第2話 就職

~就職~



三度目の夏が終わり、季節は何度も巡った。

私は大人になり、出版社に勤めるようになった。

担当は詩集――詩の出版に力を注いでいる。


なぜ詩なのか。

答えは、ずっと心の中にある。


あの夏の日々。

彼と交わした言葉の数々。

互いの詩を読み合い、心が震えた時間。

あの記憶が、私をこの仕事へと導いた。


机の上に並ぶ原稿用紙やパソコンの画面を見つめながら、私はよく思う。

「もし、あのときの彼がこの場にいたら、どんな詩を書くだろう」

そう考えるだけで、言葉のひとつひとつが熱を帯びていく。


詩は、はかなく消えてしまう夏の陽炎かげろうのようなものだ。

けれど確かに人の心に残り、形を変えて生き続ける。

あのとき私が感じた共感と喜びを、今度は誰かに届けたい。


窓の外には夕暮れの光が滲み、紫に染まった空にひとつ明星が輝き始めていた。

胸の奥でそっとつぶやく。



あの夏の日々は、今も私を生かしている。







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