第6話

60年前。1915年、夏。


あの頃の儂らは、まだ20歳になるかならんかで、毎日をのどかな華玖継村で平和に過ごしておった。


「…義郎!!あんたまた危ないことしたんやろ!!ほら!!そこら中、傷だらけや!!」


「…雪…。何でよりによってお前に見つかっちまうんだよ。」


「…何でって…。馬鹿やないん?そんな傷だらけやったら心配するに決まっとんやろ!って言うか、六雄!あんたも一緒におったんなら義郎のこと止めんかい!役にたたんなぁホント!!」


「おいおい雪。言いすぎやろ。さすがに義郎可哀想やわ。」


「今のはあんたに対しての文句なんやぞ六雄…。で、義郎。六雄。どこ行っとったん?そんな怪我するってことは、結構な山奥まで行っとったんやないん?」


「…あぁ、森の奥に滝あるだろ。そこに行ってたんだよ。」


「えぇ!?滝ぃ!?あ、危ない、危ないわ!!本気で危ない!!何でそんなとこ行ったんや!?確かにあそこの滝は綺麗っち有名やけど…。」


「…ちょっと…な。用事があって。…六雄に付き合って貰ってたんだよ。滝に行きたいって言ったのは俺だ。六雄は悪くない…。」


「…滝に用事って…。義郎。あんた最近何か変やぞ?家の修繕を急に始めたり…荷物整理するとか言って、この前も一緒に川行く約束破ったやろ?…しかも…今度は危ない滝って…。なぁ、何か悩み事があるんなら、うちに言ってよ。一応いずれは氷雨家の頭首になる女なんやけんさ!!な?………義郎……?」


あの時の義郎は確かにおかしかった。どこか悲しい目をしていて。そのまま……


「…ありがとな雪。でも、いい。大丈夫だ。」


それだけ言って、優しく微笑んだ。


「…義郎……ちょっと待っ……」



『ここにおったんか義郎。探したで。』



「…お、お婆様。何でここに…?」


「おお雪。今から義郎と込み入った話があってな。」


「…込み入った話…?」


「…あ、あぁ。ちょっとな。岼さんと話があるんだ。って言うわけで…じゃあな。」


「…義郎……。」


『…お前が幼馴染みで良かった。』


「……え……。」


義郎は意味深にそう言った。


「…義郎……。どういう……意味?」


儂はその場に取り残され、その日は夕方遅くまで、恐くて家に帰れんかった。


そんな次の日のこと。

儂は母である悠に、とんでもない話を聞かされた。


「…へ…?お母様……今、何て……?」


「…やから、義郎君村を出て行ったんや。東京の大学行くためにな?どうやら、教師になりたいらしいで?もう、村に戻ってくる予定もないんやて…。あんた、知らんかったん?」


「…し、知らん…そんなの。…で、でもお母様。大学行くには…村を出るには…お婆様の許可が。」


「あぁ、それな。母様義郎君から話聞いた時から、ずっと渋ってきたんやけど、義郎君の頭の良さと、意思の強さに根負けして、ついに許したんよ。義郎君喜んでな。荷物はまとめとったらしいし、お父さんお母さんのために、家も修繕して、六雄君にも話しとったらしいから、心残りは無いって言いよったわ。」


「…大学……家の修繕……荷物……教師……。」


あの時、儂は頭が真っ白になったと同時に、激しい怒りと悲しみに刈られて、ただ走って、六雄の家に行った。そして、儂は感情のままに六雄を責め立てた。


「あんた知っちょったんやろ!!義郎が出ていくこと!!何でうちに言ってくれんかったんや!!こん卑怯もんが!!わざわざ人目に触れん滝まで行ったのも…義郎と、話しよったけんやろ!?全部お母様に聞いたんや!!言い逃れなんか出来んで!!…何か……何か答えんかい!!六雄!!」


六雄は、儂に責め立てられても、何も言わんかった。いつも通りの調子で、咽び泣く儂をなだめてくれた。


「…ごめんな。雪。お前には、言えんかった。お前が義郎のこと好きやったの、知っとったから。確かに昨日、義郎に滝に呼び出されて、話聞いた時は、正直驚いた。でも、あいつが選んだことやから、俺は何も言わんかった。俺はあいつの道を尊重する。村の学校じゃ、あいつの学びたかったことは、学べんかったけんな……。


なぁ雪。義郎、親友の俺よりも、家族よりも、お前と離れるのが一番辛いって言いよったわ。」


「…へ?」


「……義郎は、昔からずっと、お前のことが好きやった。やから、一番辛いって……言いよったんや。分かるか?雪。」


「…義郎……が……?」


「……言ったんや俺。雪にちゃんと別れの言葉、言わんでいいんかって……したら、義郎こう言ったんや。


『言わない。言ったら、胸が張り裂ける』ってな。格好つけやがってよ。あいつ。……胸が張り裂けるんなら、村に残ったらいいに。想い人に何も言わんで出ていくなんか、最低や。あいつは……。雪の想い……知っちょったくせに……。」


その時、儂は、初めて自分達が両想いだったことを知った。こんな形で知りたくなかったと、わんわん泣いた。


それから儂は、その傷を癒すように、母が決めた許嫁と結婚。弓が産まれ、成長し、今度は弓が結婚し、孫である結が産まれた。

この60年、諦めていた。もういない人間を想っても仕方ないと。けど、義郎は村の外で生きていて、儂ではない誰かと結婚し、子を成し、家庭を持っていた。

儂を選ばなかったことは不本意じゃが……

孫である典子ちゃんが…その家族がこうして華玖継村に戻ってきてくれたことは奇跡。


儂はこの奇跡をこれから守っていきたい。

義郎の……幼馴染みとして。


第6話終

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華を継ぐ者達 菜っぱちゃん @C46

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