〔Side:Shino〕25. バリスタの勉強会
先日のデートから数日。
ウチはマイスターの勉強会に出ていた。
すでにバリスタとして活動しているマイスターの方々が時たま行っているもので、バリスタを目指す上でためになるお話を聞けたり、どういった想いで活動されているかを聞ける特別な時間だ。
店長から声がかかって、まだ枠があるからと参加させてもらえたのだけれど、今日は大星(※)のマイスターが担当でその手際ももらったコーヒーの味も、普段ウチが店で提供出来ているものよりも格段に違うものに感じた。
※マイスターのエプロンには、星の意匠が刺繍される。マイスターとして認められると初めは小さめの星が1つ刺繍される。年に一回マイスターの認定試験があり、連続でマイスター認定されるとエプロンの刺繍が1つずつ追加されていく。そして、その認定の星が5つになる時、一回り大きくなった大星ひとつ分にまとめられる。なので大星は5年連続マイスターとして認定された選ばれし者の証。
その味の違いはウチが普段手を抜いているというわけではない。
そもそも提供手順はマニュアルによって統一されていて、マイスターが実施した手順もそのままのマニュアルの手順だった。
けれどそれでも味が違うというのは、単純にいちばん美味しく淹れる方法を実践的に応用できているかにかかっている。
コーヒーは使う豆の種類やロースト具合によって個性が出るもので、数種類の豆がブレンドされたものになるとそこに複数の特性や特徴が複雑に絡みあってくる。
最終的に提供する時にどの味わいを引き立てるのかによって、レシピ通りにビルドするにもミルクやクリームなどと合わせるタイミングを微調整したりと、地道な積み重ねが必要になる。
調和が取れたこの味を出せるようになるには、何百回もの試行を要したかもしれない。
そういう本物の手際を見られだけでも、今日この勉強会に参加できた意義が大きかった。
勉強会が終わって、その後は懇親会として場所を移して飲み会をする事になっていた。
参加した方々と一緒にぞろぞろと移動している途中で、一人で歩いていたウチは不意に声をかけられた。
「月岡さん、でよかったですよね? はじめまして、わたしは
中倉 陽実と名乗ったその人物とは、先程の講義中も何度か目があった。
手を振られて軽く振り返したものの、見覚えはなかったが、やっぱり初対面だったらしい。
「ああ、ええと、はい、はじめまして。中倉さんですね? どうぞよろしくお願いします。せっかくなので、一応懇親会にも出ようと思っています」
「それならもっと仲良くなるために、わたしのことはハルって呼んでください。わたしからはシノさんって呼んでもいいですか?」
なんで下の名前……?
でも小学生の時は下の名前で呼ぶことは普通だった。
20歳を過ぎると、いきなりそういう距離感でこられると面食らってしまう。
ただまあ悪意はなさそうだし……
「あ、ええと……はい、わかりました……ハルさん、よろしくお願いします」
「やった〜、シノさんよろしくで〜す。ねえヤッピ、シノさんと仲良くなった〜!」
ハルさんに腕に抱きつかれたかと思うと、ぐい、と引かれる。
「わっ、ちょっ、ひっぱらないで」
「お〜ハルルさっすが〜。あたしは
矢野……
あまり思い出したくない人の顔が思い浮かぶのをなんとか打ち消して、目の前の人物を見る。
矢野くんとは関係ないし女の子だし、きっと大丈夫。
「シノさん、ヤッピのことはヤッピって呼んだげて? あんま下の名前好きじゃないらしいから」
「いや、さすがにヤッピはハルルだけだから、ヤヤさんとか、やのちとか好きに呼んでください」
「わかりました。ではヤヤさんで大丈夫ですか?」
「大丈夫です、というかシノさん年上っぽいので敬語じゃなくていいんですよ? むしろハルルが砕けすぎててすみません」
「ヤッピが気にしいなだけだよ〜。シノさんはそういうの気にするタイプ? わたしも敬語した方いい?」
「アハハ……私はどちらでも大丈夫です。そこまで歳も離れてないし、世代的にもそういうこと気にしすぎるの嫌な人もいるくらいだから」
「ほら〜。気にしいなだけだった〜。大事なのは仲良くしたいっていう心! パッションパッションなはははは」
「ヤヤさん……ハルさんっていつもこんな感じなんですか?」
「シノさん……そうなんですよ。あたしも最初はそんな感じで絡まれて」
「2人して目の前でわたしの噂話するなんてもう好き過ぎじゃん! わたしも好き好き〜!」
「あ〜……はいはい、ハルルはちょっと大人しくしようか。もう店着くからね?」
「もがもが〜!」
「アハハ……」
懇親会、出ようか迷っていたわりには短く感じて、ハルさんとヤヤさんとは連絡先の交換もした。
2人とも途中かなり酔ってしまったようで、両サイドからひっつかれたりもしたけれど、帰り際はケロッとして手を振りながら別れて帰っていった。
時刻は22時半。
最寄り駅に着くとお家まではすぐそこだ。
午前中にジュリの晩ご飯は作り置きをして、冷蔵庫に入れてあることも連絡しておいたから、たぶんもう食べ終わっているはず。
そう思って部屋のドアにキーをかざす。機械的な解錠音が鳴りドアノブを回した。
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