第2話 出逢い(2)
救急隊員が連れて行ってくれた店は昭和初期から続く洋食の名店で、初デートにはうってつけの落ち着いた場所だった。救急隊員も一緒に食べたいというので、三人でテーブルにつき僕はステーキとサラダ、それにアイスコーヒーを頼んだ。彼女と隊員はカレーライスと紅茶を注文した。隊員が言うには、なんでもここはカレーライスの老舗として有名なのだそうだ。
食事をしながら彼女の名を聞いた。笹目ユキ。良い名前だと思った。僕の名がユキオだから似ているので二人して笑った。だが、救急隊員の男は黒田ヨウジという名で、ひとりだけ名前に“ユキ”が付かないことを残念がった。涙目になって悔しがったので僕たちは「気にすることはないですよ。」と言ってなぐさめた。
先に食事を済ました黒田隊員が気を利かして、「じゃあ、救急車で待っているから。」と言って店を出て行った。漸く二人きりになり他愛ない話をしていると急にユキさんが顔を苦しそうにしかめて「フォッ、フォッ、フォッ」と言い出した。
「どうしたんです?」
「フォッ、フオッ、フォッ」
「どこか苦しいんですか?」
「フォッ、フォッ、フォッ、フォンドヴォー!」
破裂するような音でそう叫ぶので周囲の客がこちらを向いた。僕は呆気にとられた。
「ごめんなさい。私、子どもの頃からカレーを食べると、こうシャウトせずにはいられないんです。」
「そうでしたか。」
「でも、初対面の方たちの前でしょ。だから、あたしずっと我慢していて。」
「なんだ。何も遠慮なさらなくても良かったのに。」
「ほんとごめんなさい。」
僕はインドカレーの場合はどうするのか聞きたい気もしたが我慢して会話を続けた。彼女はその後も会話の途中に、いきなり「アヒャー!」と素っ頓狂な声を上げて周りの客を驚かせたが、僕は気にならなかった。それよりも、そろそろ立ち入った事を聞きたくなった。
「あの、ユキさんはご結婚されているのですか?」
「いえ、実は三年前に離婚して今は×1(バツイチ)ですわ。」そう言ってはにかんだ。
「そうでしたか。じつは僕も×1(バツイチ)なんです。……」
「まぁ。お揃いですね。×1と×1を足したら×2。……」
「でも、考え方によっちゃあ×1と×1を掛けたって×1のままじゃないですか。」
「そうね。×1を×1で割っても×1ですものね。」
「そうですよ。しかも×1から×1を引いたら0なんですよ!元に戻れるんです。」
「……。」
「……。」
お互い何を言っているのか分からなくなってきたので会話が途切れたが、明るく前向きな気分になったことは間違いなかった。二人が交際することに何も問題はないのだ。
「気のせいかな。ますます貴方に親近感が湧いてきました。」
「あたしも、ですわ。」
「僕達、運命的な出会いをしたと思いませんか?」
「そんな気がします。」彼女の目が潤んでいる。何か言わなければ。
そんな時に黒田隊員がドアを開けて
「そろそろ行こうぜ。」と呼んだ。仕方なく僕らは席を立った。帰り際に連絡先を交換し
「また会ってもらえませんか。」と言うと
「はい。」とユキが応え、そこで別れた。こうして僕らの付き合いが始まったのだった。
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