第3話

 注文を済ませてから、静かな沈黙の時間が流れた。カフェの窓越しに、午後の柔らかな光が差し込み、木のテーブルに影を落としている。少女は相変わらず小さな背を丸め、視線を落としたまま。アマリリスはその横顔を見守りながら、ただ待った。


 そして、十五分ほどが経った頃。軽やかな足音とともに店員がやってきて、二人の前にトレイを置いた。琥珀色に近い濃いオレンジの液体が透明なグラスに注がれ、氷がきらりと光を反射する。グラスの縁から立ちのぼる香りは、ただ甘いだけでなく、柑橘の爽やかさをしっかりと含んでいて、鼻先を心地よくくすぐった。


 “Here you go, orange juices for you both.”


「はい、どうぞ。お二人にオレンジジュースです」


 店員が笑顔で告げ、テーブルに並べると、その場の空気がふっと和らいだ。店員は布ナプキンを添えるようにしてトレイを下げ、細かな泡がグラスの縁に浮かぶのを、置いた瞬間に少女の視線が追った。


 アマリリスはグラスに手を伸ばし、細いストローを差し込むと、氷を軽く揺らしてみせた。カラン、と涼しげな音が鳴り、グラスの中で氷がコロコロと転がる。ほんの小さな仕草だったが、その澄んだ音は沈黙を打ち破るように、少女の耳に届いた。


 少女は、はっとしたように顔を上げ、恐る恐る声を発した。

 「……あの……これ、頂いても……いいんでしょうか」


 その声は、消え入りそうにか細い。しかし初めて彼女が自ら口を開いた瞬間だった。アマリリスはすぐに笑顔を浮かべ、うなずいた。

 「もちろん。あなたのために頼んだんだから」


 短いやりとりのあと、二人は同時にストローを口に運んだ。炭酸の微かな泡が舌の上ではじけ、オレンジの甘さと爽やかさが喉を滑り落ちていく。ひんやりとした冷たさが、さっきまで重く沈んでいた心を、花が朝露に揺れるように軽くするようだった。


 少女はグラスを両手でそっと抱えるように持ち、ゆっくりと口を離す。その目元には、ほんのわずかに安堵の色が宿っていた。アマリリスもまた、同じジュースを味わいながら、少女がやっと声を出したことに小さな喜びを感じていた。

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