誰かの為に

 アピスの大穴近くで鳴り響く剣戟が終わると共に戦乙女ローズが尻餅をつき、次の瞬間に首をかすめるようにしてクレスが手にする魔剣アンセリオンの刃が突きつけられ勝敗を決する。


「これで百戦百敗……やる気あるのか?」


 剣を引きながら鞘に収めたクレスの言葉はローズの胸に突き刺さり、ひいてはリスナーのリオも同じく手を強く握り締めて俯く。


 相手は十二星召とはいえ全く勝負にもならず、あっという間に決められる事百戦となり全て負けている。しかもクレスはわざわざ寸止めで撃破するのを止めてくれているにも関わらず、その事実にリオは懐いていたものが思わず溢れてしまう。


「これでは、騎士失格ですね……」


「リオ……」


 そんな事はないとローズは言いかけるも、事実として自分はクレスに負け続けている。それはカードとして待機しているランとリンドウも同じ、掠り傷一つ負わされられずに負けている事が重くのしかかり、追い打ちのようにクレスが怒声を浴びせる。


「弱ければ去れ、立ち向かうなら来い、守るべきものを守れない力など何の価値もない」


 言い返せないリオが俯いた時にちょうど屋敷から布に包まれたものを抱え持つユーカが姿を見せ、同じく外に来たノヴァやタラゼド、シェダも一部始終から何があったかを察しつつ、静かに風が流れた。


 と、そこへ言い過ぎじゃねぇの? と緊張感を破るような声が聞こえて一同の視線がそちらへ向くと同時にカランコロンと独特の足音が響き、舌打ちしながらクレスが声の主の名を口にする。


「カラード・サオトメ……何の用だ、殺すぞ」


「いきなり物騒だな。いや、用はすぐに済むってーか、そこのシェダってのに用があって多分ここだろーなと勘で来たんだよ」


 剣に手をかけ抜こうとするクレスに半ば呆れつつ答えたのは十二星召が一人カラードであった。用件を述べるとクレスも剣を抜くのをやめ、名前を告げられたシェダも驚きつつも一歩前へ出ると、くるりとノヴァの方に向いて勢い良く頭を下げ申し訳なさそうに意思を伝えた。


「ノヴァ、タラゼドさんすまねぇ。俺、一度旅から抜けます!」


「ど、どうしてですかシェダさ……」


 シェダの言葉に目を大きくしたノヴァの言葉をすっと手を前に出してタラゼドが阻止し、代わりに何故ですか? と冷静に問い、シェダも頭を上げて自分の手を見つめながら思いを零す。


「皆といるのが嫌になったとかじゃないっす。むしろ、いる為に強くならなきゃなって……でもその為にはちゃんと修行し直さないとって思って……そんな時にカラードさんが来た、だから……」


 仲間を思うが故の心意気にノヴァも納得せざるを得ず、タラゼドも静かに頷いてカラードの方へ目を向ける。


「とのことです。相変わらずあなたの勘は良すぎるのはともかく、シェダさんの事をお任せしてもらえますか?」


「おう任せろ。そんな気がしたからオイラもここに来たんだし……ま、そっちの都合もあるから短期間で仕上げるが、その分火力強めでやるから覚悟しろよな」


 ニッと笑うカラードの方へシェダは進み、あっと何かを忘れたと思ったようにノヴァとタラゼド、リオが視界に入るように振り返ると大きく頭を下げ、それからカラードと合流し彼と共にアピスを後にする。


 そんなシェダの姿を見たリオもまた、深呼吸をしてから両頬をパンッと叩いて目に光を灯すと、応えるようにローズもまた剣を拾い直す。

 それを見たクレスはユーカを呼ぶと、彼女は持ってきた布に包まれたものをリオに手渡し布を取らせる。


「これは……ガーネット家の家宝、霊剣アビスでは?」


「あぁ、本来はアンディーナ騎士団団長に貸し与えるものだが今の団長よりはお前の方が持っていた方がいいだろう。そいつをアセスにして使いこなせるまで鍛えてやる、構えろ」


 クレスの家に伝わる家宝の事はリオも聞き及んでいる。そして今の騎士団には霊剣アビスを扱える者がいないとも。

 今自分にそれが渡された事や、クレスがアセスという言葉を使った事から霊剣もまた意思を持つ剣であること、そして鍛えてくれると言った事からリオは霊剣を手に取り抜こうとする。


 が、銀の鞘に収まる霊剣はビクともせず、鍔に嵌る瞳のような青の玉石が静かに光り意思を発し始めた。


「あのさー、簡単にウチを使えると思わないでよねー」


「えっ……あ、はい、申し訳ありません」


「クレスもさー、ウチをホコリだらけのとこに……」


「黙れ喧しい叩き折るぞ」


 ユーカに取ってこさせる際に口喧しいと言ったクレスの言葉の意味をリオは理解しつつ、ひとまず失礼しますと言って霊剣アビスを腰に携えた。

 まずは自分が強くならねばアビスも認めてはくれない。そしてクレスの意図やその先も見え、より一層気が引き締まる。


 刹那にローズが翼を広げ低空飛行でクレスに切りかかり、すかさず魔剣アンセリオンを抜いて鍔迫り合いとなり戦いが始まると、ノヴァはぐっと手を握り締めて胸に手を当てた。


「僕も、強くならないとですね……皆さんの為に、役に立ちたい」


 カードの扱いもまだ未熟なノヴァにタラゼドはそっと肩を手に置き、彼女が見上げるのに合わせ微笑みながら頭を撫でてやる。


「あなたも旅を始めた頃より逞しくなりましたね」


「でもまだまだです。もっと、皆さんのお役に立てるように……」


「今はその気持ちだけで十分です。必要な時にあなたの存在が、その思いが役立つ時が必ず来ますからね」


 優しく語られたタラゼドの言葉は焦りの色を消し去り、ノヴァの心を鎮めていく。いつかの為にできる事は何か、思い続ける事の意味とは何か、少しずつ整理していき自分が今すべき事を導き出す。


「タラゼドさん! ネビュラ捕まえる為の術を考えましょう! 手伝います!」


「ありがとうございますノヴァ。ではルナール様とも相談しつつ考えてみましょう」


 それぞれがやる事を見つけて備えていく。そうした姿を屋敷の中からルナールは一人眺めつつ、在りし日に自分を負かした存在の事がふと浮かぶ。


「あやつにもそういう仲間がいた、な…

…紡がれる意思、か」


 手にする茶菓子を口にしながら呟くルナールの表情は穏やかで、今ならばと思いつつ静かに微笑んでいた。


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