第4話

【4】


 「じゃあね、ひなちゃん、すずちゃん」

 「うん、バイバイ」

 「図書館もほどほどにねー」

 友達に手を振って別れ、郁はまた公民館を目指す。

 喫茶エルノーに行ってから数日経つが、あれ以来なにもない日が続いていた。

 第二公園の前を通りがかるが、今は黄色いテープも無くなり、小学生達が元気に遊び回っているだけだ。

 (紫の妖精の人、どこかで悪さをしていなければいいけど)

 少し心配で、それもあって毎日のように第二公園や公民館の安全を確認してしまう。

 まあ、心配事がなくても、公民館の図書館には毎日行くのだけれど。

 

「宮本さん」

 立ち止まって公園を見ていると、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、奏太が立っていた。

 「堤君。帰り、こっちなんだ?」

 「うん。宮本さんはこっちだっけ?」

 「あー……えっと、図書館行くから」

 「図書館? 公民館の? 学校で寄り道禁止されてるだろ?」

 「いいでしょ、なんでも!」

 「いや、よくは無い……」

 奏太は納得しないようだ。

 郁は気持ちが暗くなっていくのを感じた。

 「帰りたくないから図書館行くの。コレなら納得? 親がいい人な家はいいよね、うちなんてお祖母ちゃんが入院してからお母さんずっとヒステリーだし。その上、誕生日には自分の趣味で真っピンクのケーキ用意して、『あんたもこういうのが好きでしょ』だって。あんな人の居るところ、帰りたいわけ無いでしょ」

 「み、宮本……?」

 あふれ出すように話す郁に、奏太は半歩下がってしまう。

 下がって、郁の全身を視界に入れて、ハッとした。

 郁はいつの間にか、全身が紫色のオーラに覆われていた。

 「宮本! 妖精だ! 朱色の妖精を使うんだ!」

 「妖精?」

 郁は暗い顔のまま、ポケットから妖精を取り出す。

 朱色の妖精は、厳しい顔で飛び上がると、郁を朱色のオーラで包んだ。

 けれど、紫色のオーラは消えない。

 「妖精が現れて、少しは楽しくなるかと思ったのに……邪魔しないでよ!」

 郁は奏太を両手で突き飛ばそうとした。

 奏太はとっさに青い妖精の力を、両手に込める。

 突き飛ばしは、青いオーラに受け止められて、バシャンッと弾けて消えた。

 相打ちになったのか、郁の朱色のオーラも、紫のオーラも消える。

 郁はぱちくりとまばたきした。

 「あれ? 私……。っ堤君! ごめんなさい……!」

 「呼び捨てで良いよ。よかった、正気になったんだな」

 「正気って……?」

 郁が聞き返したとき。

 「なーんだ、もう終わりかよ」

 横から声が割り込んだ。

 郁と奏太はパッと振り返る。

 通りの対岸の、ガードレールの向こう。三杉中学の制服を着た少年が、二人居た。

 一人は先日、公民館で見た者だ。紫の妖精を傍(かたわ)らに浮かせて、『しまった』というように口を押さえている。

 隣に居る少年は初めて見る。紫の妖精の少年をジトッと見ている。郁達と同年代に見えた。

 「だから、お前は声が大きいって……」

 「ごめんって。でも、声かけるつもりだったろ?」

 紫妖精の少年に言われると、もう一人の少年は、目を伏せて、改めて郁達を見た。

 「初めまして、朱妖精と青妖精の方々。僕は大槻(おおつき)旭陽(あさひ)。妖精の真の主(あるじ)だよ」

 「誰!? 真の主って、どういうこと!?」

 郁はとっさに朱色の妖精を抱きしめた。

 大槻は、

 「言葉の通りだよ。君たちでは妖精を制御しきれない。妖精は僕が持ってこそ真価を発揮する。さあ、それを渡すんだ」

 と、朱妖精たちに手を差し伸べた。

 郁は手の中の妖精を見る。朱妖精は手の中で、大槻に向かって『べーっ』と舌を出していた。

 それに郁は確信を得る。

 「渡さない! 妖精を使って人に悪さをするような人に、渡すもんか!」

 だが大槻は、それを鼻で笑った。

 「ふん。悪さに使っているのはそっちの方じゃ無いの? さっき、そっちの子を突き飛ばそうとしていたよね。見ていたよ、宮本さん?」

 「……!」

 郁は言い返せない。さっき、奏太を突き飛ばそうとしてしまった。それ以前にも、公民館の前で、大人の男性を突き飛ばしている。朱妖精の力で。

 だが、代わりに奏太が言い返した。

 「紫妖精の力を使われなければ、宮本は何もしなかった。原因を作っておいて、宮本のせいにするな」

 大槻はため息をついた。

 「君は君で、妖精に全く構ってあげていないみたいじゃないか、堤君? そんな君の元に居て、青妖精は幸せなのかな?」

 今度は郁が口を開いた。

 「仲良しの人とは、一緒に居るだけで嬉しいものじゃ無い!? 少なくとも、妖精さんは楽しそうにしてるよ!」

 青妖精は応えるように、奏太の肩にとまり、ギュッとしがみつく。

 すると、紫妖精の少年が、疎(うと)ましそうにガリガリと頭を掻いた。

 「あー、正義感の塊みたいなセリフ。ちなみに、さっきアンタに力を使ったのは俺ね。松浦(まつうら)朔久(さく)っていうの。よろしくな?」

 「あんたが……!」

 郁は松浦へ、怒りを燃やした。朱のオーラが体を覆う。

 郁は松浦へ飛びかかろうとした。

 「おっと」

 大槻が指先を振った。

 途端、郁と奏太は、赤いオーラに周囲を丸く囲われた。

 赤いオーラからは熱も感じる。まるで本物の炎だ。

 大槻の側には、いつの間にか赤い妖精と、白い妖精が浮かんでいた。

 「乱暴はやめて。さあ、その妖精達を渡すんだ」

 大槻が手を差し伸べる。

 郁と奏太は、妖精をギュッと抱きしめた。

 そのとき。


 ドドドドンッ!!


 小さな爆発が、郁達の周囲で起こった。連続して何度も。

 身をすくめる郁達。

 爆発が収まり、目を開けると、郁達を囲んでいた赤いオーラは、シュゥゥと音を立てて消えていた。

 「な、なに……?」

 「大丈夫かい? 宮本さん、堤君」

 背後から見知った声がした。

 「佐々木さん!」

 現れたのは結翔だった。エプロン姿のまま、妖精二匹を浮かせて立っている。

 「よかった、来てくれたんですね」

 「え?」

 奏太が訳知った風に言うので、郁は首をかしげた。

 奏太は、左手に持った携帯端末を示した。

 「とりあえず電話かけてたんだ。第二公園裏、としか言えなかったけど」

 「連絡してくれてありがとう、奏太くん」

 結翔はニコリと笑う。それから、郁達を素通りし、大槻達の前に立ちはだかった。

 「君たちだね、ボヤ騒ぎを起こしたり、人を凶暴化させたりしているのは。妖精は君たちのおもちゃじゃ無いよ。悪さに使うなら、取り上げなきゃいけないね」

 大槻は右の頬を引きつらせた。

 「またあなたか……! ちっ!」

 舌打ちして、赤い妖精の力を繰り出す。炎が宙を滑って、結翔に向かった。

 

 ドンッ!!


 赤いオーラは、結翔に当たる前に、銀色の爆発にかき消された。

 大槻はどんどんオーラを繰り出す。


 ボッ ボッ ボォォ!


 しかし、


ドドドン!!


 素早い三つの爆発が、すぐさまオーラをかき消す。

 結翔は少しも動くこと無く、平然と立っていた。

 銀の妖精が、大槻達を睨む。


 ガキンッ!!


 「っ!!」

 銀の爆発が、赤妖精を狙った。大槻は身を縮める。

 しかし、紫のオーラが赤妖精の前に立ちこめて、爆発から守っていた。

 松浦が頭を掻く。

 「引き時なんじゃねーの?」

 紫妖精を使って赤妖精を守ったのは、松浦だ。しかし、結翔に対抗しようとはしない。

 「言われなくても……!」

 大槻が、ジリッと足を後退させた。

 「させないよ」

 結翔が駆け出す。

 大槻は慌てて妖精を掲げた。

 白色の妖精を。


 ピカッ!!


 まぶしい光が、カメラのフラッシュのように、一瞬周囲をおおった。

 「くっ」

 結翔はそれでも、目をおおいながら、大槻達が居たあたりに手を伸ばした。

 指先が服をかすめる。

 しかし、掴むことはできなかった。

 光が収まる。

 郁達は両手でおおっていた目を、そろそろと開けた。

 大槻と松浦が居た場所は、結翔が立っているだけで、二人の姿は忽然(こつぜん)と消えていた。

 「消えた……!?」

 「うん、逃げられてしまったね」

 結翔は笑いながら肩をすくめた。

 奏太がホッと胸をなで下ろす。

 「なんだったんですか、あの二人……二人?」

 言いながら、奏太は疑問に思った。

 二人、だっただろうか。確かに誰かと対峙(たいじ)したと思うのに、その姿も、人数さえ、はっきりと思い出せないのだ。

 結翔は頷く。

 「二人で合っているよ、多分ね。思い出せないよね。それが、白の妖精の力なんだ。本気を出せば、人の記憶を消し去ってしまうことができる」

 「そんな! それって、とっても危険な力じゃ!?」

 郁はつい前のめりになってしまった。

 結翔はまた頷く。

 「そうだね。だから、早く取り返したいんだけれど。ふふ」

 「いや、笑ってる場合じゃ無いと思いますけど……」

 奏太は思わず結翔に苦言を言ってしまった。

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