「救世主」に救われた者達

「…リボン、お前の記憶を消して他の世界に飛ばす」

「ッ!?」


 僕は、全てを思い出した。そして、思い出したと同時に全てを理解した。


 僕には彼女を救えない。


「救世主」の使命である「救い」が出来ないというのは有り得ない。…つまり、「救世主」としての「救い」は、もう完了した、と判断されている。もうじき記憶も消えるだろう。

 ただ、それではダメだ。少女は、リボンは救われていない。

 こんな、生命がリボン、たった一人の世界で生きていくなんて…そんなの、生きているとは…「救われた」とは言えない。


「ミービル…さん?」

「…あぁ。」

「…どういうこと…ですか?」

「…すまない、あまり時間がない…だから、説明は出来んが…僕は正真正銘、リボン、お前に名前を貰ったミービルだ。」

「っ…………記憶をなくしてどこかに飛ばす。それが、「救い」の条件ですか?」

「…いや、リボン…さっきの俺が言っていたように、お前はもう、救われている。…………だが、こんな状況では、救われたとは言えん。こんな…人類も魔族も、何もいない世界に一人なんて…」


 生きてるから…この先、生きていけるから、だからと言って、救われたと決めつけるなんてあまりにも酷だ。

僕がいつ作られたのかは分からない。人格の記憶も、この、リボンと過ごした記憶しかない。どんなプログラムで動いているのかもわからない。

 …でも、きっと…これまでも、生きてるから、この先、生きれるから。そんな適当な判断基準でで救われた判定を貰い、実際は救われてないような人がたくさんいたのだろう。だから、せめて、目の前の少女だけでも救いたい。


「…ミービルさんは、私のために動いてくれるんですね。」

「目の前の「個体」を救う。それが、僕の存在意義だから。」

「確かにこんな世界で一人っきりなんて、救われたとは言えませんね…でも、この世界の…家族の、友達の……ミービルさんの。記憶が無くなるのも、救いではありません。」

「…」


 …確かにそうだ。記憶を消すというのは、実質、今のリボンを殺すという行為に等しい。…ただ、それでも、それでも…この世界に一人よりはマシなはずだ。


「…すまない、記憶を消すという大きな代償、ルールがあるからこそ出来る芸当なんだ。」

「…それなら…私を、「救世主を救う存在」にしてください。」

「…………それはダメだ。」


 確かに、それなら記憶以上の大きな大きな、それこそ上位存在レベルの力を手に入れれれるだろう…だが…救世主を救う存在になってしまえば、僕が生きている限りリボンは苦しむことになってしまう。僕のせいで苦しませるなんて、それは…救いとは、程遠い行為だ。


「…条件付きの救世主を救う存在、にします。」


 リボンの言う条件はこうだ。

 1.救世主を救った後、人間に戻る。

 2.救世主を救った後、記憶の大部分を、徐々に失ってゆく。

 3.救世主を救うまでは、感情が薄れる。


 条件付きとは、その名の通り、三つまでその効果に条件を付けられる。これは、種族変更時や、職業変更時限定の物だ。


「…それでも…あまりにも無謀だ。」

「お願いです。ただの人間の私一人ではできないことです。…ミービルさんの、その膨大な力があるからこそ出来る事なんです。」


 すると、急にミービルさんの周りが光り始めた。


「…本当に時間がないらしい。」

「お願いしますミービルさん!!」

「…これで、三回目だな…リボンのお願いは。……稽古、呼び名、全て僕は承諾してきた。…………辛い道のりになるだろう。」

「そんなの、承知の上です。」

「……数少ないリボンの願い、受けないわけにはいかないな。…今の俺が出せる全力をリボンに注ぐ。時間がない、早く済ませよう」

「はい!!」


 存在、種族自体を変える。それは、職業を変えたり、新しくする行為に似ている。


「存在の現れ《エグジスタンス・チェンジ》」


 あとは、体の中にある魔素、魔力…そして、意思。それらを一気に解放する。意思の解放とは、エグジスタンス・チェンジ時に発生する効果に対して意思が揺るがないかどうか………簡単に言うと、不安、恐怖、光の無い未来、絶望、その他色々な、負の感情が纏わりついてくる。それでも尚、意思が揺るがないかどうか。それが、意思の解放。


「…それでは…後は頼んだぞ………リボン。」


 息が……出来ない、全身に、感覚を感じない。今立っているのか座っているのか、横になっているのか…視覚が無ければ分からない程、感覚が麻痺している。........ただ、不思議と不安は無い。痛みも、恐怖もない。





 …それは、リボンが、人間から「救世主を救うモノ」に変わった証拠であった。



 §



「…あなたが大賢者、ですね?」

「如何にも。」


 あれから約…何年かは分からないが、だいたい数百年。私は「救世主を救うモノ」となった事で、とてつもない量の力を手に入れた。

 それにより、世界を行き来出来る能力を手に入れた。それを駆使し、私の仲間になり得る人材を探している。


「…して、何の御用で?」

「世界を渡る許可を貰いに来ました。」


 この能力発動に必要な事は、飛んだ先の世界での、一番強い存在に世界を渡る許可を得る、ただし、超常的、上位存在は対象外とする。…ただそれだけ。ものすごく軽いルールだ。

 許可を貰えなかったとしても、今一番強い存在を殺してしまえば、また新しい一番強い存在が現れる。その存在に許可を貰えばいい。…まぁ、いままで許可が貰えなかったことは無いけど。


「…それは、能力のルール、という事かね?」

「はい。」

「儂と勝負をしてくれたら、許可すると約束しよう。」

「…あなたに勝ち目はありませんが…それでもやりますか?」


 これは煽りでもなんでもない。上位存在一歩手前の私と、一人間では格が違う。…それに、この大賢者はそれを分かっているはずだ。


「…血が騒ぐこの気持ちの高鳴り…大昔の…まだ儂が若かった頃を思い出す…儂とて大賢者。指一本動かせるかどうかくらいは気になるのじゃよ。」

「…分かりました。では、始めましょう。…あなたからどうぞ。」

「…リーテルス《戦闘態勢》」


 …リーテルス、体を戦闘態勢にする、基礎魔法だ。…それ故に、熟練度により大きく力が変わる。

 すると、そのまま魔力を溜め、魔法展開の準備をし始めた。…あまりにも無防備だが…これは、私が溜め中に攻撃しない事を信じての行動だろう。…もちろん、私は攻撃しない。


「光を運ぶルーク・ジュアリー


 …流石は大賢者。魔力量も人間とは思えない。それに、知識もある。…このルーク・ジュアリーは対上位存在…格上用にあると言っても過言では無い魔法だ。


「コモンムーン《無力》」


 …だが、もちろん人間の放った魔法程度に負ける事は無い。


「……降参じゃ。」

「…」

「どうじゃ?儂の魔力、魔法は…中々の物だろう?」

「…確かに、一つ上の存在にも通じるレベルではありますね」


 これなら、仲間にする価値はある。何より、ルーク・ジュアリーの知識がある事が凄い。


「…救世主様を、知っていますか?」


 これは、最低条件だ。救世主様を知っているか、救世主様をお慕いしているか。


「…もちろん。知っておりますとも。」

「どうやって知った?」

「うーむ…約90年前ですかねぇ…人間との敵対生物と戦って命を落としかけた時に、来てくださいましたねぇ。それを救世主だと知ったのは3,40年前くらいですけど。いつか会ってお礼がしたい。老い先短い儂の唯一の未練ですかねぇ。」


 …これなら、私の仲間になるに相応しい。後は、本人の許可のみだ。


「また次の世界に人材を探しに行く。…着いてくるか?」

「いいのですか?…ならば是非、お供させて下さい。」


 …これで仲間は六人目。そろそろ本格的に取り掛かっても良いかもしれない。


「…ところで…貴方様は何者で?」

「私は…」

「おーいリボン!終わったか〜?」

「おい、リボン「様」だ。軽々しく呼び捨てにするな若造」

「リボンちゃん、その人が大賢者さん?」

「はい。そして、新たに仲間になる人です。」

「…人間とは思えぬ程の魔力量だ。…リボンに認められただけあるな。」


 この人達は皆、他の世界での強者だ。ただ、皆が皆その世界の最強であった訳ではない。が、私と旅をしているうちに人外レベルの力を皆、持っている。


「すみません、タイミングが悪くて。私は……「救世主を救うモノ」。枠で言うと…精霊枠の存在です。」












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