第6話 復讐の下ごしらえ

家に帰った美琴は、ベッドに倒れ込んだ。

復讐すると決めたはずだった。

なのに──何をやっているのだろう。


胸の奥が鉛のように重い。

和也への未練が、まだ消えない。和也がまだ自分のことを思ってくれてると聞いて、さらに未練が強くなった。二人に復讐しようと丑の刻参りまでしたのに…

笑顔や声を思い出すと、どうしようもなく涙が溢れてくる。


けれど同時に、絵梨のあの悪意もよみがえる。

あの作り笑い、あの心の声。思い出すだけで、胃の底から嫌悪感が込み上げてくる。


復讐の炎と、未練の涙と、嫌悪の棘。

心の中でそれらが絡み合い、ほどけないまま夜は更けていった。


──なかなか眠りにつくことはできなかった。


深夜。時計は丑三うしみつどきを指していた。


悲しみは薄れ、代わりに頭が妙に冴えわたっている。

思考は自然と、瓜生絵梨うりゅうえりへと向かう。


──絵梨は、もはや人間じゃない。

あんな人の心の無い、悪意に染まった存在を「人間」と呼べるだろうか。


人間じゃないのなら、殺しても構わないんじゃないか──。


そんな危険な考えが、美琴の胸に芽を出す。

同時に、思わず唾を飲んだ。

憎悪に歪んだあの顔。

思い出すほどに、なぜか「美味しそう」に思えてしまう。


ただの肉ではない。

憎悪というスパイスをまとった、特上のディナー。

もし喰らうことができたなら──その瞬間、美琴の胸に渦巻く空虚は満たされるのではないか。


翌日から、美琴は瓜生絵梨の行動を見張りはじめた。

職場へ、買い物へ、夜の外出へ。

絵梨がどこで誰と会い、どんな言葉を交わしているのか──少し離れた場所からでもなぜか、美琴には手に取るように分かった。


絵梨の家の前に立てば、閉ざされた窓越しに声が耳へ流れ込んでくる。

笑い声、ため息、電話の囁き。


カフェで待ち合わせ、見知らぬ男と会っていることも知った。

二人がホテルへ消えてゆく姿を目で追わずとも、

耳を澄ませば、壁越しに会話のすべてが聞こえてくる。


──どうしてそんな力があるのか、自分でも分からない。

ただ、聞こえてしまうのだ。


そして美琴は知ってしまった。

絵梨のお腹に宿っている命は、和也の子ではない。

別の男の子供だった。


美琴には、もう分かっていた。

呪いを完結させるためには──瓜生絵梨うりゅうえりを殺すしかない。

いや、それだけでは足りない。

彼女の腹に巣食う、まだ形も定かでない命ごと絶やさなければならないのだ。


この虚ろで冷たい胸の奥を満たすものは、もはや一つ。

絵梨という、極上のディナー。

憎悪と嫉妬をたっぷりとまとった、世界で唯一のご馳走。


美琴は絵梨に電話をかけた。

結婚式に出席する、と伝えると、受話器の向こうで絵梨ははしゃぐように声を弾ませた。

「本当に? 嬉しい! ありがとう、美琴!」


──電話では、心の声は届かない。

その事実に、美琴は小さな安堵を覚える。

顔を合わせたときのあの毒気がないだけで、ずいぶん呼吸が楽になる。


それからの日々、美琴は再び絵梨と行動を共にするようになった。

ウェディングドレスの写真を見せられ、式場の相談を持ちかけられ、和也へののろけを聞かされる。

言葉は甘やかで、笑顔は優しい。


だが、隙間から漏れ出す心の声は、相変わらず凄まじい悪意だった。

──また、みんなの前で晒してあげる。

──和也の心がまだあなたにあるなんて、絶対に許さない。もっともっと苦しめてやる。


美琴は耐えた。肉を美味しく食べるのには下ごしらえが、かかせない。

歯を食いしばり、爪が掌に食い込むほどに握りしめて。

すべては美食、いや復讐のために。

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