帰省事情
sorarion914
往復戦線2025・夏
今年も、この季節がやってきた。
今年こそは――
と。
毎年意気込むのだが、どうも気持ちだけが空回りして上手くいった試しがない。
そもそも、自分だけが張り切ったところで、迎える側の準備が出来ていなければ何もできないのだ。
相変わらず、段取りの悪い彼らは、毎年慌てた様に準備をして、適当に済まそうとする。
去年は、やたらと痩せた馬がやってきた。
今にも足が折れてしまいそうな程、やせ細って力のない馬だ。
「急げ!日が変わってしまうぞ!」
と煽り立てても、ヨタヨタとおぼつか無い足取りで進むだけ……
その横を、颯爽と走り抜けるサラブレッドが、涼しい顔をして去っていったっけ。
……羨ましい。
あの力強さならば、向こう岸までしっかりと送り届けてくれるだろう。
それに引き換え――
今年も私の元にやってきた馬は、枯れて力のない貧相な馬だった。
何日も冷蔵庫の奥で眠っていたヤツに違いない。
買いに行く手間を惜しんで、あるもので代用したのだろう。
体がスッカリ萎びてしまい、瑞々しさの欠片もない。
しかも、足の付け方が悪いのか、今にも折れてしまいそうだ。
「おいおい……シッカリしてくれよ」
嘆く私の目の前を、フェラーリが走り抜けていった。
「なんだ!?おい、今の見たか?最近はスゴイ乗り物を用意する連中が増えたなぁ」
痩せ馬の頭を撫でてやりながら、私は羨望の眼差しを向けた。
アレに乗ったら、さぞかし早く向こう岸まで辿り着けることだろう。
「やれやれ……仕方ない。こっちはゆっくり、安全運転で行こう」
私は痩せ馬に跨って、彼岸へ向かった。
天気は良く、風穏やか。
これならば、この貧相な馬でも倒れることはあるまい――
後はもう少し早く歩いてくれたら……
その時、背後から猛烈な勢いで追い抜いていく集団がいて、私は思わず悲鳴をあげた。
「うわっ!なんだアブねぇ!」
物凄い数のスポーツカーやバイクの群れが、暴走族のような勢いで私たちを抜き去っていった。
ここ最近。
ああいったカスタムタイプの馬が増えた気がする……
「はぁ……本当に勘弁してくれよ……せめてもう少しイキのいい馬を用意してくれたらいいのに」
こんな――まるで糠漬けにでもされてたようなヤツ、送ってよこすなんて。
今の衝撃で足が取れてしまった馬を、私は労わりながらなんとか彼岸へ渡り切った。
ようやく辿り着き、相変わらずな連中の顔を見て、早々に辞去することになるが――
さて。
帰りはどんな奴が送り届けてくれるやら……去年の痩せた牛を思い出して、半ば諦めの境地で玄関先まで出た私は、腰を抜かした。
「ちょっとぉ、なによこれ?ナスはなかったの?」
「ゴメン。でもさ、似てるじゃん?」
「まぁ、似てるっちゃ似てるけど」
「これなら安全に向こうへ渡れそうだし。それに――なんか、親父に一番ふさわしい乗り物だと思ったんだ」
そこには、ナスの代わりに潜水艦のプラモデルが置かれていた。
「確かにね。潜水艦乗りにはナスよりコレだわ」
その言葉に私は思わず苦笑した。
「では!親父――お爺ちゃんに出航の敬礼!」
息子たちと孫たちに見送られて、私も答礼を返すと精霊牛――ならぬ、精霊艦に乗り込んだ。
あぁ――
あの頃の記憶が蘇る。
粋な計らいに私は胸が熱くなった。
周囲にいる精霊牛たちを尻目に、私の乗る精霊艦は彼岸の海も難なく進んでゆく。
出来れば行きもこれに乗って渡りたいものだ――
「ところでアレ、誰が作ったの」
「僕が作った!夏休みの工作だよ!」
「廃材集めて作った割にはよく出来てるだろう?」
――突然の浸水警報に私は慌てた。
至る所から水が浸入し、艦がみるみる沈んでゆく。
対処しようにも、自分以外の乗組員はいない。
「うぉぉぉぉ!!なんてこった!頼む!どうせ作るなら、もっとちゃんとしたヤツを作ってくれぇぇ!!」
彼岸の海に浮かび、漂う精霊艦の上で私は途方に暮れた。
そして思う。
来年こそは……と。
――――To Be NextYear
【完】
帰省事情 sorarion914 @hi-rose
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