第8話 結婚式当日 偽りの花嫁
結婚式は、地元でも名の知れた格式あるホテルで執り行われた。
本来ならば、和也と美琴がその場所で晴れの日を迎えるはずだった。
朝から空は鉛色に沈み、厚い雲が低く垂れ込めていた。
まるでこれから始まる結婚生活を暗示するかのように、晴れ間は一片もなく、ただ重苦しい暗雲が広がっていた。
ホテルの窓に映る景色には祝福の光は差さず、どこか不吉な影が漂っていた。
当初の予定では神社で厳かに挙式するはずだったが、それは急きょキャンセルされ、披露宴だけが残された。代案として教会での挙式も検討されたが、絵梨は「神様の前で誓うなんて意味がない」と言い、あっさり退けた。
美琴はそのことを残念に思った。最初の計画どおり、神様の前で式を挙げたかった――鬼が神の前に立つ。その皮肉を思えば、取りやめになったのはむしろ幸いだったのかもしれない。
それでも表向きは滞りなく進み、祝福の拍手が響いた。
純白のドレスに身を包んだ「瓜生絵梨」は、誰から見ても幸せそうに笑っていた。
披露宴会場のあちこちから、柔らかな拍手と祝福の声が響く。
「美琴さんは、しばらく海外旅行に行くんだって」
そんな噂話が、同級生の席から小さく漏れ聞こえてくる。
出席した同級生の数はわずかだった。
その心の声は、美琴には痛いほど鮮明に伝わってくる。
──絵梨への非難。
──美琴への同情。
絵梨に人望が無かったことを、あらためて思い知った。
美琴が仲良くしてたから、他の同級生たちも、絵梨を受け入れてたに過ぎなかった。
絵梨には、友達と呼べる者は一人もいなかった。
絵梨の親族席に目を向ける。みんな祝福の言葉を並べるが、本心から祝福してる者は一人もいなかった。絵梨の両親でさえ。絵梨とよく似た人達だとあらためて思う。
隣にいた和也の胸に、ふと過去の記憶が蘇る。
かつて美琴と二人で過ごした、笑いあった日々。
「……美琴……」
心の奥底から漏れたその声を覗いた瞬間、美琴の頬を一筋の涙が伝った。
「……?」
隣で和也が、不思議そうに新婦を見つめる。
和也はずっと美琴を愛していた。
美琴が裏切っていると告げられても、その気持ちを憎しみに変えることはできなかった。
しかし未練を抱き続けることは、美琴のためにならない──そう思い、彼は婚約破棄を突きつけた。
それが正しい選択だったのか。
同じ問いが、心の中をぐるぐると巡り続け、安らぐ時は一度もなかった。
もしかして、絵梨が嘘をついていたのではないか。
……いや、そんな都合のいい考えをしてはならない。
和也は必死に自分を戒める。
初めて絵梨と会った時のことを思い出す。
あのとき美琴は、笑顔で和也に紹介したのだ。
──「彼女が瓜生絵梨。私の一番の親友なの」
親友を疑うことは、美琴自身を疑うことと同じ。
その思い込みが、和也を縛りつけていた。
こんなにも近くに居るのに、和也の心は遠い。
かつて美琴と過ごした、あの日々の中に留まり続けていた。
「絵梨の皮を脱ぎ捨てたらどうなるだろう……」
ふとそんな想像がよぎる。
だがすぐに打ち消した。
──だめね。そんなことをしても、和也は戻ってこない。
それだけは、確信できてしまった。
婚約破棄を突きつけられたあの日以降、私は部屋に閉じこもり、和也のことばかり想って泣き続けていた。
どうして逢いに行かなかったのだろう。
無理にでも会って、問いただしていればよかった。
和也が、そんな心変わりをする人ではないと──和也を信じることができなかった。
もし、あの瞬間に戻れたら。
もし、心の声が聞こえたあの時に、もう一度手を伸ばしていたら。
やり直すことができたのかもしれない。
けれど、私はすでに鬼になってしまった。
もはや人間の和也と、共に幸せに暮らすことなど、決してできない。
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