第3話 面会(1)
ユキさんと初めて会った日から二週間が経った。僕はまだ運ばれた大学病院に入院していた。身体じゅう複雑骨折していて包帯でぐるぐる巻きの寝たきりの状態だ。あの晩、両手首も骨折して動かせないのに、我ながら良くレストランで食事ができたなと思う。相当アドレナリンが出ていたに違いない。
人見知りの僕なので幸い個室しか開いていないのは良かった。以前六人部屋に入院した時、他の五人が「せんだみつおゲーム」をやるというので一晩中つきあわされたのがトラウマなのだ。
夕方、仕事帰りのユキさんがお見舞いに来てくれた。今まで僕は集中治療室にいて面会謝絶だったから初めての見舞い客だ。
ユキさんはわざわざ生花を持ってきてくれた。「これ、うちの近所に咲いていたの。きれいだから飾ってね。」
そう言って持参した花瓶にさしてくれた。たしかに鮮やかなオレンジ色が綺麗だったが、どうみても彼岸花だ。屈託のない彼女の様子からして分かっていないようで、僕は素直に「ありがとう。」と礼を言った。
「その後、お身体はどう?」
「いや、この通りすっかり良くなりまして。」
そう言って笑って見せた。彼女の前だと僕はどうしてもこういう態度になってしまう。
「ずっと寝ていて退屈でしょう?この雑誌、面白そうだから買ってきちゃった。」
それは読者の恐怖体験を漫画にした『病院でホントに起きた怖い話』という雑誌だった。
「ユキさん、シャレがキツイなぁ。」と言って笑うと彼女は「でも、この病院の一階の売店で売っていたのよ。」と言っていたずらっぽく笑った。どうせ、この手じゃ本など読めないのだが、それにしてもこの病院の購買部もシャレがキツイ。
あれこれ世間話などし、時折ユキさんは(カサブタの真似)とか(野菜たっぷりタンメンの真似)などカフカ的な物まねで僕を笑わせてくれた。又、横綱の土俵入りには雲竜型と不知火型があるのだと実演して見せてくれた。とにかくユキさんは快活で笑うときは大口開けてアハハと笑い、時折、素っ頓狂な声を張り上げる。それがまた可笑しくて、なんだか一緒にいて楽しくてしょうがない。なんだか僕の人生に明かりが灯った感じがした。
ふと会話が途切れた時、彼女がポツリとつぶやいた。
「ユキオさんは、アタシを全て受け入れて笑ってくれるから嬉しい。……」
「え?」
「前の旦那も今までお付き合いした人も“お前は黙っていればイイ女なんだけどなぁ。”って言うのよ。だからなるたけ貞淑な女性を演じていたけど疲れちゃうのよ。」
「そうなんですか?」
「特に親の前とか、友達の前では変な事しないでくれって良く言われたわ。」
それはなんとなく分かる気もする。でも、それは口に出さない。
「良かった。素が出せる人に出会えて。」
少し愁いを含んだ眼が遠くを見ていた。いろいろあったのだろうなと思った。ずっと側にいてあげたいという気持ちが僕に沸き上がった。
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