〔Side:Juli〕5. 平常心?


 シノンは学生時代の噂のことを、私が知ったなんて思っていないんだろうし、完全にいつものノリ。

 今日は本人にそのことを聞きたくて、いつ切り出そうかと伺ってはいるけれど、想定以上のことが起きていてなかなかタイミングが掴めない。


 聞けずにいることで、なおのことあの噂を意識しちゃう。

 よくよく考えたらこれって、シノンとのデートってことにもなるんだよね。

 男子、女子問わずキャーキャー言われてたカフェ店員さんと、私デートしてる……


 ほんと……シノンって、モテるのわかる~……

 まつ毛なが~、肌白〜、滅多に見せない笑顔も素敵で、最近はそれに加えてなんというか色気が増してきていて……って、だめだめ、私たちってそういうのじゃないもんね。

 気持ち切り替えて、平常心、平常心、す~、は~、す~、は~。


「ジュリが好きなペンギンたち、けっこうかわいかったね。けど、あっという間に終わっちゃった。次のお客さんのために席空けないとだし、そろそろ行こ?」


 隣のシノンが立ち上がる。

 こうして見上げると、スレンダーな長身がより際立ってみえる。


「え、ええ、そうよね。あっ……!?」

「よっ」


 席を立とうとすると、シノンが私の両手をとって軽く引っ張り上げてくれた。

 シノンが私の手を掴む一瞬、シノンの顔が急接近。

 絶対ないはずなのに、キス……されちゃうのかと思った……あせる〜……


「ありがとねシノン」


 心臓バクバクで早口に礼を告げてしまう。


 ショーの観覧席があった屋外から、また屋内へと戻る。


「ううん、これくらいお安い御用。一応鍛えてますから」


「私が買って放置してるトレーニング器具、使ってくれてるんだよね? ごめんね、なんか無駄にリビング占有しちゃって」


 買ったものが無駄にならなくてよかったとは思いつつ、シノンの腕や脚、お風呂上がりにチラ見えするお腹は、たしかに以前より格段に引き締まってきてて……ハッ、平常心!


「ううん、ありがたく使わせてもらってる。そのおかげでほら、二の腕もけっこう筋肉が付いてきたでしょ?」


 私の掌を自身の二の腕にくっつけて、シノンが力を入れてみせる。

 私はさわさわと二の腕をなでてその感触を確かめると、皮膚のすぐ下に筋肉のカタさを感じた。


 私のと全然違う。この腕でしっかり目にぎゅっとしてもらえたら……いや、ちがっ! なんの想像しちゃってんの……ぎゅーならいつもソファーで……いつ、も……


「あ、うん、すすすっごいカタくて、たくみゃしくなったね」


 何気なくシノンにしてもらってることではあったけれど、それが友達同士のスキンシップの範疇かと言われると、わからなくなってくる。

 今まで友達にそんなふうに甘えたこともなかったし、そこまでベタベタされたこともなかった。

 それがシノンとなら当たり前って……なんとなく背徳的なことのように思えてきた。


 急激に顔面が火照ってきたけれど、水族館の館内照明が暗めでよかった。


「でしょ? けっこう重いものとか持てるようにもなったし、お店でも疲れにくくなって大助かり。買い物2人分も余裕。って、なんでそんな顔真っ赤?」


 シノンが自慢げにこちらを向いてた時に、ちょうど照明の明るいところに差し掛かってしまった。


「な、なんでもないなんでもない気のせいよ気のせい気のせい……! でも、いつもご飯本当にありがとう!」


「ありがとうはこっちの方だよ。いつもジュリが美味しそうに食べてくれるから、作るのが楽しい」


 笑顔すぎるシノンやばっかわっ!

 撮りたい……今のこの瞬間全部を記録して後世まで語り継ぎたい……!

 こんな可愛いもかっこいいも併せ持つ人を、今だけは私が独り占めできてることを!


「それはほんとに美味しいからで、シノンの作るものが全部好きなの!」


 ……へい、じょう、しん……ヘイジョウシン……って、どうやってするんでした?


「それはまた……ずいぶんと嬉しいこといってくれるね。勢いがすごくてびっくりだけど……」


 シノンがふいに私の耳元に口を寄せてきた。

 その抑えた声の質感に心臓がとび跳ねる。


「そういう可愛すぎるのは……なるべく抑え目にお願いできたら嬉しいな……なんか、すごく……ウチが恥ずかしいから……また、二人きりの時にでも……ね?」


 耳元で囁かれながら、どくどくとうるさい自分の心臓の音がシノンに聞こえてしまうのではないかと不安になる。


「ぁ……ぅ……ん……ごめ――」

「あやまらなくていいよ。嬉しいかった。すごく。怒ってないよ。だから、大丈夫」


 全然全然大丈夫じゃありませんけど!!?

 めちゃくちゃ顔あっつくて今見られたらやばい顔してます絶対に!


 シノンが離れそうな気配があって咄嗟とっさにシノンの服をわしっと掴む。


「ちょっちょっとまってまってまって。まだこのまま、このままで……落ち着くまでそのままでお願い……します」


 声が……震えてる……やばぁ……


「……うん、わかった」


 何か間があったような気もするけど、今はそれどころじゃない。

 心臓がはねて、息があがって、顔があっつい。


 会社で大口の商談のプレゼンする時でもこんなになったことないのに……破壊力がぱないよほんとに……


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