第5話 誤解(1)
二人羽織りの夜から数日経った。あれからもユキさんは度々見舞いに来てくれて、あれこれ世話をしてくれた。今度は僕の教えた通り、普通に食事の補助をしてくれた。その様な過程で、ごく自然に二人の仲も急速に親密になっていった。怪我の状態も日増しに良くなり退院も、もう間近と診断され全てが順調にきていた。
だがそんなある日の午後、事件が起こった。病室でうたた寝しているとノックの音がして担当医の広田女史がやってきた。診察時間でないのに珍しい。辺りに人がいないことを確認している感じで、ソワソワしている。
「ちょっといいかしら?」
「なんでしょう?」そう答えて上体を起こした。するとスッと僕のすぐ側まできて耳打ちしてきた。元々、女医というものに男のロマンを感じている僕はドキッとした。しかも正直に言えば好きなタイプの女性でもある。その広田女医が僕の耳元でそっとささやいた。
「アナタに聞いて貰いたい大事な話があるの。」そう言われてドギマギした。色々妄想しそうになる。
「今まで内緒にしていたんだけどね。」
「な、なんでしょう?」声が少し裏返った。
「実は手術でアナタの鎖骨を接合する際、油性のマジックで骨に“あたり”と書いておいたの。」
「え?」
「ホラ、アナタがいつか火葬されて骨を拾われる時、ちょっとしたサプライズがあった方が面白いでしょう?“あたり”を見つけた人はおまけで余計にもう一本骨を拾えるの。どう?親族、盛り上がるわよ。」
「はぁ。……」
「こういうのは先に知っちゃうとつまんないから、誰にも言わないようにね。アナタが墓場まで持っていきなさい。」そう言って僕の鎖骨の辺りは優しくなでた。
色々期待を裏切られた上に、なんだか僕は、思いもかけずこれから先、一生、誰にも言ってはいけない秘密を持つことになってしまったようだった。
「分かりました。……」
ちょうど、その時ノックもせずにユキさんが入ってきた。
「あ!」「ええ?」なんでこのタイミングで来るんだろう!僕もユキさんも固まった。広田女医はスッと僕の側を離れると
「じゃあ、誰にも言わないでね。アナタと私だけの秘密ね。」
「え?は、はい。」さっき以上に声が裏返る。
広田女医はユキさんに軽く会釈をして部屋を出て行った。
僕は絶対ユキさんは誤解していると思い、「違うからね。そういうんじゃないから。」と声を絞り出した。
「じゃあ、どういうのかしら?アナタとあの医者の秘密って。」声が怒りで震えている。ここで鎖骨の“当たり”の件を言うべきか迷ったが墓場まで持っていく約束を破っていいか一瞬、迷った。そして口ごもった。その様子を見てユキさんはヒステリックになった。
「これだから男っていやよ。男ってみんなそう!前の亭主もそうだった!」
「誤解だよ!誤解!」
「あたし、ユキオさんだけは信用できると思ったのに。私たちもう終わりね。さようなら!」
そう言って彼女は出て行ってしまった。
(えー!なんでこうなるんだ‼)僕はベッドに突っ伏し、余計な事をしてくれた広田女医を呪った。
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