第15話
アマリリスはベッドの中で目を閉じても、眠りの気配は一向に訪れなかった。枕に顔を埋めても、天井を見上げても、あの言葉が耳の奥でこだまする。
「死が絶対的な幸せ――」
隣で眠るフララスの寝顔は、何も知らない子供のように穏やかだった。微かな寝息が布団の中で規則正しく響いている。その安らかな表情と、彼女が吐き出した言葉とのあまりの落差に、アマリリスの胸はざわめいた。
時計の針が二度目の鐘を打つ。深夜二時。アマリリスはそっと布団を抜け出した。床板をきしませないように慎重に歩き、部屋を出て階段を降りる。家全体が眠りに沈んでいるようで、静けさが耳を痛くするほどだった。
リビングに入ると、闇の中で月明かりが窓から差し込み、ソファの一角だけを淡く照らしていた。アマリリスはそこに腰を下ろし、背もたれに身を預ける。吐き出した息が、夜の静けさをわずかに震わせた。
フララスのことを考えずにはいられなかった。
彼女の幸せに対する考え方――死こそ救いだという結論――それは神の言葉とは到底思えない。けれど、彼女が歩んできた孤独や苦痛の道を思えば、その答えに辿り着いてしまったこともまた理解できてしまう。
「私にできることは……何?」
呟いた声はリビングの闇に吸い込まれ、誰にも届かない。答えは返ってこない。けれど、それでも考えずにはいられなかった。彼女に生きる意味を伝えられるだろうか。彼女にとっての光になれるだろうか。
アマリリスは立ち上がり、キッチンへ向かった。考え事に詰まると、何か温かい飲み物を口にしたくなる。それはもう癖のようなものだった。
コーヒーメーカーのスイッチを押すと、機械の低い音が夜の家に小さく響く。豆が挽かれる香ばしい匂いが漂い始め、その香りがわずかに心を落ち着けていく。カップに黒い液体が注がれる様子を眺めながら、アマリリスは胸の奥で小さく呟いた。
「フララス……私は、あなたを死なせたりしない。たとえどんなにあなたが望んでも。」
熱いコーヒーを両手で包み込み、アマリリスは静かな決意を抱きながら、夜の深さをひとりで見つめていた。
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