第2話

高橋先生に連れられて入った資料室は、埃っぽい匂いがした。奥まった場所にあるその部屋は、まるで学校から忘れ去られた場所のようだ。

​「ここなら、誰も来ないから話せるわ」

​先生はそう言って、話し始めた。彼女が口にしたのは、この学校に伝わる「呪いの噂」だった。

​「この学校の生徒たちの間で、『呪術師』の噂が広まっているの。恨んでいる相手の個人情報をネットに書き込んだり、写真をSNSにアップロードしたりすると、相手に呪いをかけることができるって」

​俺は眉をひそめた。それは、単なる陰口やネットいじめがエスカレートした、現代版の呪術の話だった。

​「最初は、ただの悪ふざけだと思ってた。でも、沙耶さんのいじめが始まってから、その噂が現実味を帯びてきたの」

​先生は、悲しげな声で続けた。

​「沙耶さんのいじめは、最初から悪質だった。彼女の悪口が書かれた匿名のメールが、クラス全員に送られてきたり、彼女の写真がネットに晒されたり…。まるで、見えない誰かが糸を引いているみたいだった」

​沙耶の部屋で感じた邪気、そして俺が学校で感じた邪気。それは、単なるいじめの感情から生まれたものではない。

​「…先生、その『呪術師』って、誰なんすか?」

​俺がそう尋ねると、先生は大きくため息をついた。

​「それが、わからないの。ただ…」

​先生は言葉を濁した。俺は、先生が何かを隠しているのを感じ取った。

​「…先生、もしかして、心当たりがあるんですか?」

​俺の問いに、先生は何も答えなかった。しかし、その瞳には、深い後悔と、ある人物に対する心配の色が浮かんでいた。

​謎の深まる呪術師

​俺は、職員室を出て、再び千恵にもらった弁当を手に、屋上へと向かった。

​頭の中で、高橋先生の話を反芻する。「呪術師」の噂。そして、その呪術が引き起こす邪気。沙耶のいじめは、その呪術の被害だったのかもしれない。

​そして、その呪術師が、もしかしたらこのクラスにいる。

​「…まさか、立花が呪術師なのか?」

​俺はそう思ったが、すぐに考え直した。立花は、いじめの中心人物かもしれない。でも、彼の目に見えた邪気は、呪術師自身のものではない。まるで、誰かの呪いの影響を受けているかのようだった。

​「…もし、立花も被害者だとしたら…?」

​俺の頭の中で、パズルのピースが少しずつ繋がっていく。呪術師は、立花を使って沙耶をいじめていた。だから、立花もまた、邪気に侵されていたんだ。

​「だとしたら、呪術師の本当の目的は、一体何なんだ?」

​高橋先生は、何かを知っている。そして、俺に言えない、ある人物を心配している。

​その人物は、もしかしたら…。

​俺は、思考を巡らせながら、弁当を口に運ぶ。この事件は、俺が想像していたよりも遥かに深く、そして複雑だ。でも、だからこそ、探偵としての血が騒ぐ。

​「…こうなったら、片っ端から調べてやるぜ」

​俺は、再び立ち上がり、この学校に巣食う邪気の元凶、そしてその裏に潜む呪術師の正体を暴くべく、動き出すのだった。


​放課後、俺は再び屋上に来ていた。高橋先生の話を聞いてから、頭の中がぐるぐるしている。

​「呪術師…か。なんだか中二病くせぇけど、邪気の元凶がそれなら納得いく」

​沙耶のいじめも、蛍光灯の落下も、そして立花の目に宿っていた邪気も、すべてが一人の「呪術師」の仕業だとしたら、すべてが繋がる。

​「それにしても…」

​俺は空を見上げながら考える。高橋先生は、その呪術師について何か知っている。そして、その相手を心配している。先生が心配する生徒…それは、一体誰だ?

​俺はリュックから、千恵が作ってくれた最後の弁当の空き箱を取り出した。あの弁当の卵焼きは美味かったな、とか考えてたら、ふと、千恵の顔が頭に浮かんだ。

​昨日、千恵が祠の前にいたこと。そして、家賃を払った俺を見て、何か言いたげな顔をしていたこと。

​「…まさか、千恵が…?」

​いや、それはあり得ない。千恵は、俺が探偵と陰陽師を掛け持ちしていることも知っているし、こんな危険なことに手を出したりするような奴じゃない。でも、もし千恵が何かに巻き込まれているとしたら…?

​俺は、自分の勘を信じ、千恵が昨日いた祠に向かうことにした。

​祠の前に再び

​学校からチャリを飛ばして、例の祠へと向かう。夕日が空を赤く染め、昼間とは違う不気味な雰囲気が漂っている。

​祠の前には、昨日と同じように、誰もいなかった。だが、俺は祠から発せられる、微かな邪気を感じ取っていた。

​「赤鬼くん、ちょっとこの祠を調べてくれ」

​俺がそう頼むと、赤鬼くんは「へいっ!」と返事をして、祠の周りを調べ始めた。しばらくして、赤鬼くんは興奮した様子で戻ってきた。

​「ご主人様!祠の下に、何か埋まってるぜ!」

​俺は、赤鬼くんの言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。まさか、呪いの元凶が、この祠の下に…?

​俺は、スマホのライトを照らし、祠の周りの地面を掘り始めた。土を掘り進めると、硬いものに当たった。それは、小さな木箱だった。

​中には、誰かの写真が入っている。それは、この学校の生徒の顔写真だった。

​そして、その写真の下に書かれた名前を見て、俺は息をのんだ。

​「…立花、蓮」

​写真に写っていたのは、今日俺に足を引っ掛けようとした、不良の立花蓮だった。

​「…やっぱり、立花は被害者だったのか」

​俺の推理は当たっていた。立花は、誰かの呪術によって操られていたんだ。

​俺は、木箱の中の写真をすべて確認した。そこには、立花蓮以外にも、この学校の生徒たちの写真が何枚も入っていた。その中には、沙耶の写真も含まれていた。そして…

​俺は、一番下に隠されていた、小さな紙切れを見つけた。そこには、俺のことが書かれていた。

​「…安倍アキラ…」

​そして、その紙切れには、誰かの筆跡で、こう書かれていた。

​「…次はお前だ」


​承知しました。それでは、アキラの視点で物語の続きを執筆します。黒幕であるオタクくんの正体が、じっくりと、ゆっくりと明かされていくように進めます。

​黒幕の影

​祠の下から見つけた木箱には、立花蓮をはじめとする、この学校の生徒たちの写真が入っていた。そして、一番下に隠されていた、俺の写真と「次はお前だ」と書かれた紙切れ。

​「…俺も、呪いの対象になってるってことか」

​俺は、木箱をリュックにしまい、その場を後にした。

​翌日、俺は学校の屋上で、昨日見つけた木箱の中身を広げていた。

​「立花蓮、柿崎沙耶、そして俺…」

​写真に写っている生徒たちをじっと見つめる。みんな、クラスでは目立つタイプ。いじめっ子だったり、いじめられっ子だったり、俺みたいに転校生だったり。共通点は、特にないように見える。

​しかし、共通点がないように見えることこそが、この事件の鍵なのかもしれない。

​「…無差別…?」

​誰が、何のために、こんなことを?

​俺は、写真の裏に何も書かれていないか確認してみる。すると、何枚かの写真の裏に、小さな文字で、まるでメモのように日付と時間が書かれているのを見つけた。

​「…これは、呪いをかけた日時か…?」

​俺は、その日付と時間をもとに、写真に写っている生徒たちの身に起きたことを思い出した。日付と時間が、いじめが始まった時期や、何かが起きた時期とぴったり一致する。

​「…やっぱり、これは、呪術だ」

​俺は確信した。そして、この呪術師は、この学校の生徒の中にいる。

​俺は、昨日高橋先生が話してくれた「呪術師」の噂を思い出す。ネットに個人情報を書き込んだり、写真をSNSにアップロードしたり…。

​「…ということは、ネットに精通している奴か?」

​そう考えると、一人だけ思い当たる人物がいた。転校初日に俺の「夜露死苦!」という挨拶に爆笑した、あのオタクくん。

​彼の名前は確か…鈴村健一。

​鈴村は、いつもスマホやPCをいじっている。休み時間もずっと、一人でスマホの画面をタップしているのを見かける。

​「…まさかな」

​俺は、頭の中で鈴村の顔を思い浮かべる。あの、にやにやとした、気の弱そうな顔。彼が、こんな悪質な呪術を操っているなんて、とても信じられない。

​でも、俺の勘は、彼こそがこの事件の鍵を握っていると告げていた。

​俺は、鈴村に接触してみることにした。

​オタクくんの正体

​放課後、俺は鈴村がよくいる、図書室に向かった。案の定、彼は一番奥の席で、分厚い専門書を読みながら、ノートパソコンをいじっていた。

​「よお、鈴村」

​俺が声をかけると、彼はビクッと肩を震わせ、眼鏡を押し上げた。

​「あ、安倍くん…どうしたの?」

​「いや、ちょっと聞きたいことがあってさ」

​俺は、そう言って、彼の向かいの席に座った。

​「…鈴村、最近、この学校で『呪術師』の噂が広まってるって、知ってるか?」

​俺がそう切り出すと、鈴村は一瞬だけ表情を硬くしたが、すぐにいつものにやけた笑顔に戻った。

​「え、なにそれ?…なんか面白そうな話だね!」

​彼はそう言って、わざとらしく笑った。だが、その笑い声は、どこか不自然だった。

​「…とぼけるなよ。お前、知ってるんだろ?」

​俺が真剣な表情でそう言うと、鈴村は眼鏡の奥の瞳を俺からそらした。

​「…なにを言ってるのか、さっぱりわからないな…」

​俺は、ポケットから携帯を取り出し、沙耶の部屋で撮った、バキバキに割れたスマホの写真を彼に見せた。

​「これ、柿崎沙耶の部屋にあったスマホだ。この画面、お前のPCの画面と、なんか似てるんだよな」

​俺の言葉に、鈴村の顔色が変わった。彼は、無言で俺の携帯をじっと見つめていた。

​「…やっぱり、お前なんだな。このいじめの元凶、そして…呪術師は」

​俺がそう言うと、鈴村はゆっくりと顔を上げた。その顔には、先ほどまでの気の弱そうな笑顔はなかった。

​代わりに浮かんでいたのは、ゾッとするような、歪んだ笑みだった。

​「…ふふふ、さすが、安倍アキラ。まさか、そこまで辿り着くなんてね」

​彼は、そう言って、俺の目をまっすぐに見て、ニヤリと笑った。

​「…俺が、この学校で最強の呪術師だって、気づいちゃったかな?」

​鈴村の声が、図書室の静寂に不気味に響き渡った。


放課後の取引___

​「こんなところで話すのは、ちょっとね」

​鈴村はにやにやと笑いながら、そう言った。

​「…周りに影響を与えうるから、かな?」

​俺がそう皮肉を言うと、鈴村は眼鏡を押し上げながら「さすが」と呟いた。

​「この図書館は、俺の呪術を増幅させる霊的なパワースポットなんだ。万が一、君に呪いをかけることになったら、学校に迷惑がかかる。だから、続きは下校中にしよう」

​鈴村はそう言って、ノートパソコンをカバンにしまう。その手つきは、どこか楽しそうに見えた。

​「…面白そうじゃん。いいぜ、受けて立つ」

​俺はそう言って、鈴村の後に続いた。

​下校の道

​学校を出て、人通りの少ない裏道を歩き始める。夕日がビルの間に沈み、街全体がオレンジ色に染まっていた。

​「で、話ってなんだよ?」

​俺がそう尋ねると、鈴村は立ち止まり、俺に向き直った。

​「…君、お金に困ってるんでしょ?」

​鈴村の言葉に、俺は一瞬、言葉を失った。

​「な、なんでそれを…」

​「探偵事務所のホームページ、見てるからね。それに、君の幼なじみ、新沼千恵さんが事務所の前に来てるのも、よく見かけるよ」

​鈴村は、まるで俺の全てを知っているかのように、俺の私生活を語り始めた。

​「君は、お金が欲しい。俺は、君に頼みたいことがある」

​鈴村はそう言って、不敵な笑みを浮かべた。

​「君には、俺の『呪い』を手伝ってほしいんだ」

​鈴村の言葉に、俺はゾッとした。

​「冗談じゃねえ。俺は、人の不幸でお金は稼がない」

​俺がそう言い放つと、鈴村はクスリと笑った。

​「…それはどうかな?」

​鈴村はそう言って、俺のスマホに、あるサイトのURLを送ってきた。それは、沙耶がネットで誹謗中傷を受けていたサイトだった。

​「見てごらん。君の幼なじみ、新沼千恵さんも、このサイトのメンバーだよ」

​鈴村の言葉に、俺は信じられない思いでスマホの画面をタップした。そこには、千恵の名前と、彼女が沙耶の誹謗中傷に加担している証拠が、はっきりと残されていた。

​「嘘だ…!」

​俺は、頭が真っ白になった。

​「…信じられない?でも、それが現実だ。彼女は、君が呪術を扱う世界で、唯一の友人だった。だが、彼女は、君を呪いの世界へと引きずり込んだ、共犯者なんだ」

​鈴村の声が、夕闇に響き渡る。俺は、信じられない事実に、ただ立ち尽くすしかなかった。


悪魔の誘い

​「君に、俺の**『呪い』**を手伝ってほしいんだ」

​鈴村は、そう言って手を差し出してきた。その手は、まるで悪魔の誘いだった。

​俺は、頭の中で、千恵が沙耶をいじめていたという事実を反芻する。信じたくない。だが、鈴村が俺に見せたサイトの画面は、確かに千恵が関与していることを示していた。

​俺は、千恵の真実を知りたい。でも、そのためだけに、人を不幸にする呪術を手伝うなんて、探偵としても、陰陽師としても、そして人間としても、絶対にやってはいけないことだ。

​俺は、静かに鈴村の手を払いのけた。

​「悪いが、その手は取れない」

​俺がそう言い放つと、鈴村は顔から笑みを消した。その目は、まるで感情のない人形のようだった。

​「…どうして?お金に困ってるんでしょ?それに、君の幼なじみの真実も、知りたくない?」

​鈴村の声が、一気に冷たくなった。

​「確かに、俺は金に困ってる。千恵のことも、信じたくない。でもな、だからって、お前みたいな奴の**『呪い』**に加担するなんて、絶対にあり得ない」

​俺はそう言って、鈴村をまっすぐに見つめた。

​「俺は、探偵兼陰陽師だ。探偵は真実を暴き、陰陽師は邪気を払う。お前みたいに、邪悪な力で人を不幸にする奴は、俺の守備範囲外だ」

​俺の言葉に、鈴村は一瞬、呆然とした表情を浮かべた。しかし、すぐにその表情は、怒りと憎悪に変わった。

​「…ふざけるな…!俺の…俺の力を、そんな言葉で否定するのか…!」

​鈴村はそう叫び、全身から黒い邪気を放ち始めた。その邪気は、まるで生き物のように蠢き、彼の体を覆っていく。

​「…なんだ、それ…」

​俺は、あまりの邪気の強さに、思わず後ずさりした。

​「俺は…!この世界で…!最強の呪術師なんだ…!」

​鈴村の体は、邪気に包まれ、みるみるうちに巨大化していく。彼の背中からは、鋭い角が生え、顔には鬼のような模様が浮かび上がった。

​「ぐおおおおおおおおおおおっ!」

​鈴村は、人間とはかけ離れた、禍々しい姿に変わっていた。

​「…これが、お前の本当の姿か…」

​俺は、そう呟き、リュックから護符を取り出した。

​「だが、残念だったな。俺は、お前みたいな『鬼』を退治する専門家でね」

​俺はそう言って、護符を構えた。

​夕闇の中、アキラと、鬼と化した鈴村の戦いが、今、始まった。


守備範囲外の強敵

​俺は、鬼と化した鈴村の禍々しい姿に、一瞬、たじろいだ。こんなに強力な邪気は、これまで感じたことがない。

​「…赤鬼くん、青鬼くん!助太刀頼む!」

​俺がそう叫ぶと、俺が使役している式神、赤鬼くんと青鬼くんが姿を現した。

​「へいっ!ご主人様!」

​「承知仕りました!」

​二匹の鬼は、俺の前に立ち、鈴村を睨みつけた。しかし、鈴村から放たれる圧倒的な邪気に、二匹の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。

​「…ご、ご主人様…!こいつ、やべぇっすよ…!」

​「こ、これは…我々の守備範囲外…!」

​赤鬼くんと青鬼くんは、鈴村から放たれる邪気に耐えきれず、震えながら後ずさりした。

​「どういうことだよ!お前ら、鬼だろ!」

​俺がそう叫ぶと、赤鬼くんは震える声で言った。

​「だ、だって…!こいつ、ただの鬼じゃねぇっすよ!もっと、もっとヤベェ、業鬼の気配がする…!」

​「…業鬼…!?」

​俺は、赤鬼くんの言葉に、信じられない思いで鈴村を見つめた。

​鈴村は、にやりと口角を歪め、俺たちに近づいてきた。

​「…ふふ、そうだ。俺は、この世界で最強の業鬼だ」

​鈴村の声が、夕闇に響き渡る。その声は、もはや人間の声ではなかった。

​「お前らみたいな、下級の鬼なんかに、俺の邪魔はさせない」

​鈴村が手をかざすと、黒い邪気が赤鬼くんと青鬼くんを襲った。二匹は悲鳴を上げ、消滅してしまった。

​「…赤鬼くん!青鬼くん!」

​俺は、二匹の消滅に、絶望した。

​「さあ、安倍アキラ。お前の番だ」

​鈴村は、そう言って、俺に襲いかかってきた。

​俺は、ただただ、鈴村の圧倒的な力に、打ちのめされるしかなかった。


​承知しました。それでは、アキラが父に禁じられた強力な鬼、前鬼と後鬼を召喚する場面を執筆します。

​禁忌の符術

​業鬼と化した鈴村の圧倒的な力に、俺は打ちのめされていた。

​「ぐっ…!」

​鈴村の放った邪気に吹き飛ばされ、俺は壁に叩きつけられる。全身が軋み、激しい痛みが走った。このままでは、俺は奴に殺される。赤鬼くんと青鬼くんを失った今、抵抗する術はなかった。

​「ふふふ…どうした、安倍アキラ?お前のその力、その程度か?」

​鈴村は、楽しそうに笑いながら、ゆっくりと俺に近づいてくる。俺は、這いつくばったまま、奴を睨みつけた。

​「…まだだ…!まだ、終わってねぇ!」

​俺は、最後の力を振り絞り、リュックに手を伸ばした。その中には、父が遺した禁忌の符術が記された巻物が入っていた。父から、これを扱うことは固く禁じられていた。あまりにも強力すぎる力ゆえに、下手をすれば、使用者自身も取り込んでしまう危険がある。

​「…でも、今は…これしかねぇ!」

​俺は、巻物を広げ、そこに描かれた符術に、自らの血を垂らした。

​「父さん、ごめん…!けど、今は…頼む!」

​俺は、血のついた指で符に触れ、呪文を唱え始めた。

​「五行の理を司る者よ、今こそ、我が召喚に応え、姿を現せ…!」

​すると、地面が激しく揺れ、二つの巨大な影が、俺の背後に現れた。

​「…なんだ、それは…!」

​鈴村は、俺の背後に現れた二つの影に、一瞬、たじろいだ。

​その影は、筋骨隆々とした鬼の姿をしていた。一匹は赤鬼。もう一匹は青鬼。しかし、その姿は、赤鬼くんや青鬼くんとは比べ物にならないほど、禍々しく、そして威圧感を放っていた。

​「…我が名は、前鬼」

​「…我は、後鬼」

​二匹の鬼は、そう名乗り、鈴村を睨みつけた。

​「…まさか、お前、その禁忌の符術を…!」

​鈴村は、驚愕の表情で俺を見つめた。

​「ああ、そうだ。これが、俺の…いや、俺たちの、本当の力だ」

​俺は、前鬼と後鬼と共に立ち上がり、鈴村に向き直った。

​「さあ、来い。ここからが、本当の戦いだ」

​夕闇の中、業鬼と化した鈴村と、前鬼、後鬼を召喚したアキラの、死闘が始まろうとしていた。


​懇願と叱責

​俺は、前鬼と後鬼の圧倒的な威圧感に、思わず地面に土下座した。

​「…頼む!どうか、力を貸してくれ!」

​俺がそう叫ぶと、前鬼と後鬼は、呆れたように俺を見下ろした。

​「…貴様、我らを召喚しておいて、その態度はなんだ」

​前鬼は、重々しい声でそう言った。

​「…貴様のような半端な陰陽師が、我らを制御できるとでも思ったのか?」

​後鬼は、冷たい声でそう言った。

​「…わかってる!俺が未熟だってことは、よくわかってる!でも、今は…!」

​俺は、必死に訴えかけた。

​「…あいつは、業鬼だ!このままじゃ、俺だけじゃなく、みんなが…!」

​俺の言葉に、前鬼と後鬼は、ふっと笑った。

​「…馬鹿な奴だ。本当に、貴様のような男に、我らが力を貸す義理はない」

​「…だが、貴様がそこまでして守りたいものがあるなら…」

​前鬼と後鬼は、そう言って、俺に向かって手を差し出した。

​「…立て、阿呆」

​前鬼は、そう言って俺を立ち上がらせた。

​「…貴様の未熟さ、この戦いで、しっかりと身に刻みつけてやる」

​後鬼は、そう言って、鈴村に向き直った。

​瞬殺

​「ぐおおおおおおおおおおおおっ!」

​業鬼と化した鈴村は、怒りの咆哮を上げ、アキラに殴りかかろうと腕を振り上げた。

​しかし、その瞬間、鈴村の目の前に、前鬼と後鬼が立ちはだかった。

​「…なんだ、貴様ら!」

​鈴村は、前鬼と後鬼に、拳を振り下ろそうとする。だが、その拳は、前鬼の掌によって、あっけなく受け止められた。

​「…貴様のような、半端な業鬼に、我らが負けるわけがないだろう」

​前鬼は、そう言って、鈴村の腕を掴んだ。

​後鬼は、そんな鈴村の背後に回り込み、その背中に、ゆっくりと手をかざした。

​「…消えろ」

​後鬼の声が響き渡ると、鈴村の体から、黒い邪気が抜けていくのが見えた。

​「う、うわあああああああああああああ!」

​鈴村は、苦しみの叫びを上げ、みるみるうちに人間の姿に戻っていく。

​「…な、なんで…!」

​鈴村は、何が起きたのか理解できないまま、地面に倒れ込んだ。

​前鬼と後鬼は、そんな鈴村を一瞥することなく、静かにその場から姿を消した。そして、鈴村の体は、まるで最初から存在しなかったかのように、光の粒子となって消滅した。

​業鬼の結末

​俺は、呆然と立ち尽くすしかなかった。あれだけ強かった鈴村が、前鬼と後鬼に、たった一撃で倒された。

​「…これが、親父が禁じた、本当の力…」

​俺はそう呟き、鈴村が消えた場所をじっと見つめていた。

​すると、俺の周りの景色が、一瞬だけ揺らいだように感じた。そして、俺の頭の中に、**「鈴村健一」**という名前と、彼と交わした会話が、鮮明に残っていることを確認した。しかし、同時に、俺の知らない誰かの、彼に関する記憶が、すっぽりと抜け落ちていくのを感じた。

​「…おい、鈴村…お前、一体、何者だったんだよ…」

​俺はそう呟き、その場に立ち尽くすしかなかった。

​業鬼と化した者は、死ぬと同時に、この世から存在の記憶が消される。俺のように、異能を持つ者や、彼と直接的な関わりを持った者を除いて、だ。

​俺は、この事件の真相を解き明かすため、そして千恵の真実を知るため、再び歩き始めるのだった。


​承知しました。それでは、アキラの前に酒呑童子が現れる展開を執筆します。

​現れた酒呑童子

​鈴村が消滅し、周囲の景色が元に戻る。俺は、自分だけが鈴村の存在を覚えているという事実に、混乱していた。

​「一体、何なんだよ…」

​俺はそう呟き、その場に立ち尽くすしかなかった。すると、背後から、不意に声が聞こえた。

​「まさか、業鬼を召喚するとはな。見どころがある」

​その声に、俺はハッとして振り返った。そこに立っていたのは、見慣れた男だった。

​「…あんたは…?」

​その男は、全身に豪華な着物をまとい、腰には日本刀を差していた。顔は人間と変わらないが、その瞳の奥には、邪悪な光が宿っていた。

​「私の名は、酒呑童子」

​男はそう言って、にやりと笑った。その名前に、俺は息をのんだ。酒呑童子…日本三大妖怪の一人だ。

​「…どうして、あんたがここに…?」

​俺がそう尋ねると、酒呑童子は、楽しそうに笑った。

​「私の力の多くは封印されている。しかし、完全に封印されたわけではない。わずかに漏れ出した力が、あの業鬼や、君の幼なじみ、そして君のクラスメイトたちに影響を与えていたのだ」

​酒呑童子の言葉に、俺は驚愕した。

​「…じゃあ、鈴村や千恵が…」

​「そうだ。彼らは、私の不完全な力に魅入られ、影響を受けていたにすぎない。言わば、私の傀儡だ」

​酒呑童子は、そう言って、ゆっくりと俺に近づいてくる。

​「君は、私に興味があるだろう?私の封印を解くか、それともこのまま退散するか、選ぶといい」

​酒呑童子はそう言って、俺に手を差し出した。

​「…俺は、お前を…」

​俺は、酒呑童子の圧倒的な力に、思わず身構える。この男が、今回の事件の元凶。そして、千恵を不幸に巻き込んだ、元凶だ。

​「…俺は、お前を、この世界から消し去る!」

​俺はそう言って、再び護符を構えた。


終わらない物語の始まり

​鈴村が消滅し、俺の前に現れた酒呑童子。俺は、護符を構え、奴に立ち向かおうとした。しかし、酒呑童子は、そんな俺の行動を見て、フッと笑った。

​「…まぁ待て。そんなに急いでどうする?」

​酒呑童子はそう言って、ゆっくりと俺に近づいてきた。

​「…なぜ、邪魔をする」

​俺がそう尋ねると、酒呑童子は、楽しそうに笑った。

​「お互い、まだ準備ができていないだろう。君は私と戦うには未熟すぎるし、私も、まだ力を取り戻していない」

​酒呑童子は、そう言って、俺の肩に手を置いた。

​「…何がしたい」

​俺が警戒してそう尋ねると、酒呑童子は、にやりと笑った。

​「何、ゆっくりお話でもしようじゃないか。君の親父のこと、君のその力のこと、そして…」

​酒呑童子は、そう言って、俺の顔を覗き込んだ。

​「…君の幼なじみ、新沼千恵のこと」

​酒呑童子の言葉に、俺は息をのんだ。

​「…お前、千恵のことを知ってるのか…?」

​「知っているとも。彼女は、私の不完全な力を、偶然にも手に入れた。だから、君は彼女を、呪術師だと勘違いした」

​酒呑童子は、そう言って、俺の頭を撫でた。

​「さあ、このまま私と戦って、何も知らないまま終わるか。それとも、私の話を聞いて、この物語の真実を知るか。選ぶといい」

​酒呑童子はそう言って、俺に選択を迫った。

​俺は、千恵の真実を知りたい。そして、この事件の全ての元凶である酒呑童子の正体を暴きたい。

​俺は、護符を下ろし、静かに酒呑童子に向き直った。

​「…わかった。話を聞こう」

​俺の言葉に、酒呑童子は満足そうに笑った。

​「よし。では、始めよう。…終わらない物語を」

​夕闇の中、俺と酒呑童子の、長い長い物語が、今、始まった。

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