悲しみが怒りにかわるとき

第2話悲しみが憎しみに変わるとき

外に出る気力もなく、私はそのまま、一か月ほど泣きながら過ごした。

食事は自分の部屋に運んでもらった。

 

 和也の顔が、ふと脳裏によみがえる。

 優しく笑っていたあの目。

 球技大会で見せた、真剣な横顔。

 二人で過ごした楽しかった時間――何気ない日常の会話までも、すべてが胸を締めつける。


 街で、二人が好きだった曲が流れたとき。

 目が合った瞬間のことを思い出す。

 学食で笑いながら食べている彼。

 試験勉強の合間に、ふっと見せた眠そうな顔。


 もう、二度と会えない――そう思った瞬間、また涙があふれた。

 涙は、底なしの泉のように尽きることがなかった。


 四月半ば。

 ポストに見慣れた文字が並んでいた。

 差出人――青桐和也あおぎりかずや瓜生絵梨うりゅうえり

 震える手で封を開けると、中から結婚式の招待状が現れた。

 白い厚紙に金色の縁取り。幸福を象徴するような、柔らかな花模様。

 胸がぎゅっと締めつけられる。


 ――私が泣き暮らしている間、彼らは二人で愛を育んでいた。

 いや、違う。

 卒業式よりもっと前から、私は裏切られていたのだ。


 怒りが、ふつふつと湧き上がる。

 悲しみは涙で流せる。けれど、怒りはそうではない。

 心の奥にあった小さな種火が、一瞬で巨大な炎へと変わっていく。


 憎い。

 生まれて初めて味わう感情だ。

 人生で、心から人を憎むのは初めてだった。


 悲しみは胸の奥に鉛を詰められたように重い。

 だが、怒りは腹だ。

 胃がねじれ、吐き気にも似た気分の悪さが私を支配する。


 私から何もかも奪っておいて、今度はさらに二人の幸せを見せつけようというのか。


 ――許せない。

 許せない。許せない……!


――このままでは、自分が壊れてしまう。

 恨み、憎しみ、その炎は私自身を焼き尽くすまで決して消えない。


 これほどのことをされて、何もしないなんて。

 それは、私じゃない。

 そんな弱虫じゃない。

 一方的に踏みつけられるだけの存在じゃない。


 思い知らせてやる。青桐和也あおぎりかずや瓜生絵梨うりゅうえりの二人を地獄に落としてやる。

 

 ――人の心を殺すのは、殺人と同じだ。

 私の心を踏みにじり、壊した罪。


 だから、呪う。

 呪ってやる。

 最初に瓜生絵梨うりゅうえりを、呪ってやる……!私から和也を奪った憎い女を。

 胸の奥に燃え上がった炎は、もはや悲しみではなかった。

 それは、復讐という黒い衝動。絵梨を呪わなければ自分が死んでしまう。自己防衛ともいえる復習だ。

――うし刻参こくまいり。

 その言葉が、不意に頭の中に浮かんだ。


 真夜中に神社へ赴き、わら人形を打ち付けて相手を呪う――そんな恐ろしい風習。

 あのときは、そんなことをする人間がいるなんて信じられなかった。理解できなかった。


 でも、今ならわかる。

 この気持ち、この憎悪を抱えたままでは、生きてはいけない。


 私は、呪う。青桐和也あおぎりかずやを。瓜生絵梨うりゅうえりを。

 この胸に燃え盛る黒い炎を、憎い二人へ向けて放たなければ、私自身が焼き尽くされてしまう。

 

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