婚約破棄されたので、丑の刻参りをしたら、本当の鬼になりました
@pi-chan
第1話 婚約破棄の夜
三月、春の匂いが街を包み始めていた。
歴史ある神社の一人娘として大切に育てられた私――
相手は
和也は、大手企業への就職も決まり、爽やかな笑顔で周囲の視線をさらうイケメン。やや優柔不断なところはあったけれど、私は和也が本当に好きだった。
卒業前の数か月は、行事や卒業旅行、新居探し、式の準備に追われ、会う時間が減っていた。それでも、私は信じていた――お互い忙しいから、会えないだけだと。
卒業式はつつがなく終わり、そして二次会の会場へと移動する。和也と一緒に移動できなかったことに、少し違和感を感じながら。
二次会の会場、華やかな照明の下で、久しぶりに和也の顔を見た。
――なぜ私のところに来ないのかしら。和也の隣には
乾杯の声が響き、笑い声があふれる中、彼は不意に立ち上がった。
「みんなに……話がある」
会場のざわめきが静まる。私もグラスを持ったまま、彼を見上げた。
「みんな聞いてくれ……俺、美琴との婚約を解消することにした」
グラスを落としそうになった。
何を言っているのか、理解できなかった。
だが、彼は続ける。
「
私に内緒で、いつから? どうして?
混乱する私をよそに、彼は大勢の前で、まるで私が悪いかのように語り始めた。
「絵梨はすごく尽くしてくれるし、俺を支えてくれる。美琴は……あんまり、俺のこと考えてくれなかった…それだけじゃない…忙しいからと僕との約束を断り、他の男と会っていたんだ。結婚したら遊べなくなるからと言って」
会場がざわめく。
親友だった女の笑みが視界の端で揺れる。
――グラスが小さく見える。なんだか周りの物が全部小さく見える…耳鳴りが酷く、人の声が入ってこない。
頬が熱く、指先が震える。全くの嘘なのに、ショックが大きく、否定することも怒ることさえできなかった。
どうやって家に帰ったのか、覚えていない。
あまりの衝撃に、涙すら出なかった。悲しいのかどうかも、よくわからない。
胸が、鉛を流し込まれたように重い。
和也との間に、話し合いはなかった。
喧嘩もなかった。最近、お互いが忙しくて会えなかっただけだ。
――私の、何がいけなかったの?
頭の中で同じ問いがぐるぐると渦を巻く。
答えはない。
ベッドに倒れ込んでも、まぶたは閉じられない。
疲れているのに眠れない。
泣くこともできない。
つらい。
つらい。
つらい……。
婚約破棄されたことが、まだ信じられなかった。
泣くことも、眠ることもできないまま、夜が明けてしまった。
鏡に映った自分は、顔色はくたびれ切っているのに、目だけがぎらついていた。
ふと、襖の向こうから母の足音が近づく。
「……美琴」
心配そうな声がした。
何があったのかは聞かない。ただ、小さな盆に湯気の立つマグカップをのせて、そっと私の前に置く。
手に取ったカップが、じんわり温かい。
口に含むと、甘くて優しいココアの味が広がる。
――ああ、温かくて、甘い……。
気づけば、ぽたり、と雫がマグカップに落ちた。
ようやく、泣くことができた。
一度涙がこぼれ出すと、もう止まらなかった。
自分の身体のどこに、これほどの水があったのか――そう思うほど、とめどなく流れ続ける。
ひとしきり泣いて少し落ち着いても、すぐに和也の顔が脳裏に浮かび、また熱い雫が頬を伝った。
どうして。
理由を知りたかった。
私がこれほどの仕打ちを受ける理由を。
喉の奥が痛い。それでも、母に向かって言葉を絞り出す。
「……卒業式の二次会で……婚約破棄されたの」
母は、黙って私を見つめた。
少しの沈黙のあと、静かな声で言う。
「……そうだったの。――ゆっくり休みなさい」
その声音は、怒りでも悲しみでもなく、穏やかだった。
その優しさが、また私の涙を誘った。
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