ばしを避けさせる。

 郁は勢い余りつつも、ザザッとスライディングして、倒れず持ちこたえた。

 「そうだよ! 妖精を集めて、なにをする気!? 妖精の真の主になって、なにがしたいの!?」

「君たちは本当に妖精の貴重さが解っていないようだね」

 大槻が、呆れかえったように言った。

 郁と奏太は首をかしげる。

 「どういう意味!?」

 「言葉通りさ。こんな、目に見えて、人間に力を貸す妖精なんて――今までは伝説上の存在で、誰も見たことがない。それが、目の前にある。これがどんなに貴重で奇跡的か、わかるかい?」

 「貴重だから集めたいの!? 宝石とかと同じ感覚なワケ!?」

 郁がほえる。

 大槻はますます呆れて、うつむいて首を振った。

 「これだから凡人(ぼんじん)は……。いいかい、まず妖精を隠し通すなんて言うのが、土台ムリな話なんだ。どうせみんなにバレる。そしたら世間はなんて言うか解るかい? 不気味だ、気持ち悪い、あの事件も妖精がやったんだろう――こうなるんだよ」

 大槻はいつしか、攻撃の手を止めていた。

 郁たちは身構えつつも、大槻の話を聞く。

 「だから僕が妖精を管理して、世間に公表するんだ。なにができて、なにができないか、ハッキリさせておけば言い掛かりを付けられることも無い」

 「妖精を、公表する……!?」

 郁と奏太は声をそろえた。

 それは、自分たちが最初に『やめておこう』と話し合ったことだった。世間に無用な騒ぎを起こすし、大槻のように悪事に使おうとする者が出るかもしれない。だから知られない方が良い、と。

 しかし大槻は、あえて公表するというのだ。気味悪がられないために。

 「そんなの、公表しても一緒じゃ無いのか? 結局、理解できない人には気持ち悪いだけだろ」

 奏太が言い返す。

 大槻はカッと顔を怒りに染めた。

 「妖精は目に見えて、確固たる力を持っている! どんな奴でも認めざるを得ないさ!」

 「あなた、妖精の理解者のつもりなの!? 妖精で悪さをしているくせに!」

 郁が言うと、大槻は今度は郁を睨んだ。

 「妖精を持っている人以外に危害を加えた覚えは無いね!」

 「じゃあ、神隠しに遭ってる人は、どう説明するの!?」

 そういうと、大槻はスッと表情をなくした。

 「――ほら、みたことか。お前だって、勝手に妖精のせいにしている」

 「え?」

 「例の神隠しに、僕や妖精達は関わっていないと言うことさ。記憶を消すことができたって、ごく一部だけだし、さまよわせる力も無い」

 「そんな! じゃあ、あの事件はなんなの!?」

 「それこそ、〝神隠し〟なんじゃないかい? 君たちや、世間が知らないだけで、この世界には超常と呼ばれる現象があふれてるんだ」

 「『自分は知っている』って言ったげだな」

 奏太が厳しく言う。

 大槻は少し遠い目をした。

 「僕は祖父が元神主でね。今は神社も無くなって、祠しか無いけれど、小さい頃はその神様と交流できたんだ。無くし物を見つけたり、自転車泥棒を言い当てたり、確かに威光(いこう)を示してくれた。けど、誰も信じなかった。神の姿は誰にも見えなかったからね。予言をする僕を、皆は気味悪がって、親は『そういうことを言うんじゃ無い』と禁止してきたよ。今の神隠しだって、人間には解らない事が起きてる。なのに無実の僕が犯人扱いだ。そうさせないために、妖精は僕が管理し、公表する必要があるんだ!」

 大槻は片手を天に掲げた。そこに赤妖精が力を注ぎ込む。

 真っ赤な、特大の火球が、頭上に形作られた。

 青のオーラでも打ち消し切れそうに無く、朱で強化された体でも、ひとたまりも無いような火球。

 郁と奏太は呆然としてしまった。

 「倒れろ!!」

 大槻が、火球を投げる。――投げようとした。


 「やめてぇ!!」


 子供の悲鳴が静止した。

 真音が木陰で、頭を抱えて泣きじゃくっていた。

 妖精の力が乱用されて、戦われるのが、見ていられないのだ。


 真音の悲鳴に、金妖精が応じた。

 カッと鋭い光が放たれる。

 幾筋(いくすじ)もの光の、そのいくつかに、郁や奏太や、大槻は、貫かれた。


 ブワッ!!


 突然、三人の体が浮き上がった。

 三人だけで無い、光に貫かれたベンチや、公園の石も浮き上がる。

 まるで大規模(だいきぼ)なポルターガイストだ。


 「真音ちゃん……!?」

 「コレが、金妖精の力か……!」

 郁達は首をひねってなんとか状況を確認する。

 しかし、それ以上身動きができない。空中でもがく(・・・)ことはできるが、フワフワと浮くばかりで、思い通りに体勢を動かすこともできなかった。

 大槻が構えていた火球も、不意を突かれたため霧散(むさん)していた。


 「これは……! 郁ちゃん、奏太君!」

 結翔の声が割り込んだ。

 喫茶エルノーから走ってきて、今到着したのだ。

 「佐々木さん!」

 「金妖精の力だね。真音!」

 結翔が首を巡らせ、木陰にいる真音に目をとめる。

 呼ばれても真音は聞こえていないようで、顔を上げなかった。

 志希が駆け寄る。

 「真音、真音。もう大丈夫だ」

 「やだ……怖いよう……」

 志希が肩を揺さぶっても、真音は首を振って拒否する。志希のことも認識していないようだ。

 「仕方ない……!」

 志希は黄妖精を構えた。


 パンッ!


 軽い破裂音がした。真音と金妖精の目の前で。

 真音はきょとりと目を見開いた。金妖精は気を失って、ふらふらと真音の膝に落ちていった。

 「真音、私だ。わかるな?」

 「志希ちゃん……」

 「もう大丈夫だ」

 志希は真音を抱き寄せた。真音は志希の服を握り、ギュッとくっついて泣きじゃくった。

 金妖精が気を失ったため、郁達はボトボトと地面に落とされた。幸い、下が土だったため、怪我は無い。

 郁はぶつけた肩を押さえつつ立ち上がる。

 「いたた……」

 「郁ちゃん。彼が白妖精の?」

 結翔が隙無く構えながら尋ねた。銀妖精が力を送り、銀のオーラに包まれている。

 郁は頷く。

 「そうです。妖精を全部集めて、世間に公表して、理解させるんだって、言ってます」

 「公表して、理解させる……?」

 結翔は郁を見て、それから大槻を見て、二度まばたきした。

 それから、

 「ふ、ふふっ! 面白いことを考えるね」

 可笑しそうに吹き出し、笑い出した。

 「なにが可笑しい!?」

 大槻はふらつきながらも吠(ほ)える。

 結翔は銀の力をまとったまま、諭すように話し出した。

 「おかげで確信したよ。君は、確かに妖精を二匹……今は三匹かな? 懐かせる力があるんだろう。それは、その強い信念に裏打ちされてるんだと思う。――けれど、全員を懐かせるのは、君では無理だね」

 言い切る結翔。

 郁達は驚いた。

 「なんだと!?」

 大槻は額に血管を浮かべるほど怒りをあらわにした。

 結翔は落ち着いて続ける。

 「世間に認められたい、なんて甘ったれたことを考えていては無理なんだよ。妖精は、自立した人間を好むんだから」

 この言葉には、志希までもが驚いた。

 「自立した人間……?」

 「それを、妖精が好むって……?」

 郁も復唱する。

 結翔は頷いた。

 「郁ちゃんは、友人と距離を取っても暮らしていけるよね。奏太くんは、理解されにくい性格でも、不自由していなかった。そういう、揺るがない〝自分〟を持っている人を、妖精は好むんだと思うよ。僕や志希の例を見てもね。僕らは最初から妖精に懐かれたわけじゃ無い。エルノー氏の元で修行して、悪さをやめて、自分で店を持ちたいと思い始めた頃に、銀や緑の妖精に懐かれた。その理由を、ずっと考えていたんだ。最近郁ちゃん達を見ていて、ようやく仮説が立ったよ。――君は、世間に認められないと生きていけないんだろう? それじゃあ、妖精はせいぜい三匹までだろうね」

 結翔に言い切られて、大槻はワナワナと震えた。

 「甘えているもんか……! 僕がどれだけ孤独だったと思ってる!?」

 大槻はいくつもの火球を浮かべ、結翔に向けて放った。


 ドドドドドンッ!!


 結翔が銀の衝撃波で、火球を打ち落とす。

 しかしその弾幕の中で、大槻は郁へと接近した。

 「妖精の記憶をなくせば、手放さざるを得ないだろう」

 郁の目の前に、白妖精を掲げた。

 郁は目を見開いて、動けない。

 「えっ」

 「しまった、郁ちゃん!」

 「宮本!」

 結翔や奏太が構えるが、間に合わない。

 白妖精の光がフラッシュした。


 ガキンッ


 固い音がして、光が弾かれた。

 郁の目の前、大槻の手のすぐ前に、紫の板が現れて、白の力を阻(はば)んだのだ。

 大槻が驚く。

 「紫……!? どうしてっ!」

 「そりゃ、俺が来たからじゃねーの?」

 また別の声が飛んできた。

 広場の入り口を見る。

 そこには、三杉中学の制服を着た、松浦が、紫のオーラをまとって立っていた。

 「松浦、お前、なぜ……!」

 「松浦さん! ひどい目にあったんじゃ!?」

 「あったあった。こいつん家の倉庫で一晩中〝紫妖精を渡せ〟って攻撃されまくってさ。気を失ったら妖精奪われてた。それから学校もサボってやがるし、やーっと見つけたぜ」

 あまりのことに、奏太が絶句した。

 「ひ、ひどすぎる」

 しかし松浦はあっけらかんとしたものだった。

 「うちの学校の近所で助かったぜ。それに、間に合って良かった。宮本サン、ただでも大変なのに、妖精まで取り上げられちゃ、可哀想すぎるだろ」

 「えっ……?」

 何気ない松浦の言葉。

 しかしそれは、郁の心に重く響いた。

 (前、家の話をしたから……? 解ってくれる人が、居る……!?)

 力がわいてくるような気がした。前に、奏太や結翔、志希が、友人関係の悩みを聞いてくれたときのように。

 松浦は、郁の家の事情を聞き、面倒がらず、『大変だな』と言ってくれるのだ。

 郁の両目から、思わず涙が一つずつこぼれた。

 「宮本!?」

 郁の涙に気付いて、奏太が声を上げた。

 郁は涙を拭うと、首を振る。

 「違うの、ツラいんじゃ無いの。嬉しくて。――結翔さん、自立した人が妖精に好かれるって言うの、半分違うと思う。だって私、少しも自立してない。みんなに悩み聞いてもらって、解ってもらって、やっと普通に生活できてる。解ってくれる人が居ると思うと、心に力がわくの。妖精は、心に力がある人が好きなんじゃ無いかな。エルノーさんみたいな」

 そういって、郁は朱妖精に手を差し伸べた。朱妖精は郁の手に抱きつき、頬ずりして、笑った。まるで、郁に『大好き』と言っているかのように。

しかしそれを聞いて、大槻が激しく怒った。

 「僕の心が弱いと言いたいのか! お前は朱色一人しか従えていないくせに!」

 そう言いながら、火球を構えようとした。

 しかし、少し炎のオーラが出ただけで、火球は出現しなかった。

 見ると、赤い妖精が、激しく息切れしていた。力を使いすぎたのだ。

 郁は赤妖精にも手を差し伸べた。

「可哀想。大槻君は、あなたに感謝してくれる? たぶん、心を向けられることが、貴方たちの栄養なんじゃないかな。赤妖精さん、こっちに来る?」

 赤妖精は、郁と大槻を交互に見た。

 そして、迷い無く郁の方へと飛んだ。

 大槻はがく然(ぜん)とする。

 「そんな……!? 僕の妖精が、奪われるなんて……!」

 「奪う奪わないじゃ無いよ」

 郁は言い返す。

 「妖精はモノじゃ無いよ。意思があって、好き嫌いがある。より好きな人の方に行くだけ。――お疲れ様、赤妖精さん。もう休んで」

 郁が手を差し出すと、赤妖精はその手に寝転がった。目を閉じて、動かなくなる。安心しきっているように。

 それを見て、白妖精も動いた。

 大槻の傍(かたわ)らから飛んで、郁の側へと飛来した。

 真音の側に居た金妖精も、いつしか郁をじっと見ていた。

 思わず泣き止んでいた真音。金妖精の様子を見つめる。

 「金妖精も、お姉ちゃんが好き?」

 尋ねると、金妖精は頷いた。

 ヒュンッと飛んで、郁の側を飛び回り出す。

 郁の周りには、四体もの妖精が集まっていた。

 郁は妖精に力を与えられて、四色に光る。


 結翔と志希は呆然とそれを見ていた。

 「心に力がある、か……それは考えつかなかったな」

 「四匹も一人に集まるのは、エルノー氏以来見たことがない……なあ、今の宮本なら、全員集められるんじゃ無いか?」

 志希が言う。

 すると、聞きとがめた郁が、慌てて制止した。

 「あっ、妖精を統べるとか、そういうことしたいわけじゃ無いんで! 青妖精は堤のことが好きだし、紫妖精は松浦さんが好きだし、それぞれ好きな人のところに居たら良いと思うの」

 「でも、妖精全員に認められるチャンスだぞ?」

 志希が意外そうに言った。

 だが、郁はそれでも首を振る。

 「全員なんていらないです。認めてもらわなくても良い。それぞれ、適切な距離が、きっとあるから」

 郁は金妖精に向き直った。

 「貴方は、私が一番好きになったの? それとも、真音ちゃんのことも好き?」

 尋ねると、金妖精は頷いて、真音の方へと飛んで行った。

 真音の肩に座ると、足を組んで落ち着く。

 郁はそれに安心を覚えた。


 「妖精さんはみんな、好きな人と一緒に居るのがいいよ。そうやってみんなで分け持てた方が、きっと素敵。妖精さん達が瓶に帰りたくなる日まで。私も、みんなで支え合いながらだったら、その日を待てるって思う。一人じゃ無理だけど、堤や松浦さん、佐々木さん葛西さん、真音ちゃんが居てくれたら」


 皆は、自分の傍(かたわ)らにいる妖精を見た。

 妖精達はみんな、郁をチラリと見た後、飛んで行かずに、その場にとどまった。

 

 松浦が紫妖精を手に乗せた。

 「妖精は心が強い人・好きな人の側に居る、ね。ちょっと解る気がするぜ。俺も前に宮本サンと話してから、コイツと仲良くなった気がする。会話もしろって言われたしな。宮本サンが俺を解ってくれてて、一緒に妖精を守ろうって言うなら、付き合っても良いぜ」

 すると堤が口を開いた。

 「なにを話したんだよ、二人で。お前は宮本のなんなんだ? 信者?」

 「信者! いいねぇ。そうそう、信者として聞かせてもらうけど、堤クンは宮本サンの親友ってことで良いんだよな?」

 「親友!?」

 郁が声を上げる。

 堤は頭を掻きながら、

 「ここ一ヶ月の付き合いだけど。まあ友達だよ、うん」

 と、肯定もしないが否定もしない。

 郁が片手で顔を押さえた。

 「改めて言うのも恥ずかしいね。信者っていうのも、意味分からないし」

 松浦が意味深に笑った。

 「まあまあ。これからヨロシクって事だよ、宮本サン」

 

 そんな会話の横で、大槻はがっくりと膝をついてうなだれていた。

 「そんな……僕が、負けるなんて……」

 郁は大槻の方へ進み出て、側にしゃがんだ。

 「大槻くん、あなたは妖精のこと、好きだった? 会話していた? 妖精達は、少なくともあなたのこと、好きだったと思うんだけど。勝ち負けじゃ無くて、側に居て欲しいか居て欲しくないか、素直に言ってみてよ」

 大槻はギリリと奥歯をかんだ。

 「……例の神様とは、ずいぶん昔に会話できなくなったんだ。久しぶりに超常のものと――妖精と会えて、嬉しかったよ……」

 絞り出すように、そう言った。

 それを、白妖精が聞いていた。首をかしげると、大槻の方へ飛んで、肩を叩いた。

 大槻は驚いてそれを見る。

 「そんな、なんで、お前」

 「ほら。白妖精さんは、私を気に入ってくれたけど、大槻君のことも変わらず好きなんだよ」

 「……そんな……」

 大槻は妖精を手に乗せる。

 軽く握りしめると、ギュッと胸に抱きしめた。


 志希が結翔に歩み寄る。

 「どうやら、このメンツで妖精を守っていくことになりそうだな」

 結翔は苦笑し、肩をすくめた。

 「そうだね。こんな、危なっかしい子達と……」

 「危なっかしい?」

 「僕らだって十八歳までフラフラしてたろ? この子達だって、きっとこれから色々あるさ」

 「そうだな。そして私たちは、エルノー氏に助けられた」

 「……僕たちが助ける番ってこと? それは無理があるんじゃないか?」

 「たとえ助けられなくても、支えの一つにはなれるんじゃ無いか? というか、ならないといけないだろう」

 「……そうだね。この子達が直面する苦難を、せめて解ってあげたいものだね」

 

 真音は瓶を抱きしめて、トテトテと郁に近づいた。

 「お姉ちゃん、開けてみて」

 瓶を差し出す真音。

 郁は瓶を受け取り、蓋(ふた)に指を掛けた。

 ギッ。きしんで、蓋は少し、動いたように感じた。

 しかし郁は、それ以上力を込めず、手を離して、真音に瓶を返した。

 「やっぱり、私には開けられないよ。この瓶は、真音ちゃんのものだよ」

 真音は頬を膨らました。瓶が開きかかったのを、真音は見逃していなかった。

 「どうして?」

 郁は困り顔で笑う。

 「私、妖精を統べる覚悟なんて、ないもの。でも、真音ちゃんはもうずっと前から覚悟を決めてる。真音ちゃんがどうしても嫌になったら、私が瓶を開けられるか、また試してみてもいい。でも今は、真音ちゃんが、妖精の主さんだよ」

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