第3話

氷雨雪。そう名乗った老女は、典子と律子の前に立ちはだかり、何も言わずに、その皺の多い手の平で2人の頬を強く叩いた。


「…ッッ…!!」


「…いったぁぁ!!な、何すんのよ!!ババァ!!」


律子は悲鳴を上げ、泣き腫らした真っ赤な目のまま雪を睨み付ける。だが、逆に雪に睨み返され、律子は流石に縮み上がってしまう。


「…ババァ?何なんじゃその口ん聞き方は!!今時ん若もんは礼儀も学んどらんのか!!」


雪の剣幕に律子は震え上がる。


「…ひ、ひぃぃぃっ!!」


「罰当たりもんがぁ…。おい!!そこん2人!!こいつらを早くこっちに!!裁きの時間じゃ…。地下の大広間に連れていく!!」


「…ち、地下の大広間……?」


「……やだ……やだぁぁ!!」


「喚くなクソガキがぁ!!」

「婆様の前で無礼な態度を取りやがって!!こうしてやらぁ!!」


「…ッッ!!」


「…り、律子!!」


その瞬間だった。典子を押さえていた男性が、律子を羽交い締めにし、律子を押さえていた男性が、手に持っていた短刀で、律子の首筋を少し切った。古く軋んだ床には、律子の血が飛び散り、律子は悲鳴を上げる。


「…おぉ。ようやったなぁ。それでこそ華玖継村の

男じゃ。さぁさ、早く行こうかね。」


典子と律子は、男性に捕まったまま、雪の言う地下の大広間に連れていかれた。


「……さぁ、着いたで。ここが…氷雨家に代々伝わる、よそもんを裁く……大広間じゃ。」


大広間には、いつの時代のものか分からない古い血が、至るところにこびりつき、独特の古びた鉄のような匂いを漂わせていた。真ん中に申し訳程度に敷かれた古い畳には、刃物で切り裂かれたような後があり、その情景は、2人の犯した罪の重さを声に出さずとも、完璧に表していた。


「…い、いやぁ!!もうやだ!!もうやだ!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」


「…律子…。」


隣で律子が泣き叫ぶ中、典子は依然として冷静だった。何故だかは分からない。だが、典子はこの空間を、前に見たことがあるような気がしたのだ。


「…そっちの五月蝿い女からやる。ほら!畳の上に連れてこんかい!!」


律子は2人の男性に両手を捕まれて、暴れ、泣き叫びながら、畳の上に連れていかれる。そして、縄で縛られ、目隠しをされた。


「…弓!!弓はおるんか!!」


「…ここにおりますわよ。お母様。薙刀でしょう?もう準備してますよ。」


そこに現れたのは、青紫色のひっつめ髪の美しい女性だった。その女性は弓と呼ばれており、どうやら彼女は雪の娘らしい。弓は雪に薙刀を手渡すと、典子の方に向き直る。


「…残念だったね。お祭りの日に、この村に立ち入ってしまうなんて…。これからお友達がどんな目に遭うか、ゆっくりと、見ておくんだよ。」


弓は美しく微笑むと、着物の帯から大きな爪切りを取り出し、雪の元に歩いてく。


「それではお母様。始めましょうか。」


「あぁ…じゃあ、裁きを始める!!」


「…ギャぁぁ!!!」


「……律子!!!!」


目の色が変わった2人は、律子に襲いかかる。雪は薙刀で律子の頭を何度も殴り、弓は大きな爪切りで、律子の親指の爪を剥がそうとする。


「ギャぁぁ!!痛い!!痛い!!の、典子!!助けて!!典子!!」


典子は目の前の異様な光景にただただ冷や汗をかき、顔を青くする。律子を助けたいが、自分を無理やりこの村に連れてきて、自分の意思に従わなければ町で差別されるように仕向けると宣言した彼女の行動を思い出すと、その足は動かなくなってしまう。



パキン



「…え?」



その時だった。乾いた音が、大広間に微かに響く。目の前を見ると、律子の親指の爪が、綺麗に剥がれ落ち、爪が剥がれた親指からは、血が滴っていた。


「…ギャぁぁぁぁぁ!!!!!」


「…り、律子!!」


「…まぁ…。なんて不恰好な爪…。」


「それはよそもんの汚れた爪や。後で火でも焚いて燃やす。心配せんでいい。弓。」


その恐ろしい光景に、典子はついに、黙っていられなくなり、声を上げる。


「…あ、あの!!や、やめてください!!り、律子は……友達なんです!!勝手に村に入ってしまったことは、謝ります!!だから…律子を助けてください!!お願いします!!」


典子の訴えに、雪も弓もこちらを向く。だが、2人の瞳には、有無を言わせない圧がかかっていた。


「…なんだい。口ごたえするって言うんかい?随分と余裕があるんやなぁ。」


「この子、律子ちゃんって言うのかい?随分と下品な子だね。私にもあんた達と同じぐらいの年の娘がいるんだけど、こんな女と違って、優しい良い子だよ?」


雪も弓も典子の話を聞こうとはしない。目の前では、律子がずっと痛め付けられている。律子は助けてと叫んでいるが、やはり典子は放課後の出来事がつっかかって、律子を助けに行くことが出来ない。


「…そうだ。同じ目に遭う前に、あんたの名前を聞いておこうか。えっと……典子ちゃんだっけ?さっきからずっとこいつが叫んでるけど。」


典子は青ざめた顔のまま、なんとか自分の名前を口に出す。


「……く、倉橋…典子です。」


その瞬間、雪と弓の動きが止まり、ゆっくりと目を見開いて典子を見る。


「……お、お母様…。」


「…倉橋じゃと?……まさか…お前…倉橋義郎の孫か!?」


雪はさらに大きく目を見開いて、典子の方に駆け寄り、肩を掴む。


「……ど、どうしておじいちゃんを知ってるんですか……?」


「…倉橋義郎……。お母様の……幼馴染みだよ。」


「……お、幼馴染み!?」


「典子ちゃん。あんたは……もしかしたら、この女とは違って、来るべくして、この村に辿り着いたんだろうね……。」


「……ど、どう言うことですか……?」


その時、雪は急に涙を流しながら、典子を抱き締める。


「……やっと帰ってきた……倉橋の血のもんが…。そうかい、そうかい……。お帰り。典子ちゃん。」



第3話終

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