〔Side:Shino〕4. ラテアート


 デザートを置き終えた店員さんが口を開く。


「カフェラテは食後という事でしたが、今からお作りしてお持ちしてもよろしいでしょうか」


 ジュリがすかさずあの外行きの笑顔で店員さんに尋ねる。


「はい、お願いします。あの、ラテアートって今日もできますか?」


「はい、ラテアートをご希望でしたら、こちらの中からお好きな番号をお選びください」


 店員さんが持ってきたアンケートには、サメ、エイ、クラゲにクジラの四つが書かれていた。


「え〜とぉ」


 ジュリがウチに視線を投げかけてきたので――


「じゃあ、一番のサメを一つ。それからちょっと店員さん、ご相談が」


 ウチは店員さんに耳打ちしながら、ある動画を見せた。


「これって……できそうですか? 可能でしたらこれでお願いできないかと」


「かしこまりました。係の者に相談してみます」


「ええ、難しそうでしたら四番でお願いします」


「ありがとうございます。承りました。では、ごゆっくりおくつろぎください」


 店員さんは一礼をして厨房へと歩いていく。

 視線を真っ直ぐに戻すと、ジュリが何か言いたげな顔をしていた。


「ごめん、ジュリの分も勝手に決めちゃった。四番のクジラにしたんだけど、よかった、かな?」


 ジュリは先程からウチの顔を覗き込んで視線を離さない。

 そして……ちょっと不機嫌そう?

 先程までの和やかな雰囲気は消えて、硬質な響きの声でジュリが店員さんを褒める。


「さっきの店員さん……ちょっと格好良かったね」


「え? そう? 別に普通だったけど」


「何を話していたんですか?」


「どしたの急に敬語。それよりデザート食べよ?」


「一口目はシノンが私にあーんして?」


「へ? ここで? たまに部屋ではしてるけど、さすがにここは……人目もあるし、ね?」


 突然何を言い出して……


「してくれなきゃ許さない。あーん」


「え? えぇ……?」


 勝手に決めたの、そんなに嫌だった……?


「はやふ、あーん」


「ぁぁ、うん、わかったから。美味しそうなとこすくうから、ちょっとお口を閉じて待ってて」


 ウチは急ぎデザートのいちばん美味しそうな所をジュリに献上する。


「はい、お口開けて〜」


「あー……ん、ん〜〜!」


「ふふっ、どう? おいし?」


 聞かなくても顔を見ればわかる。

 けど聞いてしまう。


「んふ、ふんごくおいひい」


 期待通りの可愛い声でお返事が返ってきて、こっちまで嬉しくなる。


「そっか、じゃあ、ウチも食べていい?」


「だ~め。これあーんしたい」


「ぇ? ウチもするの?」


「大丈夫、誰にも見えないように手でガードするから、ね? 口開けて?」


「ぅ……わかった。あー……」


「そのままね」


 カシャッ


「へ!!?な!!?」


 目を開けるとジュリの手にはスマホが握られていて……カメラで撮られた!?


「目閉じてるから可愛くて撮っちゃった。めちゃくちゃいいの撮れた〜家宝にしなきゃ〜ふふふん」


「そんなの早く消しておいて、ジュリのスマホが汚れるから呪いだからそれ」


「のんのん。これは魔法のお守りなの。絶対に消さないようにバックアップもしとかないと。はい、クラウドに同期しました〜」


「……早すぎる……」


 ま、まあ……一緒に生活してるわけだし、醜態ならいつもさらしているわけで、それのほんの一瞬を切り取られただけ……きょ、今日はほら、一応おしゃれもしてきたもの、まだダメージは少な……くなるはずもないよ……やっぱはずかしいのははずかしいってば……


「ほ~ら、あーんの続き続き。こっちみてもう撮ってないから」


「うそ……あれでまだ許してくれてないの?」


「はい、お口をお空けくださ〜い」


「……あー……ん。んぐ、美味しこれ……なんか悔しい」


「さあ、いいのも撮れたことだし、一緒に食べよ?」


「うん」



 おいしいねというジュリに頷きながらデザートをいただいていると、店員さんがカフェラテを運んできた。

 置かれたマグカップを見つめてジュリが歓喜の声を出す。


「シノン! これ! ペンギンさん!」


「うん、ペンギン。やったね。好きでしょペンギン? すごいなぁできたんだ。やっぱプロは違うね」


「もう、どうしよぉ~。う~、かわいすぎて飲むのもったいなぃ~!」


「ふふ、喜んでくれてよかった」


「うん、嬉しいシノン。めっちゃありがとう! でもなんで? クジラって言ってたのに」


「いつか可愛く作れたら、ジュリに見せてあげたかったんだけど。技術的にまだまだ練習が必要で……でも、今日みたいな特別な日に、どうしてもこういうのがあるってジュリに見せたくて。今度はウチが練習の成果見せるから、その時まではこれ覚えておいて」

「うん、うん、え……うれしい……涙出そ、メイク崩れちゃうよぉ……」


「泣いてもいいんだよ。メイクが崩れようと素もかわいいの知ってるんだから。ほら、これ使って」


 ウチがさし出したのはハンカチ、それもこの日のためにあらかじめ雑貨屋を巡って探したペンギン柄のハンカチ。


「……これ……これぇ……」


 涙の防波堤が決壊してぽろぽろと落ちる雫をキャッチする。


「実は渡すタイミング伺ってた。我ながらナイスなタイミングだったんじゃないかな? ウチもこんなにサプライズが上手くいくと思ってなかったよ」


「ほんとにくれるの? 私に? うぅ、今日は私がシノンをエスコートする予定だったのにぃ……狂わされちゃうよこんなのぉ」


「ゆっくりでいいから落ち着いたら続き食べよ? それまでこのラテアートの写真撮らせてもらうね?」


 ウチはスマホをカバンから取りだしてカメラでラテアートを画角におさめた。


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