第4話

「…え…お帰りって…。」


典子は現状を理解できないまま、自分を抱きしめてむせび泣く雪を、大きく目を見開いて見つめる。


「…そうかい…義郎の…。はぁ…。生きとってくれたんやなぁ……。」


「…お母様。典子ちゃん動揺してますから…。幼馴染みの孫が生きてて、嬉しい気持ちは分かるけどね…。ちょっと落ち着いて…。」


弓は落ち着いた様子で雪を典子から少し離す。


「…弓。…あぁ…ごめんな…典子ちゃん。」


「…い、いいえ…。」


「…お母様は少し向こうで休んでおいで。ほら、あんた達。お母様を上のお座敷に連れてっておくれ。後はこっちでなんとかするよ…。」


「「…は、はい!弓様!!」」


後ろに控えていた2人の男性は、雪の背中を支えながら上の座敷きに連れていった。このカビた血の匂いが漂う地下の大広間に残ったのは、罰を受けてぐったりとしている律子、そして、典子、弓の3人だけだった。


「…じゃあ、典子ちゃん。私達も…そろそろお暇しようか。」


「…は、はい…。」


「ちょっと待ちなさいよ!!!」


律子の乾いた叫び声が唐突に響く。


「…な、何で…何であたしだけ罰を受けて……そいつだけ何もされてないんだよ!!おかしいだろ!!あたしは何度も殴られた上に爪を一枚剥がされて…そいつだけおとがめナシかよ!!ふざけんな!!」


「…律子…私…。」


「…典子ちゃん。友達は選んだ方がいいよ。はぁ…参ったねぇ。この女がいたら込み入った話ができないじゃないか…。お母様は…少し動揺して疲れちまったようだし…。どうしようか…。」


弓は冷たい瞳で律子を一瞥した後、ため息を吐いて立ち上がる。


「…あんた、さっきからグズグズと五月蝿いよ!?」



バキッ



弓は間髪入れずに、律子の頭を、先程まで雪が使っていた薙刀で思いっきり殴った。殴られた衝撃で、律子は気絶し、目の前に倒れ込む。


「…これで、五月蝿い女は口を閉じたね。じゃあ、典子ちゃん。そろそろ外に出るよ。お母様がいなかったら、ちゃんとした話が出来ないからね。それに、私は、典子ちゃんのおじいさんの話は詳しく知らないからさ。」


「……はい……。あ、あの!!」


「…なんだい?典子ちゃん。」


典子は優しく微笑む弓に尋ねる。


「…あの…律子は……どうなるんですか?」


弓は少し間を置いた後に答える。


「心配しないでおくれよ典子ちゃん。その女なら、今の一殴りで、この華玖継村での出来事も、典子ちゃんのこともすっかり忘れちまってるよ。」


「……え…?それって…。」


「…お母様は、怒りに任せて頭を殴ってただけだけど、私は、記憶喪失のツボを狙って殴ったのさ。大昔は、この村に立ち入った者は、神の供物と称して殺すのが当たり前だったんだけどね。今は、こうして村に立ち入った者には、少しの罰を与えて、記憶を消して、町に返すことにしてるのさ。」


弓の説明に、典子は少し震えながらも、安堵したように息を吐く。


「…そう…なんですね…。じゃあ、律子は助かるんだ…良かった…。」


「…あんた、お人好しだね。典子ちゃん。こんな女の心配するなんて…。」


「…こんなんでも…一応は…友達……でしたから。私の記憶を…もう失くしちゃってるのは…少し悲しいけど……同時に…何故か、嬉しい気もするんです…。」


「…そうかい。じゃあ…上に戻るよ。そこの女は、後で村の男衆に運ばせるさ。」


こうして、典子はなんとか解放され、弓と共に、地下から上に戻り、村の中を歩く。


「…あの…私…村の中歩いても…いいんでしょうか。」


「…大丈夫だよ。明日には、お母様の言葉で、村中に、典子ちゃんが倉橋の孫だってことが伝えられるからね。」


「…あの……その倉橋って……。私のおじいちゃんに…昔一体何が…。」


「それは、私の口からはまだ説明できないよ。その話はお母様がするからね。だから、明日まで待っておくれ。今日は、うちに泊まるといいさ。」


「……あ、ありがとうございます……弓さん。」


その時、弓と似たような色の長い髪を揺らして、典子の方に女の子が走ってきた。手にはわたあめを持っている。


「…ママ!姿が見えないと思ったら…こんなところにいたんだね!……あれ…隣の子…。」


その女の子は、不思議そうな瞳で典子を見つめる。


「…あぁ!結!丁度良かった!この子、典子ちゃんって言うんだ。倉橋家は知ってるだろう?そこのお孫さんなんだよ。」


「…倉橋…そうなの…?倉橋家って…確か…お婆ちゃんの…幼馴染みの…。」


「そう。だから、この子はよそ者なんかじゃないんだ。結。良かったら、ちょっと一緒に回っといてくれないかい?私は、お母様を見なくちゃいけないから。」


「…うん。分かった。行ってらっしゃい。」


結は去っていく弓を見送りながら、その姿が見えなくなると、典子に向き直った。


「…典子ちゃん…だったよね?あたし、氷雨結。よろしくね。高校1年生だよ。」


「…く、倉橋典子です。私も…高校1年。」


「同い年だったんだ!じゃあ仲良くしようね!のりちゃんって呼んでいい?」


「…あ、うん。」


「あたしのことは、結って呼んでね。」


「…あ、うん。よろしくね…ゆ、結…。」


「よろしくね~。」


結は典子の両手を握って横にゆらゆらと揺れる。


「…あ!おーい!結ー!こんなとこにいたー!って!あーー!!あんたさっきおじさん達に連れてかれてた子ー!!」


急に走って大きな声で叫びながら指を指してきたポニーテールの女の子。彼女は目を見開いて驚いている。


「あーちゃん!おっきな声出しちゃダメだよ!この子は倉橋典子ちゃん。のりちゃんだよ。よそ者なんかじゃないから安心して!」


「……へ?倉橋…?倉橋って…ずっと頭首不在のあの家……?えー!?そうなの!?」


女の子は口をあんぐりと開けて、典子を見るが、状況を理解すると、肩を組んでくる。


「なーるほどね!!ズバッと理解出来たよ!!典子ね!!よろしく!!あたし美門明日菜!!どうとでも呼んでね!!あ、あたしも同い年だよ!」


「……あ、よ、よろしく。えーっと……明日菜。」


「はいよろしくー!じゃあさ、早速なんだけど、焼きそば食べ行かない?お腹空いちゃった…。」


「あーちゃんさっきたこ焼きいっぱい食べてたよね…。」


「ベツバラベツバラー!!さ、典子も行くよ!!」


「……わ、私も…?」


「決まってんでしょ!?3人も美少女揃ってんだよ?3人娘で祭りを闊歩しようよ!じゃあ!屋台行くぞー!!」


「おー!」


「…お、おー!」


妙にノリの良い明日菜、優しそうな結に手を引かれ、典子はそのまま連れていかれた。






「…お母様。明日は、大変な1日になりそうだね。」


「あぁ。会合を開かなきゃならない。弓、後で

本城、厚木、美門、金井のそれぞれの頭首に声をかけといておくれ。……典子ちゃんには、新しい倉橋の頭首になって貰わなきゃならないからね。」


「はい。分かりましたわ。お母様。」



第4話終

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