第2話 登録
ここはどこだ?
銃声が耳に入ったことでそんな疑問が生まれた。
飛び起きて目を開けると視界を覆い尽くすほどの大きな石塀が視界に入る。
それをぼんやりと眺めて、俺はやっと記憶を取り戻した。
昨日、と言うよりは今日の早朝、姉に見送られて俺の視界の端にある門に入った。
そしてその門を警備している人がいて、てっきり止められるのかと思ったら、その人が寝ていて、頭の中が空っぽになったような状態のまま数十メートル歩いた。
ここまでが俺の記憶だ。おそらく気絶したのだろう、なんか情けない。
とにかく、俺の手荷物の中に姉のメモが入っているはずだと思って手荷物を探す。
しかし、あたり一面見回しても見当たらない。
盗まれたのか、なんて思ってしゃがみ込んだらなんと背中から出てきた。俺は気絶前も気絶後も醜態を晒さねばならないようだ。
しかし、見回したことによって大まかな構造が把握できた。
まず、このダンジョン区画の大部分が地下一階くらいの高さまで掘られている。
そして、探索者事務所と白くて太い文字で書かれた黒っぽい建物は地下階と地上階に分かれている。
姉のメモを小さなカバンの中から取り出すと、次のようなことが書かれていた。
・まずはちゃんと探索者事務所で探索者登録をして、講習を受けること。間違っても何もせずに単身でダンジョンに挑んで大怪我して帰ってくるなんてしないように
・事務所の中の売店でテントと寝袋が持たせたお金で十分に買える値段で売ってあるはずだからまず先に購入すること。雑魚寝は健康にも悪いし何よりカッコ悪い
・詐欺とかには引っかからないこと。あの中はどうやら全然警察が入ってこなくて職員さんが治安を維持しているみたいだから詐欺かけられたからって相手を殴っても晴空が一方的に悪いことになる
……あの人は本当に俺のことを天才だと思っているのだろうか。
少なくても俺がすると想定されていることはあまりにも馬鹿すぎるのだが。
もしくは姉がこれしか想定できなかったとか……
もしそうだとしたらまともに俺のことを誤魔化せる気がしない。
まあおそらくどちらでもなくて、ただ単にふざけているだけなのだろうが、ここはもう少し今後に安心できるようなことを書いてほしかった。
とにかく、姉のメモ通りに掘られた部分へ降りて探索者事務所へと向かう。
なんとご親切に登録はこちらと案内板があったのだが、全く何にもない上を指している。
こんなものは無視して歩き回って登録する場所を見つけた。
「ご登録はこちらでぇす」
と他の人に比べて随分服を着崩した女の人がやや前のめりな体勢で変な声を出していたのだが、姉からこう言う人は大抵仕事ができないから姿勢が正しくて真面目そうな人にやってもらうようにと言われた。俺の姉はこんな事務員がいるのを想定しているなんてエスパーだろうか。
真面目そうな人がどんな人かはわからないが、とりあえず姿勢がまっすぐでメガネをかけて落ち着いている人の方に行った。
その人は一切表情を崩さずに感情のこもっていない声で言った。
「ご登録ですか?では身分の証明できるものを提示してください」
そう言われてマイナンバーカードを差し出そうとカバンから出すとすでにマイナンバーカードは俺の手元になくて、目の前の人はもう俺のマイナンバーカードを見ながらものすごいスピードでパソコンを打ち込んで、たった10秒ほどで作業が終わってマイナンバーカードが返された。
そして、その後も手際良いんんてレベルではない人間離れしたスピードで作業し、作業を止めたと思ったら腕時計という名の手首時計などではないガチの腕全体に巻く時計のようなものを持ってきた。
「こちらは六級探索者であることを示すスマートウォッチです。現在は六級なため黒ですが、五級なら白、四級なら黄、三級なら赤、二級なら青、一級なら紫と自然に色が変わっていきます。級の切り替えはポイント制で自動で行われるので勝手に色が変わっているなんてこともありますが、問題はありません」
「冠位十二階……」
俺は色の順番を聞いてふと思ったことが口からこぼれただけなのだが、先程までほとんど感情を見せなかったこの人がなぜだかものすごい形相で食いついてきた。
「そうなんですよ!今まで登録した人は誰もこの色に興味がなくて反応してくれた方あなたが初めてですよ。氏姓制度から実力主義へ日本が切り替わる第一歩だったって言うのに皆さんの中での記憶が薄くて……ってすみません。まだ説明の途中でしたね」
彼女は咳払いして先程のような無表情に戻った。
さっきのはなんだったのだろうと思いながら俺は少しだけ後ずさった足を戻して再び説明を聞いた。
「このスマートウォッチはベルトも本体部分も通常のスマートウォッチと比べると比べ物にならないほど大きめに作られています。なぜなら、ダンジョン内で異常事態が発生した、または自分が致命的な怪我を負った場合に本体横のボタンを押すと救援を呼ぶと同時に防犯フィルムのようなものが飛び出し、一時的に身を守るような仕組みになっているからです。結構重いですが、日頃からつけておくようお願いします」
そう言われて、それを装着してみる。
思いが、なんとか耐えることはできる。
一学年分の教科書を入れた袋を腕の上に乗せているイメージ。
「すごいですね。実はそれ3.5kgあるんですよ」
……すごく重い。
なんで重さ言ったんだよ。俺の中の確証バイアスが邪魔してくるじゃねえか。
まあ常に3.5kgの負荷が腕にかかっているって言うのは絶対に知っておいたほうがいいのだが。
「防犯フィルムのようなものが出てくるにしても、こんな重くする必要ありますか?」
「たとえば、銃火器を使用する場合は、重いものをつけていると反動を軽減することができて次の発射体勢に移りやすいですし、万が一自分に襲って来たとしても一発目
を腕で防ぐ場合重いほうが体勢が崩れにくいです。実は軽いものもあるのですが、月ヶ瀬さんの場合15歳とのことで筋肉も未発達ですし断然そちらをお勧めしますよ」
今は動きにくいが、それでもおそらくないよりはあったほうが戦いやすい。
というか今更だが、敵がいるのは全く知らなかった。
「あとは、このスマートウォッチ……と言うかほぼ携帯端末の機能ですが、かなり多いので基本的には講習で説明してもらいます。ですが一つだけ紹介しておきますね。少し貸してください」
そう言って俺のスマートウォッチのような何かを左手で持って、彼女の右腕のスマートウォッチのような何かとくっつけた。
よくわからんが、女性でこれを涼しい顔して持っていると言うのはよく考えたらすごい。
俺の姉も涼しい顔して持ってそうだがそれは少し違う。
「できました。この通話の画面を両方が開いてくっつけると連絡先を画面に表示することができます。つまり、あなたの画面には私の連絡先が表示されています。また歴史の話しましょうね」
ほとんど感情を表さなかったのに、目の前の彼女は怖いくらいに笑顔だった。
反応に困って苦笑いしていると、なんか補足してきた。
「事務員の誰かの連絡先を持っていると言うのは基本的にメリットが大きいですよ。特に月ヶ瀬さんは未成年ということで私は成年してますからその点においてもメリットがありますし。だからブロックとかしないでください、ね」
最後の「ね」は笑顔だったのになぜか俺は戦慄していた。
ブロックが何なのかはわからないが、なぜか何となく意味がわかってしまった。
姉にはこういう笑顔で俺を怖がらせてくる人とは適切な距離を保つようにと言われているのだが、その肝心の適切な距離を保つ方法を全く持って教えてもらえてない。
まあ俺も姉から教えられた話の中では歴史は興味あるほうだったし、多分この人は俺に危害を与える人じゃない。大丈夫、恐れることなんてない。
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