〔Side:Shino〕24. 緊張の理由


 ジュリからは事前に、今日のディナーには予約は必要でもドレスコードのないカジュアルなお店に行くと聞いていた。

 予約が必須のお店な時点ですでにウチの予想できる範疇にはなく、お店についてから何もかも洗練された雰囲気と出てくる料理の豪華さに驚きっぱなしだった。


 普段は食事中あまり話すことはないのに、お酒が入っていたからか自分でも不思議なくらいジュリにたくさん話しかけていた。

 気づけば普段よりジュリの食べるペースも遅い気がする。

 ウチが話しかけすぎてしまったんじゃないかと、デザートを食べながら脳内反省会をしていたら、ジュリがポツリとつぶやいた。


「ねぇシノン。聞いてもいい?」


「はい、どうぞ。何を聞きたいのですか? どんな質問でも答えますよ?」


 ジュリに散々聞いたのに、ジュリの質問に答えないのはフェアじゃない。

 言葉の通り、何を聞かれてもできうる限り答えたいと思う。

 ジュリは口元をナプキンで隠しながら遠慮がちに尋ねてきた。


「今日のデートって、100点満点でいったら……何点くらい?」


 口元が見えないことで、ジュリの表情から読み取れることが少ない。

 こういう質問がくるとは予想しておらず、質問内容を頭の中で何度も噛み砕く。



 デート……たしかに今日の一連の行動を客観的に見れば、デートといってもいいのかもしれない。

 笹原さんと付き合う前にも、友達同士だったとしても二人で出かけることをデートと言っていたし、デートをすること自体は男女や恋人同士に限ったことではない。

 ドラマでももっとフランクな関係でも普通に使われる言葉であった。


 キスをするような関係ならなおさら……


 チョコレート混じりのキスの感触が思い出される……

 あれは……すごかった……


 ポッキーなんて普段はあまり買うものではなかったし、食べた記憶としては大学の受験勉強中に頭を使った時に気軽に食べられるものとして、お母さんが買っておいてくれていたものだった。

 一人でポリポリとかじりながら受験勉強を頑張っていたことくらいしか思い入れもなかったけれど、今回のことで少しポッキーに対する見方がかわったかもしれない。 



 思考がそればかりになってしまうのはよろしくない。

 けれど、それを差し置いたとしても……

 今日のことを100点で……




「点数なんて……つけらんないよ……」


「……ぇ?」


「ウチの中では今日一日のことが……100点満点にぜんぜん収まりきらないくらいで、なんと言ったらいいのか難しいけれど、点数として数字にしてしまうのはもったいないと思うくらい……特別な、一日でした」


 口に出してから、ジュリに期待されていた答えにはなっていなくて、失礼な物言いになってしまったんじゃないかと不安が押し寄せる。

 ジュリの瞳からは何とも形容しがたい色合いしか読み取れず、ウチは言ったことを訂正したくて焦ったまま再び口を開く。


「待って、ごめんなさい。今のはいったん忘れて、もっとよく考えるから」


「ふふっ」


 ジュリは口元にナプキンを当てたまま、小刻みに肩を震わせ始めた。


「はぁ……ごめんね。少し困らせちゃったみたいね。でも答えてくれてありがと。もったいないなんて思ってもらえて、すごく嬉しいわ」


 ため息混じりに口元のナプキンを下ろしたジュリの表情には、優しい笑みだけが残っていた。


「ジュリ?」


「私にとっても、今日は100点に収まらないくらい素敵な一日だったわ。でも、一つだけ懸念があるとしたら……」


「懸念……?」


「私がシノンのことを振り回してしまっていないかなって、シノンにとってつらかったり、つまらなかったりしたらどうしようって……嫌いになられたらどうしようって……不安は消えていないの……」


「そんなこと――」

「言葉で言ってもダメ。シノンはちょっとおおげさすぎるくらい、相手に合わせすぎちゃうんだから。今度はシノンが私を振り回してほしい。シノンがしたいことを、したいようにしてみてほしい。私にばかり気を使うシノンじゃなくて、シノンが楽しいと思うことをしているシノンを見せてほしい」



 ウチがしたいこと……それをジュリと一緒にしたとして、ジュリにとってはものすごく退屈だったとしたら?


 ジュリにとって、楽しくないことを一緒にさせたりして、つらいって思わないかな?


 それでもしも、ジュリがウチを嫌いになってしまったら?



 ……



 ジュリは今日、そういう不安をずっと抱えたまま、ウチのことをエスコートしてくれたの?


 改めて今日一日を振り返ってみると、明らかに前回の水族館の時とは違うジュリの態度に気づかされた。

 そしてジュリの表情に、いつもよりも緊張が見えていた気がした。


 部屋からウチを送り出した時も、待ち合わせの喫茶店で見上げたあの笑みにも、荷物を頑なにウチに持たせようとしなかったのだって……

 ジュリはウチに素敵な一日を体験させてくれようとしていたからだったの……?



「……」



 胸が苦しいくらいにドクドクとして、手を胸にあてながらうつむいてしまう。



「……それも私のわがままよね……? シノンのこと、困らせたいわけじゃないから……無理はしなくていいの。もしも……もしも次があるならって、期待しただけで――」

「違う」


「え?」


「困ってないよ。だたら次は……ウチから誘わせて? まだ何をするとか決められないけど、ウチがしたいこと、ジュリとしてみたいこと、準備するから……だから待ってて……?」



「……はい……待ちます……待っています」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る