第4話 遺稿

~遺稿〜



私は、胸がざわめき、息を詰めた。

どこかに連絡先や住所が書かれていないかと、目を凝らした。

もう一度、あの声を聞きたい。

もう一度、あの夏の時間を取り戻したい。


ページを最後まで辿ったとき、目に飛び込んできた文字――


――「遺稿」


目を疑った。

彼はもう、この世にはいないのか…。

そんなはずはない…



胸の奥が熱く、冷たく、同時に締めつけられる。

あの夏の笑い声、互いに詩を読み合った時間、すべてが、遠くの光景のように揺れていた。


私は静かに、机に向かいペンを取った。

涙を拭いながら、胸の奥に残る彼との記憶を、文字にしていく。


> 君の眼差しは、夏の光

触れられないのに、心に焼きつく


森のざわめき、風の匂い

あの日の瞬間は、永遠に揺れる陽炎かげろう


もう会えないけれど

言葉に変えて、君をここに留める




ペン先からこぼれる文字は、あの夏の光と風をそのまま閉じ込めるようだった。

涙と微笑みが混ざる指先で、私は彼の遺稿に応える。

そして、ひとつの詩が生まれた。



窓の外、紫に染まる夕暮れ。

ひとつだけ明星が静かに光っている。

あの夏の光はもう戻らない。

けれど、私の胸の中で、あの陽炎は永遠に揺れ続ける。


そして私は知った。

詩とは、時間を超えて人と人をつなぐものなのだと。

たとえ会えなくなっても、心の中で、あの夏は永遠に生きている――



そして今空に瞬いている明星も、あのときのままだと…



君を夏の日にたとえようか…


あなたは永遠にわたしのソネット18番…












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