第16話 午後の紅茶

美琴は実家の静かな応接間で、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。窓の外では、午後の陽光が庭の木々を薄く照らしている。遠くでカラスが鳴いているが、その響きは、彼女の心を乱すほどのものではない。数日前までの濁った感情は、いまでは嘘のように消えていた。


――瓜生絵梨はもういない。


美琴の心は穏やかだった。彼女が手を下したわけではない。皮をしばらく借りて、元通りに返しただけだ。絵梨の歪んだ心が表に出ただけ。死んだのは、絵梨自身の選択の延長でしかなかった。


「因果応報……いや自業自得」


優雅に湯気を上げているカップを見つめながら、美琴は小さく呟いた。紅茶の香りが肺の奥まで染み込んでいく。胸の痛みはひとつもなかった。むしろ、肩の力が抜けていく心地よい静けさがあった。


絵梨の心は元々壊れかけていた。自尊心と虚栄にひびが入り、誰かを踏みにじることでしか形を保てない。そんな彼女が最後にどんな思いで終わったのか、美琴は知りたいとも思わなかった。心を覗くまでもない。崩れるべくして崩れただけだ。


「私のせい……ではないわよね」――そう思った瞬間、美琴はふっと微笑んだ。自分に言い聞かせるような笑みではない。確信の笑みだった。


実家の空気は暖かく、美琴を包み込む。母が焼き菓子を皿に乗せて持ってくる気配がしても、彼女は振り返らなかった。いまはただ、この静けさを楽しみたかった。


紅茶をもう一口含む。渋みと甘みが舌の上でほどけ、落ち着いた気分が広がっていく。絵梨の件に関して、彼女が抱えるべき後悔はひとつもない。あれは彼女自身の終着点であり、美琴が気に病む理由など欠片も存在しない。


これで、本当に心を煩わせるものは何もなくなった。


美琴はそっとカップをソーサーに戻し、表情ひとつ変えずに目を閉じた。薄く微笑む唇が、まるで決着を見届けた裁定者のようだった。


「さて……次は、どうしましょうか」


呟きは紅茶の香りに溶けて、静かな部屋に消えていった。

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婚約破棄されたので、丑の刻参りをしたら、本当の鬼になりました @pi-chan

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