第3話 疑似体験

登録が完了した後、講習へ向かうことになっているのだが、例によって道がわからない。なんで上に行った後引き返して下に潜らねばいかんのか。

ということでさっきの事務員さんと早速話すことになってしまった。決して嫌なわけではない。

昨日についてもよくわからないが、この表示されている連絡先の電話機見たいなマークを押せば電話が繋がるのだろう。

知らなかったのだが、あの事務員さん外島美月って名前なのか。覚える気はない。


「どうしましたか?」


「あの案内板なんですかど、なんであんな上行った後戻って下行くというあほみたいな行動をしないといけないんですか?僕は早くたどり着きたいんですけど」


俺がこう言うと、なんか奥で笑い声が聞こえた。

その声は倉庫の中で殴られた時と同じ声だったが、不思議と嫌な気がしない。

嫌な気はしないのだが、人数が多いのはどうなのだろうか。

一応俺は外島さん……さっき案内してくれた事務員さんと喋っているのだが。


「すみません、音量を無駄に大きくしていたせいで周りの人にも聞こえていたみたいです。えっと、質問の件なのですが、案内板では上向き矢印は前、下向き矢印は後を意味します。なのでおそらくその矢印では後へ行けと言う意味です。知らない人がいるのは想定外でした」


……やっぱり危害を与える人かもしれない。

俺は教えてくれと言っただけなのに前にも後にも、案内板で言う上向き矢印にも下向き矢印にも不要な情報をつけたしやがった。

が、役に立つのは否定できないのである。

俺は教えてもらった通りに案内板に沿って進んで、講習の場所に着いた。

中には無駄に高い机やスクリーンがあったのだが、そんなことはどうでもいいくらいに威圧感のある俺より二回りほどデカくて筋肉もおかしなことになっている人が立っていた。


「こんにちは。第二級冒険者の一幡遼だ。今後も世話になる……なられる側かもしれないが、よろしく」


ただ、とっつきにくい人でないようで良かった……良かったのだが、なぜか俺の目の前に拳を突き出されて、俺は困惑してしまった。

五年以上外に出ていない俺にとって、外の文化と言うものは姉に言われた部分しか理解できていない。

さっきの案内板の話も含めて、俺には

これは何なのかわからないが、俺も真似して彼の拳の前に俺の右腕の拳を突き出してみると、一幡さんは笑顔になってくれた。どうやら正解みたいだ。俺はこの人の名前は覚える気がある。


「まず講習だが、正直ダンジョンの中の空間を理解してもらわないと分かりづらい部分が多い。そのため、このVRゴーグルと戦闘服を装着してダンジョンのような空間で襲ってくる敵と戦ってもらいたい。戦闘不能となるくらいまでのダメージを負ったらそこで終了だ」


そう言われて何もない白い部屋に俺は一人で入った。

横には、殺傷能力のない武器があった。

特に何も使い方がわからないから感覚である程度使えそうなものを選ぶ。

槍は無しだ。速さはあってもうまく当てられる自信はない。

至近距離に来ることを考えて、短剣のほうが良さそうだ。投げれば当たるはず。

後は、弓は発射までに時間がかかる。この銃なら何とか右手で短剣を振り回している時に気づかれないように撃つことは可能だろうと思い、銃を腰にかける。

後、スタンガンのようなものがあったから発動時間を考えて初手で相手の動きを制限するためにズボンの左ポケットに入れた。

それ以外のものは使えそうになかった。盾などは中に入り込まれたら終わりだから、戦闘服の防御力も考えて、使わないことにした。

そして、準備ができたと一幡さんの方に合図を送って、戦闘開始だ。

敵は十体で、一瞬見回したがさっき俺の見えていた範囲にしか敵はおらず、俺から等しい距離をとって近づいてくる。想定していたよりも多いが、パニックになるほどではない。

ただ、異常に速い。動きは直線的だから対処しようはあるだろうが、もし戦闘不能時にこうなったら終わりだ。

後、驚いたのはその見た目だ。

何というか、人間でも何とか意思疎通が可能な獣のように思える。

生物とは思えないような見た目を想像していた俺は少し拍子抜けしていたが、それでも敵なのには変わりない。

しっかりと敵と認識するために十体の個体を敵の英単語enemyのEをとって一番右から反時計回りにE1~E10と認識した。

俺はその中の一番大きいえE4に狙いを定めて銃を発射した。

間違いなく銃弾は俺の狙った方向に飛んでいった、が、避けられた。

流石に銃弾を見て避けるなんてことはあいつらの身体能力でも不可能なはず。

だから、俺の銃口の方向を見て避けたのだろう。銃口を見られたら銃は使い物にならなさそうだ。

しかし、これでE4のタイミングが少し遅れた。

すぐ他の個体が減速してタイミングを揃えてきたが、あいつらが俺の目の前に来た時に撃ったら各個体の連携を乱すことが可能なはず。

そう思い、俺はギリギリまで引きつけて少し右にズレる。

一番E1がブレーキをかけるが、間に合わず俺と衝突する。

俺はそれを右腕のスマートウォッチのような何かで受け止めた。

どうやらこの戦闘服は衝撃まで再現するようだ。

E1の体重は大きさから俺の半分ほどとみたが、間違ってないようだ。そこまでの衝撃ではない。

ただ、もろに受けたら背後、つまりE10からの攻撃は必至だ。

俺は右腕の衝撃を受け流すように右腕を回してその力を使って体を捻って一番E1から見て左の場所に座り込む。

すると、一番E1は一番E10と激突して互いにダメージを受けて止まった。

ここで俺は銃を左手で持って、E1の側面に向けて発射。

E1は銃口が見えているため当然回避することに成功したが、後にいたE2は銃口が見えていないため直撃。

先ほどのE1とE10の衝突よりは大きいダメージを喰らわせることに成功した。

まだ止まらない。

俺はE1の背後を通ってE2に迫った。

想定外なことに、さっきの銃弾はE2の体を貫通しないどころか少し抉って地面に落ちるにとどまった。

あいつらの体は俺の予想より遥かに頑丈だから、打撃で明確なダメージを負わせることは困難と判断したがゆえに、E1への攻撃は行わないことにした。

E1が後へ飛んで背面蹴りをしたことによって少しバランスを崩して倒れ込んだものの俺はE2のすぐ目の前まで到着した。

そして右手に短剣を持って、銃弾が当たった部分へバックスピンがかかるように投げる。

E2は避けたが、それはフェイントだ。

銃弾なら小さいから体を回転させることだけで回避することが可能だが、短剣の大きさになると空中に浮く回避行動を強いられる。

そして、空中では胴体を大きく動かすことは不可能だ。

俺はポケットから出して左手に持っていたスタンガンを銃弾が当たったところに当てて起動した。

E2は地面に倒れ込む。

スタンガンを左手に持ったまま俺は落ちていた短剣を拾う。

バックスピンをかけたので、体を伸ばせば届くところに短剣があった。

俺は短剣をスタンガンの横から差し込み、中を見て心臓の方に梃子の要領で刃を動かした。

その時点でE2は絶命した。

しかし、俺のダメージも甚大なものになっていた。

E3などの前からの攻撃は何とかE2を盾にして防いでそこまでになっていなかったのだが後ろのE1とE10からの攻撃は致命傷を防ぐために胴体を捻るくらいしかできず、蓄積していた。

俺は最後の勝負に出た。

E2は比較的小さな個体であったため、持って振り回すことができた。

俺は体力の消耗が激しいであろうE1を目掛けてE2の四本中二本の足を持ってE1の顔面に叩きつけた。なんとこの戦闘服はこういうのまで再現できるらしい。結構重い。

こいつらの身体能力は並外れているが、個体自体は大きいわけではない。

だから、叩きつけるものが大きい場合は完全に避けることはできない。

E1は高く飛び上がったものの、四本中三本の足に当たり自由落下の形となった。

俺は一回転してもう一回E2の死体を横薙ぎに振るう。

今度は完全に胴体を直撃して奥へ弾き出された。

守ろうとするE10をE2を盾にして受け流し、E1のところへ走る。

胴体がグチャグチャになったE1のところへE2を振り下ろし、頑強な肋骨を折って何とかE1も絶命させることに成功した。

そのすぐ後、脱力した俺の背中にE10のキックが決まってゲームオーバーとなった。

強すぎるだろあいつら。

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DANJON HAS NO LIMIT 三十二十一十 @no-nickname

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