UNIVERSE Ver.1

木薔奏院

EP.1 始まり

 パソコンの電源を落とし、全体重を椅子に預ける。


「はぁ~あもう」


 危うく椅子から落ちそうになり、慌ててパソコンを掴む。

が、パソコンは机に固定されておらず当然のようにガタンと言う音と共に滑り落ちた。

 パソコンは幸澤 滋朗《ゆきさわ しろう》の頭に直撃し、鈍い音を発したが幸い傷はない様。

 先程までパソコンでしていたゲームは今世界中で流行っているオンラインゲーム『Parallel World21』だった。

 マッチングした味方と順調に協力出来ていたかと思えば味方の内の一人がヘマをやらかして負けた。

 順調に行っている時ほど油断はしてはならないものだ。


「ま、コンビニでも行ってアイス買おう」


 現在の時刻は23時手前であった。

 時計の秒針は近くまで耳を運べばカッカッと音が鳴っていることが分かる。滋朗この無駄な音が無い綺麗な音が好きだ。

 無意識に時計の音を聞いている時があり、自分自身でも怖いと感じる時がある。


 玄関まで歩き、履き慣れた靴に足を入れる。

 そしていつものようにドアノブに手を掛け、玄関を開けた。

 ヒューと冷たい風が滋朗のこめかみを撫でた。


 夜中に菓子を食べるのは太ると言われているが、別に昼間はちゃんと働いてるから問題ないと考える滋朗であった。

 彼の友人の何人かはブラック企業を引き当ててしまったようだが彼はホワイト企業に就職することが出来、そのおかげでこのようにゲームに勤しむことが出来る。


 滋朗は幾つもの困難に遭いつつも平凡な人生を歩んでいた。

 けれどもその度温かな両親や友人に救われていた。


(今、こうしていられるのも周りの人達のお陰だなぁ……)


 夜空を見上げれば一つの星が輝いて見えた。

 滋朗は傍から見ればゲーム好きな社会人だが学生の頃は理科———特に天文学———が好きだった。


「なんだろう、あの星。北の空じゃないから北極星じゃないことは確かなんだけど……。都会じゃ分かんないかな」


 高校生の頃は天文学部に所属しており、夏休みなどの長期休暇は合宿で夜空を眺めていた。


「——あれ、火星だと思いますよ」


「はぅわっ!?」


 突然の声に意表を突かれ、足がもつれて転ぶ。

 腰を勢い良く地面に打ち付け、滋朗は顔を顰めた。

 完璧主義な彼にとっては途轍もない黒歴史となったことだろう。その記憶はこれから何度も彼の脳味噌を襲う。


(…最悪だ。つか誰だよ、急に話しかけた馬鹿は)


 何度も転んだ時の声と視界が再生される。

 暫く起きられないでいると一つの顔が滋朗の視界に映った。


「…あのー、大丈夫ですか。大分情けない声出してましたけど」


「情けない声言うな。これでも社会人なんだからな」


 腰に手を当てつつ立ち上がり、声を掛けた張本人を見下ろす。

 大分背は低い。いざとなればこちらが有利だ。…相手が空手を習っていれば話は別だが。

 滋朗は取りあえずと形だけ体制を取りながら目を凝らす。


「っつーか、お前高校生だろ。深夜徘徊なんて親が心配するぞ」


 相手の顔は暗闇に紛れてあまり見えなかったがぱっと見た感じ社会人の顔でも大学生の顔でもなかった。


「…違うんです。僕は戸籍も無ければ人種も無い……。親も、いません」


 声からして男のようだ。少し高めで一見女性っぽいが男だ。


「ハッ、厨二病の真似か? ならさっさとママンのとこに帰るんだな」


「お願いです。一週間だけでもいいので僕を貴方の家の隅に置かせて貰えませんか」


 滋朗は良心に委ねたがふと一つのことを思い出す。

 スマホをスクロールしていた時に流れた一つの動画。

 確かとある国に住む老夫婦が道端でホームレスを見掛け、温かく家へ入れたけれどもそろそろ旅立ちなさいとそのホームレスに言ったところ「ここはお前等の家じゃない! 俺の家だ! 出ていけ!」と逆に追い出されてしまったという内容。

 そんな犯罪がもう日本に上陸したのか、と滋朗は少し哀しい気持ちになった。


(まぁSNSで日本が大量に移民を受け入れようとしている奴がいるって騒いでる奴らがいるけどな。でもネットの誤解だとかテレビ言ってたしなぁ……)


「あの、僕は犯罪者とかそんな小汚いネズミじゃないです」


「…はぁ。でも口先では何とでも言えるから。他の人頼って」


 面倒臭い奴はスルーだ、そう滋朗は心の中で呟きコンビニへと足を進めるのであった。

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