〔Side:Juli〕28. 猫語


秋林あきばやしさん!」


 私は秋林あきばやしさんを軽く睨む。


 だって、あんなの……そういうことだって思うじゃない?


「ん? あーし? あ、ジュリーもあーしのことはもっと気楽にリオでいいよ。で、なしたん?」


「では、リオさん! どうしてシノンを屈ませたんですか!? それはもう、そこしかないってことになりませんか!?」


「え〜? そうかな〜? あはは、でもそうかもね〜?」


「じゃあどうして途中であんなこと……」


「ん〜? ほっぺとかおでことかにするにしても、ジュリーの背じゃキスしづらいなーって思っただけっていうか、あーしもよくミウからしてもらう時そうするから、その方がしやすいっしょ?」


「……それは……」


 ほっぺ、おでこ……


「それに、紫乃だって満更でもないみたいだったし、よかったじゃん。あーしが屈ませようとした時、何も抵抗しなかったしー? あっちも求めてたみたいよん?」


「にゃんっ!?」


 リオさんの言葉にシノンが猫語で反応した。


「そ、そうなの、シノン?」


 私はシノンに視線を向け問いかけた。


「そうよね。だって月岡さんも唇で迎えにいってたもの」


 シノンがなにか答える前に、もうひとつの客観的な視点が加わった。


「に゙ゃ!?」


「あはは、紫乃ってばニャンしか言わないの。あははは」


「可愛いけど、たしかに語尾とかじゃなくなってるわね。シノンも気に入ったのかしら?」


「べ! べつに……そういうわけでは……ただ……」


 やっと人語を取り戻したシノンが小さく呟く。

 シノンに先を促した。


「ただ?」


 ふわっとシノンのにおいが近くなって耳元にローボイスでセクシーな囁きが聞こえた。


「ジュリが前に猫を飼いたかったって言ってたので……ウチが今日はその代わりになってもいいかもって思っただけです……ニャン……」


 つまり、つまり?

 シノンは今日は、私の飼い猫になってもいいって言ったわけで、それってつまりはどういうこと?


 そもそも私が猫を飼おうと思っていたなんて話は、シノンと一緒に住み始める前に1度だけ話しただけのはず。

 シノンはずっとそれを覚えていたの?


 全力で暴れ回る左胸からの脈道が私の思考を混乱させる。


 彼女は恥ずかしがり屋で、今も耳まで赤く染めている。

 その口からあんなことを言われて嬉しくないはずがない。

 私の飼い猫になってくれるというのなら、私は全力で可愛がる所存。


「わかったわ。今日は大事な子猫ちゃんとして可愛がるから、存分に甘えてちょうだい」


 あごを手でなでると、シノンは嫌がらずにそのまま撫でられるままになっている。かわいい。

 気持ち、シノンが小さくなったような気がしてきた。


「休憩がてらソファーもあるしカラオケする? せっかくならフードのデザート頼んじゃおうよ。あーしら二人で来てもなかなか食べきれないし、頼んでみていい?」


「あ、さんせー。残ったご褒美も得点勝負で決められるね」


「デザート、ウチも食べる、ニャン」


「(猫シノンに餌付けできるなら)大きいデザート頼むの賛成ー」



 ――



 カラオケの部屋の空きを待ち、数分後に入ることが出来た。

 その間もシノンは私の真横から離れず着いてきた。


「ほら子猫ちゃん、お膝にどうぞ」


 ソファーに座って、ぽんぽんと自分の膝をたたく。

 シノンは少しだけ戸惑った顔をしたけれど、何も言わず大人しくソファーに靴を脱いで横向きに私の膝に頭をそっとのせた。


「ふふっ、撫でてもいいかしら?」


「(コクン)……ニャン」


 小さく頷きながら鳴いてくれるシノンは本当に小さな子供のようで、いつものしっかり者なシノンとのギャップに頬ずりしたくなるのを必死でこらえた。

 シノンのきれいな黒髪をさわさわと撫ではじめたら、シノンはクっと手足を伸ばしてから背中を丸めてリラックスしたような姿勢に変わった。


 覗き込むと、ちらっと横目でシノンもこちらをみた。


「可愛い」


 私はほぼ無意識にそんな呟きを漏らしていた。


「にゃん!?」


 ピクリと背筋が伸びてシノンが起き上がった。


「ああ、もうちょっと愛でていたかったのに。でも、そろそろデザートも届いてしまうものね」


「そろそろ誰か曲入れない? 誰も入れないならあーしが一曲入れるよ?」


「リオさんの歌、聞いてみたいな」


「笹原さんは何を歌うの? あ、ニャン」


「何にしようかな。1人1曲まわして、点数が最下位と3番目の人が残るご褒美を引くってことでいいですか?」


「おけ」「うん、ニャン」「いいわ」


 カラオケ勝負と巨大デザートの回し食べ、久しぶりに学生時代に戻ったようだった。

 けれど、グループの中心では無かった私にしては学生時代よりもずっと主体的なこの4人で過ごす時間は、学生時代に過ごしたレジャー施設での思い出を思いっきり上書きできるようなものだった。

 きっと隣で楽しげに笑いかけてくれるシノンの存在も、学生時代との大きな違いだったのだと思う。


 そして、シノンの友達と引き合わせてくれた事で、普段のシノンと友達の前で見せるシノンの顔には、あまり大きな違いがないことも知ることが出来て良かった。

 友達の前であっても、私にだけ見せてくれる顔があることも、私にとって随分大きな収穫となった。


 ソファーでシノンが起き上がってから繋いだ手は、カラオケの部屋を出るまで繋いだままだった。


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