救世主のいない世界
たしかに少女は魔族以上の力を有していた。…が、個体名「魔王」以上の力は無かった。それどころか、魔王軍幹部を一人で倒せるほどの実力すら無かった。
それから、勇者パーティーと共に少女は戦い、魔王軍幹部の半分を倒し切る事は出来た。が…勇者と幹部の一人が相討ちになってしまい、勇者パーティーは…人類は、終わりを告げた。
「救世主」がいなくなって約2年。魔王が世界を支配した。
§
「…「救世主」と会った事があるお前が…人類唯一の希望だ。」
「待って下さい!!勇者様!勇者様がいないと、人類は………」
「…ごめんなリボン。…こうするしか…なかったんだ。」
「…ありがとう、ロンド。」
「私はリボンちゃんを安全な所まで運ぶわね!…あんた達…死んでも死なないでよねッ!待ってるから!」
「…ロイド、お前だけでも…お前だけなら、逃げれるかもしれない…」
「何言ってんだよ。そんな事したら、アイツがリボン達に追いついちまう可能性が残っちまうじゃねぇか。」
「…」
「そんな顔するなよ。…それに、俺は覚悟の上だ。」
「…あぁ、そうだよな。」
「それじゃあリボンとリーンが安全な所へ着くまでの時間稼ぎ、やりますか!」
「ありがとう。……職業 勇者 パッシブ効果発動 スキル 人類の
§
「救世主様…ミービルさん…お願いです…」
今、私は窮地に立たされている。
勇者様は私を庇い死に、相棒のロイドさんまで死んでしまった。リーンさんは敵の情報を盗みに行ったっきり帰ってこず、人間が統治している国はもう無くなった。
つまり、事実上、魔王が世界を手に入れた、という事になる。
あれから、王国にある本を再度読み漁った。お父様や、お師匠様、賢者と呼ばれる人物や、勇者様にも聞いた結果、救世主が現れる条件をある程度知った。
救世主を作成した通称「神」の世界から、神の力が及ぼせる範囲の二倍が、救世主の行動範囲。その範囲内の世界で、助けを求めている善の存在のいる世界へ瞬時にワープし、目の前に現れる。ランダムではなく、範囲内で一番ギリギリな、本当に助けが必要な存在の所に現れる。救世主様は、出会って最初の願い、困りごとを一番に考え、行動する。長くても一日程度しかその世界にはいない。
人によって違う時もあれば、書物によって違うところもある。私の所に来てくれたミービルさんは、紛れもない救世主様だ。だが、私は救世主様と半年間は一緒にいた。つまり…どの情報が、どれだけ、どこまで正しいのかは分からない。
だが、それに縋るしか…今の私に出来ることは無い。
この世界にはもう人はほとんど残っていないだろう。一年前の時点で私の国以外の国は全て滅んでいた。私の国には、私と、運よく勇者様がいた事により、壊滅は免れた。…が、勇者様が死んでしまってからもう何週間も過ぎた。もう私と…リリーさん…いや、私以外残っていないだろう。
祈りを始めて早数週間。未だに救世主様が来ないという事は…こんな悲惨な世界よりも悲惨な世界がまだある、という事だ。正直、信じられない。
勇者パーティーと共に旅をしたことで、森での生活にも慣れている…が、流石に限度がある。そろそろ心身ともに限界だ。
§
「魔王様」
「…なんだ」
「人族の生き残りが、魔王城近くの森にいると思われます」
「…ほう…相当な手慣れだな。俺が直々に出向いてやるか。」
「はい…ですが、人族程度、私一人で十分でございます。魔王様の手を煩わせる必要は…ありません。」
「…よい。行け」
§
……遂にこの時が来てしまった。
…魔族に私の存在がバレた。
敵に索敵系の能力者がいるかどうかで変わるが…恐らく二日も持たないだろう。
魔族の睡眠は一週間に一回。それだけでなく、夜目が効く。さらに、幹部級ともなると、空を飛べるのはもはや当たり前。
…ただ、もはやここまで来たら一つの希望に縋るしかない。…幹部ではなく、魔王が直接来てくれれば…私の所に救世主様が来てくれる可能性が高まる。
「生き残りの人族よ…」
「ッ!?」
………これなら、魔王が来たほうが何倍も良かった…
「お前は…勇者と共にいた少女か…」
この魔族は、カルメン。カルメンの能力は「数分の
この幻術は、使用する相手の記憶に関するものを出す。恐れているもの、尊敬しているもの、愛しているもの、トラウマ等……人間という感情が豊かな生物だからこそ、致命的な相手だ。
どんなに精神力が強く、確固たるものでも…恐怖しているものがない、勇敢な人間だったとしても、愛しているものはいる。大切に思っているものはいる。その幻がどんなに嘘だと、偽物だと分かっていても、力が弱まるのは仕方のないことだ。隙だって出来る。…その隙で、勇者様はやられた。
「この世の人族はもう、お前一人だ。…どうだ?魔族の奴隷にならないか?」
「…ならない」
「死にはしないと約束しよう。」
「…ならないと言っている」
「…そうか。残念だな」
言葉ではそう言っているが、これは嘘だ。…魔族はそこまで感情が豊かではない。淡々と、人間の真似をしているかのように…嘘をつく。
「お前の恐れているものは…ネズミ?…しょうもない。愛している者は…いない、か。…つまらない人生を送っているな…」
「魔族には言われたくない」
「…まあいい。適当に…お前の家族や勇者でも作っておくか…」
…ミービルさんの情報がない?…いや、大切な人や、恩人の記憶は見れない?…いや、だとしたら何故私の家族の記憶がある?
…いや、そんなことはどうでもいい。私にはスピードがある。魔法も使える。ただ、能力がない。…が、それでも、勝機はある。
「数分の
幻からの攻撃が私を襲う…が、案の定、カルメンの作り出す幻は私よりスピードがないし、一度戦ったことがあるから、ある程度は取り乱さずに戦える。
「うーむ…お前とは一度戦ったことがあるし、恐怖も、愛している者もいない…面倒だな」
カルメンの能力上、能力を知っているかどうかでカルメンの強さは大きく変わる。その点、私は能力を知っているし、恐怖の対象も、愛している者もいない。私は、カルメンの天敵ともいえる人間だ。
「それならば………人間には誇りや尊厳があるらしいな。」
「…」
「そして、今まで戦ったどの種族でも、知り合いの、大切な人、とやらの尊厳を破壊する行為をさせると、それだけで人間は大幅に弱体化する。自分の事でもないのにな。」
…流石にヤバい。人類最強の勇者様の…家族の、尊厳が破壊されている様子は流石に見たくない。…やっぱり、魔族とは分かり合えない。魔族には誇りも尊厳も、何もない。だから、そんな極悪非道なことが出来るんだ。
人間なら…いや、魔族ではない、感情のある種族なら、自分で幻を作り、尊厳を破壊させる行為をする、そんなことはしない。…なぜなら、その時点で、自分の尊厳を破壊しているようなものだから。
「お前の家族にされたくないことは?……恐怖レベルまで落とし込める、されたくないことくらい、あるだろう?」
私だって感情のある人間、流石に家族のそんな姿は見たくないし、恐らく相当動きづらくなるだろう。
…イチかバチかに賭けるしかない。私の最速は、走り+爆発魔法での加速だ。まだ魔族相手には一度も使ったことがない…つまり、多分、その奇襲は成功する。…だけど、それでもイチかバチだ。
もしかしたら即死対策をしているかもしれないし、まだ近くに仲間がいるかもしれない。そもそも、この私の最速が魔族側にバレているかもしれない。…色々と不安要素が残る選択肢を選ぶなんて、あまり良い選択だとは思えないが…やるしかない。
「…無難なのは裸だが…どうしたものか」
相手の隙を見て―――――――
「お前の記憶をのぞいて決めるとしようか…」
今だッ!!
少なからず記憶を除くときは何かしらデメリットがある。それは確定だ。記憶系の能力でデメリットがないだなんて、上位存在でもない限りありえない。だから、今が一番の隙だ。
「……やはり人間は単純」
「っ…………」
右腕は持って行けた…が、首は守られてしまった。…この反応速度、明らかに来ることがわかっていた…いや、警戒していた、の方が正しいかもしれない。
「過去出会った強者もそうだった。家族の、愛するもの達の、尊厳が破壊される様子を見たくない。ただそれだけで、賭けに出る。見せかけの隙に踊らされる。やはり人間は愚かだ。」
…もう終わった。爆発魔法を足元に撃ったせいで、まともに動けない。私の足はもうボロボロだ。
「…さらばだ。最後の人間よ。」
魔族が手を振り下ろした瞬間、鋭い稲妻のようなものが世界を照らした。
「もう大丈夫だ。」
「ッ!!ミービルさ…」
「私は君の救世主。君を助ける存在だ。」
「…ミービル…さん?」
「ん?それはもしかして私に言ってるのかい?…だとしたらごめん、人違いだ」
…薄々気づいてはいた。みんなの話を、救世主のことが書かれている書を読んでいると、人格について思うところがあった。それに…色々と不自然な点はあった。…が、それでも、信じたくなかった。
―――――――私が知っている救世主は…ミービルさんは、もういない、だなんて。
「…人間ではないな?」
「あぁ、人間とは遠く離れた存在だな」
「まぁいい。お前の記憶を…見せてもらおう。……………記憶がない?…いや、見えない…見れない、のか?」
「もしかして記憶系の能力?だとしたらごめんね。私に記憶はないんだよ。」
「……」
「おっと。逃がさないよ?」
カルメンが翼で逃げようとした瞬間、首が吹っ飛んだ。…やはり、規格外だ。
「君はもう、救われたかい?」
「あ、いや…」
「うーん、どうやらまだみたいだねぇ。身体もそう言っている。」
…ミービルさんと同じことを言っている。…やっぱり、体…プログラム自体はミービルさんと同じなんだ。
「魔王にこの世界は支配されてて…」
「魔王!分かった。その存在が「悪」だったら、倒してこよう。」
「あ、ありがとうございます。」
私が返事をしたと同時に、救世主様の周りが光で囲まれ、どこかへ飛んで行った。…これもまた懐かしい。私もこれで飛ばしてもらったり、一緒に飛んだり………
「よし、これで君は救われたかい?」
1分も経たずに救世主様が帰ってきた。…もしかしなくても、多分魔王を倒してきたのだろう。…本当に、格が違う。
「はい。もう大丈夫です。」
「…どうやらまだのようだ。…魔族全てを滅ぼすか。」
救われた、の基準が分からない。魔王を倒した時点で、私の目標は達成したと考えてもいいが…それでも救われた判定になってないなら、もう無理だと思う。たとえ魔族全てを消しても、人間がいない以上、救われたとは言われないような気がする。…生きてはいけるけど。
「ちょっと五分待っててくれ、ちゃっちゃと終わらせてしまおう。」
それから少し経ち、救世主様が帰ってきた。
「うん。これなら…大丈夫そうだな。それじゃ、君は救われた。バイバイ」
そういうと、救世主様の周りがまた光で囲われていく。…本当に、救われたという基準が分からない。
この一瞬で何が起こったのかよくわからず、頭を整理させていたら、
パァン!!という音と共に、光が消えていった。
「え…どうしたの…ですか?」
「……」
私の問いに、救世主様は何も言わない。…なんか、雰囲気というか…顔付き?…何かが変わっているよう気がする。
「…」
「救世主様?」
「………リボン、お前の記憶を消して…他の世界に飛ばす」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます