第15話
電話口から美琴の声が必死に響く。
「バカなことは止めなさい! 私を殺したいなら、私だけを殺せばいいわ。関係のない人を巻き込むなんて絶対にダメ!」
絵梨はハンドルを握りしめ、嘲るように笑った。
「……あんたのそういう偽善が、一番嫌い。自分が助かるために、大勢を犠牲にしろって言えたなら……私、あんたといい友達になれたのに」
「偽善なんかじゃない!」美琴は叫んだ。「タンクローリーで突っ込んだら、あなただって無事じゃすまない! 死ぬか、全身火傷で一生苦しむことになるのよ!」
だが絵梨の声は冷えきっていた。
「それぐらいしなきゃ、あんたは死なない。鬼を殺すには、これでも足りないくらいよ」
少し離れているはずなのに、憎悪の波が押し寄せてくるようだった。
離れていても絵梨の憎悪が頭の中に入ってくる。
絵梨は、血走った目でマンションを睨みつけた。
「美琴――逃がさない!」
叫びと同時に、アクセルを床まで踏み込む。
タンクローリーは轟音を立て、獣のようにマンションの正門へ突進した。
次の瞬間――。
鉄塊は門柱に激突し、凄まじい衝撃で車体がきしむ。
安全弁が吹き飛び、液面計がねじ切れ、内部のLPガスが一気に噴出した。
白い霧のようなガスが周囲に広がり、あたりの空気が異様な緊張感を帯びていく。
ガス臭が辺りに充満する。
五分後――。
どこかで火花が散った。
次の瞬間、轟音とともに凄絶な爆発。
マンションを包む巨大な火球が夜空を紅蓮に染め上げた。
衝撃波が周囲の窓を粉砕し、瓦礫と炎が渦を巻いて天に昇る。
そこには、もはや人の住む建物の面影など、微塵も残ってはいなかった。
署長は、煙にむせながら現場を見つめた。
「……ぎりぎり間に合ったな。住民を避難させることができたのは、不幸中の幸いだ」
だが声には安堵だけでなく、震えが混じっていた。
築数十年の独身者用ワンルームマンション。老朽化で空き部屋も多かった。
それでも、ひとつひとつの部屋を叩き、叫び、住人を誘導する作業は時間を食った。
あと数分遅れていれば――。
署長は唇を噛み、赤黒い炎に飲まれてゆく建物を見つめた。
背後で部下がうなだれる。誰もが、生き残ったことに安堵しながらも、恐怖と敗北感を拭えずにいた。
署長は現場を見渡し、記者や部下に向けて低い声で言った。
「……犯人、瓜生絵梨はおそらく生きていない。これほどの事故だ。助かる見込みは薄いだろう」
一拍置いて、言葉を続けた。
「しかし、これまで犯罪歴のなかった若い女性が、突然これほど激しい妄想に取り憑かれ、倫理観を失い、殺人や自分の死にすら何のためらいも見せないとは……」
署長は言葉を切り、苦々しく息を吐いた。
「昨日、結婚式を挙げたばかりの女性だぞ。それが、たった一日でこんな事件を起こすなんて……信じられん」
背後にいた刑事たちは誰も返事をしなかった。爆風に揺れる炎の赤が、彼らの顔を不気味に染めていた。
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