第3話 彼の詩集

~彼の詩集~



ある日、出版社の倉庫で古い原稿の整理をしていた。

埃っぽい紙の匂いの中、束のひとつが目に留まった。

ラベルには小さく「未発表詩集」とある。


手に取ると、ページの端に見覚えのある文字が並んでいた。

胸がざわめいた。


――これは……。


一行目を読んだ瞬間、時間がふっと巻き戻る。

あの夏、森の風に吹かれながら一緒に詩を交換した日々の光景。

丘の上の公園、陽炎かげろうのトラック、互いの眼差し――すべてが鮮やかに甦った。


ページをめくるたび、彼の声が耳に響くようだった。

細やかで、でも大胆な構図。

あのとき感嘆した彼の視点、言葉の選び方、そのすべてがそこにあった。


私は息を飲み、静かに呟いた。

「……彼が、こんな形でここにいたなんて」


詩の最後の行に、彼の署名を見つけたとき、胸の奥が熱くなった。

そして、不意に涙がこぼれた。

夏はもう戻らない。

けれど、彼は、あの夏を――そして私を、こうしてそっと届けてくれたのだ。


私はその詩を抱きしめ、心の中でそっと答えた。


――ありがとう。

あの夏は、永遠に、私のソネット18番だ。




*ソネット18番とは、…シェイクスピアの有名な詩。

  「君を夏の日にたとえようか…」

  からはじまる愛する人に

  捧げる14行の詩








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