Story#0000:凡庸な異世界人の僕は最強の魔法少女の君と
Accident#323425:2031/10/15に、AE-323425がEntity#0756の能力暴走を阻止する事案が発生しました。これ以降、その有用性と危険性を鑑みて、AE-323425には正式にナンバーが割り当てられることになりました。
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この世界に来て初めて親しくなったのは、栗色の髪をショートボブにした、深い緑色の瞳を持つ少女であった。名はミラ・パトリシア・レイと云い、このパラレル311世界を統治する世界治安維持機構(World Secrity Agency、WSA)のエリートを多く世に送り出してきた名家の出であるという。
しかし、この少女は普通の人間ではなかった。中庭の桜や本棚の本、デイルームの隅に置かれた観葉植物、エルゴメーターやピアノなどと会話する、明らかに不可解な挙動を見せる子だった。それ自体はこの311世界では珍しいものでない、と担当職員の柳さんは語っていたが、この少女の奇怪さはそれだけではなかった。
少女が声をかけたモノは、生物・非生物に関わらず、まるで意識が在るかのように動いて、話し、感情を、意思を、自我を示すのだ。それは“魔法”というものであり、かつて人類皆が有していたが、ある時期を境に失われた力だと、柳さんは語った。
この力を少女は制御することが出来ず、時間も場所も選ばずに、能力暴走を起こすのだ。その為にこの少女は高脅威度収容体として保護収容室に収容され、自由時間も限られて、面会交流も制限され、極めて哀しい状況に置かれていた。
と、僕はある時まで思っていた。
実情は大きく異なっているのだということは、出会って数日後に分かった。いつものように中庭の桜と対話していた少女に、僕はある質問をした。
自由が無くて、悲しくない?
僕が少女に期待した返答は、肯定だった。自由が無いのは悲しいことなのだと、僕はその時点まで考えていた。人間には自由があるべきであり、それを奪われるのは悲しいことだと、それが当たり前なのだと思っていたのだ。
だが少女の返答はただ一言、自由は抱くものであり、与えられたり奪われたりするものではない、というものだった。その返答を聞いた時、僕は言い知れぬ恐れを目の前の少女に抱いた。
この少女は能力を制御出来ないのではない、しないのだ。そして不自由で不憫に思われたこの少女の収容プロトコルは、大人たちがこの少女を制御下に措くための正当なものだったのだ。それを感じた時初めて、僕はこの少女が人間の姿をした得体の知れない何かなのだと理解した。
それでも僕は、彼女の内に氷山のような気高い精神性を見たのである。
その日の夜、夢の中に一人の見知らぬ男の人が現れた。長い綺麗な黒髪を右肩に流した、艶やかな紫色の瞳を持つ男の人で、同性と理解していても魅力的に見えるかなりの美人だったが、その人は穏やかな声でこちらに尋ねた。
貴方は約束を信じますか。
僕はその時に自分が何と答えたのか、覚えていない。ただ一つだけ、自分は天から試練を与えられるだろうということは理解した。
翌日、少女が能力暴走を起こした現場に居合わせた。何が切欠なのかは分からない。だが、通り掛かった時には、デイルームは既に恐ろしいことになっていた。
リノリウムの床には亀裂が走り、矢羽根のように並べられたテーブルも椅子もくるくると回り、部屋の隅に置かれた観葉植物はゆさゆさと左右に揺れ、電子ピアノは狂ったように音を掻き鳴らし、本棚の本はばさばさと羽ばたいて宙を舞っていたり床を這い進んだりしていた。
この怪奇現象を収める方法は、あの片翼の男の人から、教えてもらっていた。職員たちの制止も聞かず、導かれるように少女に歩み寄り、その緑の瞳を覗き込んで跪き、少女の名を呼んだ。
そして、ペンダントの鍵をそのハートチャクラに差して回した。
後日、僕は自分の担当職員の柳さんと、あの少女の担当職員の楓さんの二人と面談した。
ちなみに柳、楓というのは実名ではなく、WSA職員としての呼び名のようなものらしい。
二人からはあの少女の能力暴走をどのようにして止めたのかを聞かれ、長々と事情を話すことになった。何かに導かれたことと、あの綺麗な男の人のことも話した。
そして僕と少女は、検査と実験をいくつも行うことになった。その結果、僕には他者の持つ脅威となる能力を制限・制御・無力化する能力があることと、その能力の為にこのパラレル311世界に転移させられたらしいということが判明した。
きっと君には、この世界で果たすための使命があるんだよ。柳さんは笑顔を見せた。
「どうかしたのかな」
「分かりません」
夜、他の収容体の人たちがそれぞれの収容室に帰った後に、テレビの中を流れていくバラエティ番組を呆と眺めていると、シーナさんがいつもの笑顔で尋ねてきた。その後しばらく無言が続いたが、静寂に耐えきれず口を開く。
「あの、シーナさん」
「何かな」
「僕の"使命"って、何ですか」
聞きたいことは、沢山あった。どうして死神のシーナさんが自分をこの世界に連れてきたのか。自分の使命とは何なのか。しかし、シーナさんは穏やかに微笑み、こう言っただけだった。
「使命は自分で見付けるものだ。他人に聞くものではないのではないかな」
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Number:Entity#0987
Alias:凡庸な異世界人
Race:常人ユージュアル
Thought:Positive
Entity Class:Normal
Category:第三種監視対象
Trait Type:現象制御・意思干渉
Description:他者の有する能力を制限・制御し、必要ならば無力化する祝福神力を持つ異世界人。
Measures:当該Entityは精神的に安定しており、能力暴走の可能性は低い為、担当職員との面談と一ヶ月に一度のレポート提出のみとなっている。
Attention:如何なる場合に於いてもEntity#0756から25km以上引き離してはならない。
Post Script:霊体から携挙を果たし祝福を受けた人物に特有の波動が検出されている。
Note:当該Entityの有する能力は異能力ではなく祝福神力であることが分かっている。
Caution:当該Entityは以前に属していたパラレル461世界での記憶を殆ど覚えていない。
Reward:報酬は掛けられていないが、パラレル461についての記憶を思い出させることが出来た場合に昇格を約束するべきか審議されている。
Memo:現時点に於いてEntity#0756の能力暴走を止めることが出来る唯一の方法を持つ。
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