〔Side:Juli〕4. ショーより気になる


 スマホを取り出したシノンは、真剣な面持ちでラテアートにカメラを向ける。

 そしてシャッターを切った。


 カシャシャシャシャシャシャシャシャ


 カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ


「ちょ、え? シノン? 連写し過ぎっ」


 カシャカシャ撮っている間も微妙に手元が震えてて、それでも本人はけっこう真剣な目付き。


「え? でも、一枚ずつだと上手く撮れなくて。こうしておけば後でいいのが一枚くらいは」


 カシャシャシャシャシャシャ


「ふっふふふ、話しながらも撮るの? ふふふ、あーもう、面白すぎて涙出てきちゃう……ふふっ」


 人が感動して涙している横で面白いことをされると、もう笑いが止まらなくて――


「もう少しかかりそうだから、ゆっくりでいいからね」


 カシャシャシャシャシャシャ カシャシャシャシャ


 真剣に画面を見ながら写真を撮る姿は必死なようにも見えて、こんな一面もあるんだという驚き。

 普段完璧に家事をこなすし、カフェでもこんな姿は見られない。

 私はそれで数分間ツボから抜け出せず、明日の筋肉痛を覚悟するのだった。



 ――


「シ〜ノン。お待たせ」


「バッチリだね。じゃあ、行く?」


「うん!」


 シノンが手をスっと差し出してくれて、私はその手に自分の手を重ねて歩き始めた。


 学生時代は彼氏が出来たことがなかったけれど、社会人になってからはけっこう色んな人と付き合ってきた。

 それでも、こういう風に手を繋いでデートしたことは1度もない。


 好きなドラマや漫画では、手繋ぎデートなんて普通にあるワンシーンだったので、当たり前にするものだと思っていた。

 自分も付き合うならそういうことがしたかったのだけれど、現実にはデート中に手を繋ぐのは難しいということがわかってきていた。


「時間もちょうど良さそう。ねぇジュリ、ここ並んでもいい?」


「うん、シノンが見たいものは私も見たいから遠慮しないで並ぼ並ぼ」


 シノンは私が密かに抱いていたそういう願望を、自然と叶えてくれる稀有な存在なんだと思う。

 女の子同士で、友達だからといえばそうなのだけれど、それだけでここまでの理想を叶えてくれる女友達は私の周りにはいなかった。

 それどころか、私は基本的にグループで行動していたから、こんな風に1対1でどこかに出かけるようなこともなかった。

 男の人とのデートでも、どうしたらいいのか未だに分からない。


 それなのに、シノンとは自然とどうするのがいいのかわかるような気がしてる。

 他の友達とは明らかに違う、通じ合える部分がある、不思議な感じ。


 ルームメイトというには親密すぎる関係。

 単なる友達でもないし、親友というものとも少し違う気がする。

 もう少し甘くて、それでもこれ以上踏み込めないビターな部分がある。


 自分の素の状態を受け止めてくれる存在で、甘えられる存在で、気を許せる存在で、色んな安心を与えてくれる存在でもある。

 けれど、恋愛の対象として意識しているわけではない。

 そうだったらもっと気が楽だったのにとは思うことはある。


 結局私は、シノンとどういう関係を望むのか、自分でもよくわかっていない。



「どうしたの? 少しぼーっとして。足とか、つかれてきた? この先で座れると思うけど」


「んーん、なんでもない。足もまだ大丈夫。そういえば、今は何に並んでるの? 実は看板見落としちゃってたのよね」


「これはね。あー、どうしよ。せっかく見落としてくれたなら、お楽しみの方がいいのかも」


「こわいものじゃないならそれでもいいよ?」


「こわくはない。むしろ可愛い、と思う」


「へ〜、なら楽しみ」


「そろそろ時間だね。列が進むよ」



 前の列に続いて歩を進めると、屋外の観覧席のある場所に出た。


「もしかしてショーかなにか?」


「うん、そうだよ」


「へ〜。私こういうとこであんまりショーとか観た事ないかも」


「ウチはしょっちゅう他の水族館のショーとか、お一人様で見てるけど、意外と毎回面白いんだよね。たぶん色んなバリエーションのカリキュラムを考えて初見じゃなくても楽しめるように工夫してるんだよ。大抵の人は1回観たらもう見ないらしいけど、ウチからしたらもったいないなぁって思う」


「やっぱり水族館好きなんだね〜シノンは。水族館愛がすごいよ」


「そうなのかな? でもジュリが言うならそうなのかもしれ――」


 ショーの開始の合図なのか音楽がなり始めた。

 はじめに飼育員さんたちから禁止行為について説明があり、ショーの開演が告げられた。


「ジュリ、あそこからショーの主役たちがでてくるよ。よく見ててね」


「へぇ〜うんうん」


 飼育員の人が小さな扉を開けると、そこから主役たちがとてとてと一列に並んで歩いて出てきた。

 ペンギンさんがいっぱい!


「かわっ……!」


「うん、かわいいね」


 ちらりと隣を見ると、シノンはほぼ顔を真横に向けてこちらを見ていた。


「シノンは見なくていいの? ペンギンさんたちめちゃくちゃかわだよ?」


「うん。ペンギンもかわいい。だけど、ここにもっとかわいい人がいるから、今はこっちの方から目が離せなくて」


「えっ……な、なに言って!?」


「あはは、そんなガラじゃないのはわかってるんだけどね」


「そういうの、ずるいってば……モテるくせに、ガラじゃないわけ……ないじゃない」


 私の口からはか細い声しか出てこない。

 いつもなら軽く受け流せていたのだけれど、あの男子学生たちの話を聞いちゃったから……ちょっと意識しすぎてしまったのかもしれない。

 シノンがレズだっていうのは単なる噂なんだろうけれど……


「ごめん、今なんていったの? ちょうど音楽で聞こえなくて、もし気持ち悪かったのなら、思うだけに留めておくようにする」


「も……」


「も?」


「もし思ったなら、言ってもいいよ。でも」


「うん、でも?」


「……他の人には、一応禁止ね。相手に絶対勘違いさせるから……させても大丈夫な人にだけにしてよね」


「うん、わかった。今のところ他の人に言う予定はないや」


「ん……!?」


「だって、そう思ったのはジュリがはじめてだし」


「んん……!?」


「ペンギンもかわいいもんね」


「へ? ペンギ――??」


「うん、ウチも結構好きだよ、ペンギン」


 あ……これ、無自覚なやつ……

 う~わ、私だけこんな顔熱いの、なんか悔しいんですけど!


 そのあとも、結局私はペンギンさんたちの雄姿は瞳に映していたけれど、あまり集中できずちらちらと隣を見てしまっていた。


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