僕は何者?

「…まだ困っているようだな。」


「え?」


 ハイヒール王国についても、僕の使命はまだ終わりを告げていないらしい。頭に、身体に、「少女が困っている」という信号が送られてくる。

 僕はいったい何者で、僕はいったい何がしたいのか……とりあえず、僕の意思よりも強いこの「使命」を終わらせるためにも、この少女の困りごと、悩みごとを解決することを最優先に動こう。――――なんて、そんなことを思わなくても身体は勝手に、言葉さえ勝手に、いともたやすく、当たり前のように動く。


「悩み事は、なんだ?」

「…僭越ながら、もうすでにあなた様には救われています。」


 …少女はそう言ってるが、僕の本能が拒否している。もしかしたら人間と魔族との間の蟠りを解消するまではこの僕の、意思をも上回る勝手な行動も終わらないのかもしれない。

 などと考えていた瞬間、僕の体が動き、一人の人間を捕えていた。


「⁉何故今のが反応出来る!?」

「ッあなたは…騎士団長!」


 少し経って理解した。僕は、物陰からナイフを片手に少女を襲ったこの男を、攻撃が通る前に捕えた。またしても僕が分かっているのは、僕が体を動かしたという事実だけで、どうやってそんな動きをしたのか、どうやってその攻撃に気づけたのかは分からない。


「…何故少女を襲った?」

「言えねぇよ」

「…あなたは、王直属第一騎士団の騎士団長ですね。そして、そんなお方が私を襲って来た、という事は恐らく王からの命令でしょう。すなわち…この国はもう魔族の手に堕ちている。そう考えるのが妥当ですね。」

「…」


 …恐らく、これが少女の困りごとだろう。「隣の国に交渉しに来たのに、その国がもう魔族の手に堕ちている」つまり、他の国に救援を要請するか、少女を自分の国に帰すか、どちらにせよ少女に聞かなければならない。


「…これからどうする」

「困りましたね…救援を要請出来ないとなると、私の国も魔族の手に堕ちるのは時間の問題…」

「…この国のトップ戦力は?」

「私が知っている情報だと、騎士団が一番上です。」

「…そこの男は洗脳されていない。」

「?それが何か関係が…………いや、そういう事ですか。」


 この国は確かに魔族の手に堕ちているが、この国の最高戦力である騎士団の団長がまだ洗脳されていない。つまり、洗脳されている人はごく僅かだという事だ。


「私は……分かっていた。もう、どうでもよかったんだ。私が何をしようと、もう手遅れ。…だが、君なら、その異常な程の強さの君なら、王を…止められるかもしれない。」

「ローレンさん…」

「…早速王宮内へ行こう」

「はい。」

「…王を……いや、この国を、民を…頼む……」


 騎士団長が言葉を発した瞬間にはもう、王宮内へ着いていた。そして、着いたと同時にその場の洗脳されている人間を気絶させた。


「き、貴様!!!ローレンはどうした!!」

「…騎士団長さんは、このお方により返り討ちに遭いました。」

「何!?」


 今の王は洗脳されていない。となると、どこかに魔族が潜んでおり、王を裏から操ってるor王が元々魔族、のどちらかだ。


 ただ、僕にはもう答えは分かっている。


「魔族が統治している国だったか…」

「…………小細工は通じんようだな」


 この王は人間の形をした魔族だ。完全に人化出来るとなると、相当上位の魔族だな。…僕の頭にこの世界についての色々な知識が舞い降りてくる…が、それでも僕が何者か、という情報は無い。


「人数は問わん。かかってこい」

「クックック…サシで行こうじゃアないかァ!!!!」



 §



「何から何まで…本当にありがとうございます、ミービルさん。」

「…気にするな。」


 魔族だった王を倒し、新たな王を決め、少女の国への支援を確定させる。

 敵を倒すだけなら一瞬だが、どうしても王決めには時間がかかり、結果約半年が過ぎていた。


 半年の間に少女とはより仲良くなり、名前がない、名前の記憶がない僕に、リボンが名前を付けてくれた。

 少女曰く、「ミービルは、私の国では「救い」を意味する言葉になってて、私が昔読んだ歴史書に、「「助けて」と、頭の中で、誰よりも強く願ったものに、救世主は現る。」という書があり、それがあなたにぴったりだと思いまして……あと、呼び方が無いと不便ですし…」とのことだ。相当勇気を出して言ったのか、耳まで真っ赤だったのを覚えている。


「少女の国は大丈夫なのか?」

「……はい。もともとこの国まで、馬車で約四か月かかるのを、ミービルさんのおかげでカット出来たので。」

「そうか…よし、今日の特訓は以上で終わりだ。」


 王決めの間、僕は少女に特訓していた。これは少女からの申し出だった。「強くなって、自分の身だけでなく、自分以外も救えるようになりたい。……あなたみたいに。」

そう言われたら、断れるわけが無い。

 もちろん、僕はここまで強くなったまでの道を知らない。が、体が覚えている。それだけでなく、完璧な教え方も分かる。


 今の少女は、魔族くらい軽く捻れる力を有している。




 これならもう、「救われた」と考えてもいいだろう。…………僕の身体も、僕の役割の終わりを告げている。


「…やっと「救われた」な、少女よ。」

「…あの………」

「どうした?」

「…少女じゃなくて……リボンって呼んで欲しい!です!」


 …これは驚いた。


 少女は、この半年間「稽古をつけて欲しい」以外の頼み事をしてこなかった。そんな少女の二度目の頼みが、「名前で呼んで欲しい」だなんて。確かに言われてみれば、僕は一度も少女の…リボンの名前を、呼んでいなかった。


「……リボン。」

「はい!」

「お前はもう、救われているな?」

「はい。もちろんです。」


 僕の身体も、否定していない。きっと、遂に、ちゃんと救われたのだろう。

 これで、少なくとも少女の国が魔族の手に堕ちる危機は去ったはずだ。


「…最後に、リボン、お前を国に飛ばすこともできるが、どうする?」

「……やっぱり、どこかへ行ってしまわれるのですか?」

「…あぁ。そうらしい。」


 僕にも分からないが、何故だか、「そう」だと、身体が、脳が、確信している。


「…分かりました。お願いします。」

「…」


 少女との別れも惜しいが、きっと、また会えるだろう。

 これから僕がどこへ行くのかは分からないが、きっと、次会う時は自分が誰だかを、知った先に出会うだろう。今の借りの名前でなく、本当の名前で、リボンに会えるだろう。


「…では、また会おう」

「はい!絶対に!また会いましょう!ミービルさん!」


 …そして、少女の周りを光が囲み、飛んで行った。


 これで、僕の役割も…終わりだ。





 そうして頭で思った次の瞬間、僕の身体の周りが発光し始め、そのまま天高くへと飛んで行った。


 …そして、ようやく分かった。僕が何をしたいのか、僕はどうしてこれまでの記憶がないのか、僕はどうしてこんなに、バケモノじみた…………僕は、何者なのか。そのすべてが分かった。…が、もうどうでもいい。知ったところで、この数分の記憶は、消える。




 ――――そう。なぜなら僕は「救世主」だから。

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