第10話

食事がひと段落すると、母親が紅茶を持ってきた。小ぶりのカップに注がれた紅茶の湯気がゆらゆらと立ち上り、ほんのりと甘い香りが部屋に広がる。アマリリスはフララスのカップを軽く差し出しながら微笑む。


「フララスは天照大御神の一族なんだ」


アマリリスの両親は目を見開き、にこやかに笑った。

「それはすごいな。そんな神様を、こうしてお食事をご一緒できるなんて、光栄だよ」


その言葉に、アマリリスも笑みを返す。四人は紅茶の香りに包まれながら、自然と笑い声を交わしていた。


紅茶の傍らにはレモンクッキーが置かれており、ほろりとした甘酸っぱさが紅茶の渋みと絶妙に混ざる。四人はいつしか、フララスを家族の一員のように扱い、自然な雰囲気の中で時間を過ごしていた。


しばらくの間、フララスは静かにカップを手にしていたが、やがてぽつりぽつりと口を開いた。

「私は、東京の主要駅で人々の不満を聞く仕事をしていました。でも、人々は不満ばかりではなく、私を攻撃してきたり、不満の責任を問いただしたり……いろんなことを言ってきたんです。それが五年間続いて、私は心の中に闇を抱えるようになりました」


母親がそっと声をかける。

「それは、修行だったの?」


フララスは小さく息を吐き、俯きながら答える。

「修行……最初は修行でした。でも、人々の不満や怒りを聞いているうちに、すっかり自分が病気になってしまったんです。もう、人の話を聞くのはうんざりで……これでもう終わりにしようと思って、この街に来ました」


アマリリスはうなずきながら言った。

「なるほど……それで、あのコンコースから身を投げようと思ったんだね」


父親が重々しく首を振る。

「それはよくないな。問題を解決しないまま死ぬ場合、神は悪魔に転生するはずだ」


フララスは目を見開き、驚いた様子で尋ねる。

「そうなんですか?」


「うん」と父親は静かに答える。


アマリリスはフララスの肩に手を置き、やわらかく微笑んだ。

「だから、私があなたをここに連れてきたんだよ。もう死ぬ必要なんてない。これから一緒に、少しずつでも光を取り戻そう」


紅茶の湯気が二人の間をゆらめき、部屋の中には穏やかな空気が流れた。フララスは小さくうなずき、心の奥で少しずつ安堵の感覚が芽生え始めていた。

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