〔Side:Juli〕25. 依存していた自覚


 今日も残業を片付けて帰宅の途に就く。

 チャットアプリを開いて思い出す。


 そうだった。今日はシノン、遅くなるんだった……


 シノンからの未読のメッセージが 2件。

 会社の勉強会と、その懇親会があると事前に教えてくれていて、最新のチャット欄には冷蔵庫に作り置きがあるというメッセージとブレた写真。

 相変わらず手振れ補正の機能を on にできていないことに、クスリと笑みが漏れる。


 今日は一人でごはん……


 疲れ切った今の状態では少しのことで憂鬱が顔を出す。

 気を取り直して部屋の玄関ドアを開ける。

 事前にシミュレーションしていた通り、部屋の電気は消えていて、玄関の自動点灯の照明だけが足元を照らす。

 手早く靴を脱ぎ揃えてリビングのドアを開き、すぐ横にあるスイッチに手を伸ばす。


 あれ? ない……どこに……あ、ここね?


 暗いリビングの照明スイッチを押す、そんなことすらも半年以上振りかもしれなかった。

 毎日シノンがいることで頑張れていた自分はシノンに依存しすぎていたことに、今更ながらに気づかされる。


 明かりがついて目が慣れると、ソファーの上にフォカとのんシャがちょこんと座っていた。


「ただいま~、フォカ、のんシャ~」


 2匹のぬいに抱き着こうとして、お風呂がまだだからと思いとどまる。

 本当はぎゅっと抱きしめたいのをこらえて、先にご飯にしようと思う。



 ――



 ご飯、お風呂、そのあとのルーティンではシノンが淹れたコーヒーを片手にソファーでゆったりタイムなのに、今日はそのシノンがまだいない。

 時計は22時を指していた。


 シノンがいないから、食べ終わった食器がまだシンクに残っている。


 さすがにこれくらいは自分で何とかしないとね。


 腕まくりをして久々にシンクで洗い物をしようとすると――


「あれ? 洗剤ってどこにしまっているの? スポンジだけじゃ洗えないし、そういえば普段シノンはどうやって洗い物をしていたのだったかしら?」


 ソファーに座ってみて、いつものシノンが立っていたあたりを眺め、何か手掛かりにならないか思い返してみる。

 けれど、いつも見ていたシノンが食器を洗う姿では、屈んだりどこかから何かを取り出すこともなく、その場でささっと洗い終える姿ばかりだった。


 見落としがあるのかと再度シンクの前に立ってみるも、洗剤はやはり見当たらない。


 一人首をかしげていると、玄関の方から音がした。

 スポンジを元の場所に戻して、手を洗い出迎えようと玄関へのドアを開ける。


「おかえりなさいシノン」


「ただいま、ジュリ」


 ローボイスが鼓膜を揺らす。

 気を抜くと漏れてしまいそうな吐息を何とか抑えて、声をかける。


「お腹空いてない? すぐお風呂入る?」


「ありがとうございます。お腹は大丈夫ですが、お風呂にはすぐ入ろうと思います」


「わかった。お湯張っておくから着替え持ってき、て……」


 シノンの方から、かいだことのない香水のにおいが鼻に届く。

 あまいフローラルな香りは明らかに女性もの。

 それに一つではないのかもしれない。

 香りにまとまりがなく、別系統のものが混ざっているような……


 くんくん…… くん……


「ジュリ?」


 こっちとこっちで別々なにおいの偏りがあるように感じる。


「シノン……楽しかった?」


 自分でもどうかと思うくらい暗い声をしていた。


「うん、いろいろと勉強になったし、まだまだ学ぶべきことがたくさんあるって分かったのが大きかったかな」


「そう……なんだ。懇親会は?」


「一緒に勉強会に参加した人とすこしだけ打ち解けましたよ?」


「それって、女の子二人?」


「どうしてわかったの? すごいねジュリは。そういうのも営業とかをしていると見分けがついたりするの? もしかして何かコツとかがあるの?」


「ただの勘だけど……べつにすごくないよ? シノンの周りしかわからないから……」


「え?」


「ううん、何でもない。はやくお風呂でそのにおい洗い流して来て……」


「うん……って、におい? ウチ、そんなにお酒臭いですか?」


「……」


 私は返事をしないまま玄関を後にして、お風呂を沸かしに向かっていた。

 自分自身でも何を言ってしまうかわからないままだったから、口を閉ざして時間を置いた方がいいと思ったから。


 着替えを手にしてお風呂場に入っていくシノンに、食器用洗剤のディスペンサーがあることを教えてもらい、無事に食器を自分で洗うことができた。



 ――



「シノン……」


「どうしたの、ジュリ?」


「ソファーでちょっと話せる?」


 お風呂上がりのシノンを呼び止めた私は、シノンの手を軽く引いた。


「いいよ。コーヒーはどうする?」


「歯も磨いちゃったし遅いからコーヒーはやめとく」


「わかった」


 私が手を離さないことで何かを察してくれたのか、シノンはそのままソファーまでついてきてくれた。


「ジュリは何を話したいの?」


「……あの、ね?」


「うん」


「ごめんね……さっきはちょっと無視しちゃったの謝りたい……です」


「うん。いいよ、気にしなくて大丈夫」


「自分でも、ちょっと重すぎなのはわかってるつもり……なんだけど……」


「うん?」


「シノンが帰ってきた時、香水のにおいがついててね……それで私、そんなつまらないことでちょっと……いいえ、けつこう嫉妬しちゃった……」


「え?」


「シノンが取られちゃうんじゃないかって、不安になったの……付き合ってもいないのに、ううん、付き合っててもこんなの迷惑だよね? だからそれも……ごめんなさい……」


 勝手に嫉妬したとか……


「……そう、なんだ」


「そうなの……すごく自己嫌悪……シノンにそう話すのもおかしい話なんだけど……だからシノンは少し私のことを叱ってくれていいんだよ? さっきも洗剤の場所すらわからなくて……シノンに任せっぱなしで……ひどい女、私……」


 これじゃシノンに嫌われてもおかしくないよね……


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