僕の愛犬ポコジュニア
春雷
第1話
「うわあ! びっくりしたあ!」
僕の会社の後輩、戸部くんが玄関で腰を抜かした。
腰を抜かした彼の周りを、ポコジュニアが走り回っている。
「いやあ、話には聞いてましたけど・・・、すごいっすね。本当にいるんすね」
ポコジュニアは小型犬だ。室内で飼っている。いわゆる人面犬で、ポコという人面犬の子供だ。人面犬が人面犬を産んだのである。ポコの妻、つまりポコジュニアの母親も人面犬だった。人面犬と人面犬の子どもは、やはり人面犬なのだ。
ちなみに、ポコジュニアは母親に似たのか、北大路魯山人みたいな顔をしている。
「君の乾いた眼球に、乾杯」とポコジュニアが言った。
「うわあ!」と怖がりの戸部くんが叫んだ。「しゃ、喋った!」
「ああ、人面犬だからね。言葉を教えれば喋るんだよ。ただし、声を真似ているだけで、意味を理解しているわけではないがね」
「いやあ・・・、意味を理解してないとはいえ、ちょっと気味が悪いですね・・・、この子には申し訳ないけど」
「君の乾いた眼球に、乾杯」とポコジュニアがまた言った。
「いや、それにしても何すか、この言葉。何でこんな言葉教えてんすか」
「キザな言葉を教えているんだよ」と僕が答える。
「いや! 全然キザじゃないですよ! 何でドライアイに乾杯するんですか! ちゃんと『君の瞳に乾杯』って教えてあげてくださいよ!」
「月亭方正が綺麗ですね」とポコジュニアが言った。
「『月が綺麗ですね』って言えよ! それでは『I love you』とは訳せねえよ!」
「この夜景より、昨日見た夜景の方が綺麗だったよ」
「知らねえよ!」
「次生まれ変わっても、また君と出逢うよ。そん時は、昆虫同士だろうけどさ」
「何で昆虫って決めつけてんだよ!」
僕は、走り回るポコジュニアをがしっと掴んで、抱き寄せた。ポコジュニアは、ハッハッと息を切らし、舌を出している。
「先輩」と戸部くんが僕に言った。「キザな魯山人犬を生み出さないでくださいよ。もっと普通の言葉を教えてあげてください」
戸部くんは立ち上がった。
その時、僕の腕からポコジュニアがするっと抜け出して、再び戸部くんの周りを走り始めた。戸部くんは驚いて、再び腰を抜かした。
「僕は、君の相続権を守るために生まれてきたんだ」とポコジュニアは言った。
「もう全然キザじゃねえよ! 金目当ての人じゃん、それ!」
「僕は君の、白馬面の王子様さ」
「顔が馬に似てるだけの人!」
「38.5°の熱を出している時の夢の中で、また会おう」
「平熱の時の夢の中で会え!」
「君は僕の、先割れスプーンだ」
「もう、意味がわかんねえ!」
ポコジュニアはとうとう、戸部くんの右膝に噛みついた。戸部くんは「うくぁああ!」と独特な叫び声を上げた。ポコジュニアは噛みつきながら、こう言った。
「何が起きても、この右膝だけは離さない」
僕の愛犬ポコジュニア 春雷 @syunrai3333
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