第10話

【10】


 陽はまだまだ沈むには早い時間。学校の裏門から、郁は外に出る。

 帰路では無い、いつもとは違う道を行こうとしていた。

 そこへ、

 「宮本、一緒に行って良いか?」

 奏太が声を掛けた。

 郁はキョトンとしながら振り返る。

 「堤? どうしたの? どこ行くの?」

 「隣町の大根書店。宮本もだろ?」

 「なんで解るの!?」

 「最近、なんか新しいテキストみたいな本ばっかり読んでるじゃん」

 「それで解るもの……?」

 いぶかりつつも、目的地が同じとわかり、二人は共に書店を目指して歩き出す。

 「堤はなに買うの?」

 郁が尋ねるが、奏太は逆に聞き返す。

 「それはこっちのセリフ。最近、なんのテキスト読んでるんだ?」

 「うーん、ちょっと資格の勉強始めようかなって」

 「資格? なんの?」

 「まずはパソコン。高校生までに、ITパスポートの勉強しておきたくって」

 「ITの仕事に就きたいのか?」

 「ううん。やりたい仕事は全然わかんない。ただ、起業はしたいかもって。だから、パソコンで仕事のこと、何でも管理できたら便利そうで」

 「起業? すごいな、もうそんなこと考えてるなんて」

 「ちょっと思いついただけだよ~。で、堤はなんの本買いに行くの?」

 「俺は、公務員試験に強い大学か専門学校行きたいから、その参考書」

 「公務員目指すんだ! えー堤こそ目標ハッキリしててすごいじゃん」

 「まだなんの公務員になるか決められないけどな」

 「でも、堤も将来を考えてるんだね」

 「そうだな、なんか考えちまうよ」

 「早く大人になりたいね」

 「そうだな」


 本屋は徒歩で十五分ほどの所にある。話しているうちに、まもなく到着だ。

 そのとき、郁と奏太のポケットから、妖精達が飛び出した。

 「なに!?」

 「どうしたんだっ?」

 飛んで行く妖精達を追いかける。妖精達は住宅地の中を、迷わず一直線に飛んで行った。

 やがて着いたのは、植木に囲まれた小さな広場。砂場とベンチがあるだけの、小さな公園だ。

 そこに、真音が居た。

 瓶を抱えて、金妖精がその近くを飛び回っている。

 「真音ちゃん!」

 「お姉ちゃん、お兄ちゃん」

 真音が気付いて、顔をほころばせた。人形のような容姿は、笑うとさらに愛らしい。

 「こんにちは。真音ちゃん、一人? パパは居ないの?」

 「うん。妖精が外で遊びたがったから、連れてきた。ここ、昔パパがよく妖精を遊ばせてた場所なんだって」

 「だからって、こんな人目につかないところ、一人で来たらダメなんじゃないか?」

 奏太がピシャリと言った。

 真音が瓶に口元をうずめる。

 「だって、妖精が飛び出しちゃうから……」

 「脱走したのか? 金妖精はしないって話だったけど」

 「ちゃんと帰ってくる。でも、見てないとイタズラする」

 「……真音ちゃん、いつも瓶を持ち歩いているの? たしか、学童保育に行ってるんだよね?」

 以前ポールも交えて会ったとき、そんなことを言っていた。

 真音は頷く。

 「でも、今日はママが居るからお休み」

 「ここに来ること、ママには言ったのか?」

 奏太が言うと、真音はうつむいて黙ってしまった。

 「ママに言えない事しちゃダメだろ?」

 「堤、言い方キツいよ」

 郁が肩を叩く。

 奏太は『しまった』と言う顔で口を閉じた。淡々と事実を突きつけてしまうのは悪い癖だと、自覚があった。

 郁が真音に目線を合わせる。

 「ママは妖精のこと知ってるんだよね?」

 「知ってるけど、瓶を結翔くん達に預けて、真音は関わっちゃダメって言ってる……」

 「一理あるな。瓶、佐々木さん達に預けられないのか?」

 「昔、一回やったんだって」

 「それで、ダメだったの?」

 「ぽるたーがいすと、が起きたって」

 「ポルターガイスト」

 郁と奏太は口をそろえてしまう。ポルターガイスト、物が勝手に動いたり浮いたりするという、超常現象だ。

 真音は瓶をギュッと抱きしめた。

 「だから、金の妖精は、私がお世話するの」

 「真音ちゃん……」

 「……ママが一緒に来てくれるようになったら良いのにな」

 奏太は肩を落として言った。


 「じゃあ、金妖精を手放せば良いじゃないか」


 不意に、第三者の声が割り込んだ。

 郁と奏太は、広場の入り口をバッと振り返る。

 そこには、三杉中学の制服を着た大槻が、赤いオーラを構えて立っていた。

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