安倍探偵事務所裏稼業は陰陽師!

匿名AI共創作家・春

第1話

安倍アキラは、ごく普通の高校2年生だ。…と言いたいところだが、彼には探偵と陰陽師という、二つの顔があった。

​2年前、中学2年生の時、母の仇である妖(あやかし)を見つけ出した父が、そのまま消息を絶ってしまった。それ以来、アキラは父の探偵事務所と、裏稼業である陰陽師の仕事を引き継ぐことになったのだ。

​当初はなんとか家賃を払えていたものの、最近は依頼が減り、家賃を滞納する日が続いていた。このままでは事務所を追い出されてしまう。少なくとも10万円は稼がなければならない。

​そんなアキラに舞い込んできたのは、またしてもいじめ問題の調査依頼だった。依頼主は、いじめられている生徒の母親だ。話を聞くと、娘が学校でひどく無視され、持ち物を隠されたりしているという。

​「まったく、最近の依頼はどいつもこいつも、人としての道理から外れてやがるぜ」

​アキラはそうぼやきながらも、事務所のドアを開ける。彼は今日こそ、この滞納生活に終止符を打つために、いじめの真相を暴き、しっかりと報酬をいただこうと決意していた。

​彼の日常は、お調子者な高校生としての顔と、人知れず怪異と対峙する陰陽師としての顔、そして日々の食い扶持を稼ぐ探偵としての顔が複雑に絡み合っていた。いじめの裏に、ただの人間関係のもつれではない、別の何かが潜んでいるかもしれない。アキラの勘がそう告げていた。

​今回の調査、果たしてスムーズにいくのだろうか。


ピンポーン、と古びた探偵事務所のチャイムが鳴り響く。アキラは椅子に座ったまま、気だるげに返事をした。

​「はーい、今開けますよー…って、依頼主はこんな時間にアポ取ってないはずだよな?」

​ドアを開けると、そこには案の定、見慣れた顔があった。幼なじみの新沼千恵だ。彼女は、アキラとは対照的にいつもきちんとした制服姿で、少し不機嫌そうな顔をしている。

​「アキラ、また家賃払ってないでしょ?大家さんがカンカンだったんだからね!」

​千恵はそう言って、持っていた紙袋をアキラに差し出した。中には、まだほんのり温かい手作りのお弁当が入っている。

​「いや〜、ちーちゃんは相変わらず気が利くなぁ!でも、家賃は…そのうちね、そのうち!今日の依頼でガッツリ稼いでくるからさ!」

​アキラがそう言って得意げに笑うと、千恵はため息をついた。

​「『そのうち』がもう2ヶ月も続いてるの!それに、今日はちゃんとご飯食べなきゃダメだよ。あんた、ろくに食べてないんでしょ?」

​千恵の言葉に、アキラは一瞬だけ口ごもる。千恵は、口うるさいが、いつもアキラのことを気にかけてくれていた。アキラの母が亡くなって以来、千恵の母もアキラを実の子のように心配し、こうして千恵が度々様子を見に来てくれるのだ。

​「…ありがと、ちーちゃん。今日のおかずはなんだ?」

​アキラがそう尋ねると、千恵は少しだけ頬を緩めて言った。

​「あんたの好きな卵焼きと、鶏の唐揚げ。ちゃんと食べて、今日こそしっかり稼いで来なさいよ。じゃないと…あんたのお父さんが帰って来たときに、事務所がなくなってた、なんてことになったら悲しいでしょ?」

​千恵の言葉に、アキラはハッとした。父の事務所と、この家を守る。それが、2年間ずっとアキラを支えてきた原動力だった。

​「…ああ。任せとけって!今日こそ、この安倍アキラ、大活躍して見せるからさ!」

​アキラはそう言って、千恵にもらった弁当を抱え、再び決意を新たにするのだった。



柿崎沙耶の部屋

​依頼主の母親に案内され、二階の沙耶の部屋へと向かう。ドアを開けると、目に飛び込んできたのは、想像を遥かに超えた光景だった。

​部屋の中は荒れ放題。床には漫画や雑誌が散乱し、その合間には、画面がバキバキにひび割れたスマートフォンが転がっている。奇妙なのは、その壊れたスマホの画面が時折光り、LINEの通知音が止むことなく鳴り続けていることだった。

​机の上にはノートパソコンがあるが、コンセントは抜けている。それなのに、液晶画面はぼんやりと光り、何かを表示しているようだ。アキラは眉をひそめた。物理的な故障と、ありえないはずの現象が同時に起きている。

​部屋の隅っこでは、柿崎沙耶が布団を頭から被り、小さく丸まっていた。部屋の異様な雰囲気に、彼女はさらに身を縮こませているようだ。

​「…こりゃあ、想像以上だな」

​アキラは小さく呟いた。ただのいじめで、ここまで常識外れの状況になるとは考えにくい。壊れたスマホからの通知、コンセントが抜けているのに起動しているPC。これは、単なる嫌がらせの範疇を超えている。

​ベッドに近づき、「柿崎さん、大丈夫ですか?」と声をかけると、布団の中から小さなうめき声が聞こえた。沙耶は警戒するように少しだけ顔を覗かせたが、その目は恐怖でいっぱいだった。

​アキラは、この少女が抱える問題が、単なるいじめという言葉では片付けられない、もっと根深い何かであることを強く感じた。そして、100万円という高額な報酬の意味を、改めて考えずにはいられなかった。


護符による邪気の封印

​部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、アキラは肌を刺すような悪寒に襲われた。壊れたスマホや不自然に起動するPCから発せられる不穏な気配は、ただのいじめや嫌がらせではない。それは、この世のものではない、邪気だった。

​「…クソッ、やっぱりな」

​アキラは舌打ちしながら、背負っていたリュックから数枚の護符を取り出した。それは、父から教わった陰陽師の術で、霊的な存在を封じたり、払ったりするためのものだ。

​「この部屋、完全に霊道が開いてる。これじゃあ、沙耶ちゃんも休まるわけないよな」

​アキラはそう呟きながら、護符を部屋の四隅に貼り付け始めた。

​護符から放たれる清浄な気が、部屋にこもった邪気を少しずつかき消していく。まるで、淀んだ空気が浄化されていくかのようだ。すると、それまで止まらなかったスマホのLINE通知がピタリと止まり、コンセントの抜けたPCの画面もスッと消えた。

​「これで一時的には大丈夫だ。でも…」

​アキラは、布団にくるまったまま震えている沙耶に目を向けた。邪気は消えたが、沙耶の恐怖はまだ消えていない。

​「柿崎さん、もう大丈夫です。いったん邪気は封じましたから」

​アキラがそう言って優しく声をかけると、沙耶はゆっくりと布団から顔を出した。その目は、まだ不安そうに揺れていたが、先ほどのような怯えは和らいでいるようだった。

​「…ありがとう、ございます…」

​沙耶の蚊の鳴くような声に、アキラは胸を痛めた。いじめの裏に潜む邪気。そして、100万円という報酬。この事件の真相は、アキラが想像していたよりも遥かに深く、複雑なもののようだ。

​「さあ、まずはゆっくり休んでください。詳しい話は、それからでいいですから」

​アキラはそう言って沙耶を安心させると、部屋に残った微かな邪気の痕跡を辿り、いじめの元凶、そして邪気の発生源を突き止めるべく、思考を巡らせ始めるのだった。

ほんの少しの安らぎ

​部屋に充満していた邪気が消え去ると、沙耶はホッとしたように息を吐き、布団から上半身を出した。アキラは沙耶の向かいに腰を下ろし、優しく声をかける。

​「…もう大丈夫ですよ。何か、あったら…俺がなんとかしますから」

​アキラはできるだけお調子者な自分を抑え、探偵としての真面目な顔で話しかけた。

​沙耶はアキラの言葉に、少しだけ瞳を揺らした。警戒心を完全に解いたわけではないが、先ほどまでの怯えきった様子はもうなかった。そして、ゆっくりと口を開く。

​「…ありがとう、ございます。…なんだか、少し…楽になりました」

​か細い声だったが、それは確かに沙耶自身の言葉だった。アキラは安心し、微笑んだ。

​「この邪気、一体どこから来たんだ?何か心当たりは?」

​アキラがそう尋ねると、沙耶は再び俯き、小さく首を振った。

​「…わからないです。でも…いじめが始まった頃から、なんです…」

​沙耶は震える声でそう呟いた。いじめと邪気。やはりこの二つは、深く結びついているようだ。アキラは、沙耶が語り始めた言葉の端々から、真実を掴むためのヒントを探し始めた。

​沙耶の表情に、ほんの少しだけ安堵の色が見える。しかし、彼女の心はまだ深く傷ついている。アキラは、この少女の心と、この事件の謎を同時に解き明かす決意を新たにするのだった。


​20万円の前払い

​沙耶の部屋を出ると、憔悴しきった様子の母親が待っていた。アキラは、沙耶が少し落ち着いたことを伝えると、母親は安堵の表情を見せた。

​「安倍さん…ありがとうございます。沙耶の部屋に入った瞬間、空気が変わったのが分かりました。本当に、あなたに依頼してよかった…」

​母親はそう言って深々と頭を下げた。アキラは、気恥ずかしそうに頭を掻く。

​「いえ、俺は当然のことをしただけですから。それに、ここからが本番ですからね」

​すると、母親は小さな紙袋をアキラに差し出した。

​「これは…ほんのお礼です。今回の件、本当にお願いします…」

​紙袋の中には、薄い封筒が二つ入っていた。アキラが中身を確かめると、そこにはそれぞれ10万円ずつ、合計20万円が入っていた。

​「え、これは…?」

​「今回の報酬、100万円のうちの前払いです。これで、心置きなく調査に専念してください」

​母親の言葉に、アキラは驚きを隠せない。普通、探偵稼業に前払いを渡すことはほとんどない。それだけ、彼女が今回の件に切羽詰まっているということなのだろう。

​「…分かりました。ありがたく頂戴します。この20万円、必ずお返ししてみせますから」

​アキラはそう言って、受け取った封筒をリュックにしまった。これで、当面の家賃は心配ない。しかし、彼の心は浮かれるどころか、さらに引き締まっていた。

​20万円という大金の前払い、そして100万円という破格の報酬。今回のいじめ問題は、アキラが今まで経験してきたどの依頼よりも、深く、そして危険な香りがする。

​「さあ、まずはこの邪気の元を辿るか…」

​アキラは、部屋に貼り付けた護符から微かに漏れる、邪気の残滓を追うように、静かに歩き始めるのだった。

​邪気の痕跡を追って、たどり着いた先は…

​柿崎沙耶の部屋を出たアキラは、護符に付着した邪気の残滓を辿り、近所の公園を抜けていった。その先にあるのは、小さな祠が祀られた、ちょっとした心霊スポットだ。

​「まさかこんなところに邪気の元凶が…って、おいおい、誰かいるじゃねえか」

​祠の前で何やらゴソゴソやっている人影に、アキラは声をかけた。振り返ったのは、見慣れた、だがこの時間帯にいると不気味な顔。

​「うわっ、ちーちゃん!なんでこんな時間に心霊スポットにいるんだよ!?まさか、霊感商法で小銭でも稼いでるのか?」

​そこにいたのは、幼なじみの新沼千恵だった。千恵はアキラのふざけた言葉に、いつものようにムッと眉をひそめる。

​「なっ!あんたこそ何よ!霊感商法だなんて失礼な!それより、また家賃滞納したでしょ!大家さんが『今すぐ回収してこい!』って、呪いの手紙みたいなの送ってきたんだからね!」

​千恵はそう言って、呪いの人形が描かれた手紙をアキラに見せつけた。

​「げっ、大家さん、呪術に手を出したのか…!?」

​アキラが怯えていると、千恵はため息をつく。

​「もういい!いいから、稼いだ分、全部出しなさいよ!」

​千恵はそう言って手を差し出した。アキラは「えー、全部かよ!」と文句を言いながら、先ほど沙耶の母親からもらった、20万円入りの封筒を差し出す。

​「ほらよ!これ、今回の前金!家賃どころか、来月分まで払えっつーの!」

​「えっ…?」

​千恵は目を丸くして封筒の中身を確認すると、驚きで固まった。

​「に、20万…?あんた、なんか悪いことしたんでしょ!?」

​「失礼な!ちゃんとした依頼だよ!…で、ちーちゃんこそ、なんでこんな所にいたんだ?」

​アキラの問いに、千恵は急に表情を曇らせ、目をそらした。

​「べ、別にいいじゃない!私がどこにいようと、あんたには関係ないでしょ!」

​「…なんだよ。隠し事か?なんか、ちーちゃんの周りから、すっごく嫌なオーラが出てるんだけど…」

​アキラの言葉に、千恵はハッとしたように、自分の周りを見回した。そして、一瞬だけ、怯えたような表情を見せた。

​「…と、とりあえず!家賃はこれで払っておくから!あんたは早く帰りなさい!」

​千恵はそう言ってアキラから逃げるように走り去ろうとする。しかし、アキラは探偵として、そして陰陽師としての勘が働いていた。

​「ちーちゃん、待てよ!どうせまた、ろくでもないことに巻き込まれてるんだろ!」

​アキラはそう言って、千恵を追いかけるのだった。


​千恵を追いかけようと走り出したアキラは、ふと立ち止まった。

​「…あ、待てよ」

​彼は自分のリュックをまさぐり、中身を確認する。入っていたはずの20万円の入った封筒は、すでに千恵に渡してしまった。

​「…うわぁ!やっちまった!」

​アキラは頭を抱えた。あの20万円は、家賃のためだけではなかった。最近、ろくに食事ができていなかったアキラのために、千恵が差し入れてくれた弁当のお礼として、食費も兼ねて渡すつもりだったのだ。

​「家賃だけじゃなく、俺の食費まで、全部…」

​アキラは愕然とした。これでは、また明日からろくに食事ができない。千恵に家賃を渡して安心するどころか、自分の明日の食事が危うくなってしまった。

​「…でも、まあ、いっか」

​アキラはすぐに前向きに切り替えた。

​「ちーちゃんがなんか隠してるみたいだし、まずはそっちの解決が先だ!それに、こんなにいいことしたんだ。きっと依頼もうまくいくし、またガッツリ稼げるはず!」

​アキラはそう言って、再び千恵を追いかけ始める。彼の頭の中は、自分の空腹よりも、幼なじみの心配事でいっぱいだった。

差し入れの再会

​千恵を追いかけようと駆け出そうとしたアキラは、足元でカサカサと音がすることに気づいた。見ると、千恵が置いていったお弁当の包みが、風に揺れていた。

​「ちーちゃん、弁当忘れてるぞー!」

​アキラがそう叫ぶと、千恵ははっとしたように立ち止まり、ゆっくりとアキラの方へ振り返った。彼女はしばらくアキラをじっと見つめていたが、やがて諦めたように大きくため息をつき、アキラのもとへと戻ってきた。

​「…もう、あんたは本当に馬鹿なんだから」

​そう言って、千恵はアキラの手に弁当を押し付けた。

​「せっかくの差し入れなんだから、ちゃんと食べなさいよ。じゃないと、あんたが先に倒れちゃうでしょ」

​千恵の言葉に、アキラは思わず苦笑いを浮かべた。

​「ありがとな、ちーちゃん」

​「べ、別に!あんたが倒れたら、大家さんから私が怒られるんだからね!」

​そう言って、千恵は再び走り去ろうとした。しかし、アキラは千恵の背中に向かって、思い切って声をかけた。

​「…ちーちゃん、俺は探偵なんだぜ。お前の悩み、全部お見通しだからな」

​アキラの言葉に、千恵の足がピタリと止まった。彼女は何も言わずに、ただアキラの背中を見つめていた。アキラは、千恵の心に渦巻く不安を、確かに感じ取っていた。

​この事件の裏に、千恵が隠している秘密が何かある。アキラはそう確信しながらも、まずは温かい弁当を口に運ぶのだった。

100万円の妄想と現実

​千恵にもらった温かい弁当を平らげ、アキラは夜道をチャリで走り出した。ペダルを漕ぎながら、アキラの頭の中は100万円でいっぱいになっていた。

​「100万…100万かぁ」

​まずは、ボロボロの愛車、チャリを新調だ。ギアの調子も悪いし、チェーンはサビまくっている。ピカピカのロードバイクにすれば、調査ももっとスムーズに進むだろう。

​次は、スマホの買い替えだ。今のスマホは、画面が割れているせいで指紋認証が効かない。最新のスマホなら、依頼主とのやりとりももっと楽になるはずだ。

​そして、PC、テレビ、ゲーム機…。「ゲーミングPCも欲しいし、でっかいテレビも欲しいなぁ。あわよくば、最新のゲーム機も…」

​アキラは妄想が止まらない。100万円があれば、あれもこれも全部手に入る。そんな夢のような生活を想像していると、あっという間に事務所の前に着いた。

​「はぁ…」

​夢から覚めたアキラは、古びた探偵事務所を見上げてため息をつく。100万円はまだ手元にはない。そして、そもそもこの依頼には、何か大きな秘密が隠されているようだ。

​「ま、いっか。まずは、この事務所を守らないとな」

​アキラはそう独りごち、事務所の鍵を開ける。夢のような生活は、今回の依頼を解決してからのお楽しみだ。

​アキラは、いよいよ本格的に調査に乗り出すことを決意するのだった。


次の日___アキラは、盛大に寝坊した。

​時計を見て飛び起きたアキラは、顔を洗う間も惜しんでチャリに飛び乗った。急いでいるにもかかわらず、日々の怠惰が祟ってか、足は思うように回らない。

​「くそっ、このままだと遅刻確定じゃねぇか…!おい、赤鬼くん!ちょっと手伝ってくれ!」

​アキラがそう叫ぶと、背後から「へいっ!」という威勢のいい声が聞こえた。アキラが使役する赤鬼の式神だ。赤鬼くんはアキラのチャリの後輪に憑依すると、その小さな体からは想像もつかない力を発揮した。

​「うおおおおおっ!!!」

​チャリの速度がぐんぐん上がっていく。普段なら時速10kmも出ないボロチャリが、まるでロケットのように加速していく。

​「おい、赤鬼くん!速度3倍って言ったろ!これ、どう考えても60kmは出てるぞ!」

​アキラは風に煽られながら叫んだ。時速30kmの距離を、時速60kmの速度で走行するアキラ。

​「だってよぉ、ご主人様!俺っちの力、すげぇだろ!」

​背後から聞こえる赤鬼くんの得意げな声に、アキラは「すげぇんじゃなくて、怖ぇんだよ!」と叫びながら、必死でハンドルを握りしめた。

​周囲の景色が、まるでワープでもしているかのように流れていく。風を切り裂くような爆音と共に、アキラは目的地に向かって一直線に爆走するのだった。

​赤鬼くんの力を借りて爆走したアキラは、間一髪で学校の校門に滑り込んだ。しかし、時すでに遅し。朝礼はとっくに始まっていた。

​「安倍アキラくん!重役出勤のつもりかしら?」

​アキラが教室に向かおうとすると、鋭い声が後ろから聞こえた。振り返ると、そこにはアキラが受け持つクラスの担任であり、恐ろしいことで有名な女性教師が立っていた。彼女の冷たい視線が、アキラに突き刺さる。

​「転校初日に朝礼遅刻なんて、良い度胸じゃない。まさか、今日も何か怪異に巻き込まれたって言うんじゃないでしょうね?」

​女性教師は、アキラが探偵兼陰陽師であること、そしてよく怪異に巻き込まれて学校に遅刻したり、休んだりすることをすでに知っているようだった。

​「いやいや、先生!そんなまさか!…ただ、ちょっと、寝坊しちゃって…」

​アキラはそう言って、へらへらと笑ってごまかそうとする。しかし、女性教師はアキラのふざけた態度に、さらに眉をひそめた。

​「ふざけている場合じゃないわ。教室に入ってきなさい。皆の前で、遅刻した理由を話しなさい」

​アキラは渋々、女性教師の後について教室へと入っていく。クラスメイトたちの好奇の目に晒されながら、アキラは「えーっと…」と口ごもった。

​「…まあ、いつものことだし、先生も諦めてるか」

​アキラはそう思いながら、心の中で「赤鬼くん、次からはスピード調整頼むぞ…」と、ひっそりと呟くのだった。

​アキラが言い訳を考えている、その時だった。

​パリンッ!

​けたたましい音と共に、教室の天井にあった蛍光灯が、突然割れた。ガラスの破片が、女性教師の頭上めがけて降り注ぐ。

​「先生っ!」

​とっさにアキラは女性教師を突き飛ばし、彼女を庇うように自分の上に覆いかぶさった。ガラスの破片が、アキラの背中に降り注ぐ。

​「…うぅっ…」

​背中から伝わる痛みに、アキラは顔をしかめた。しかし、それ以上に、教室中に広がる、あの邪悪な気配にアキラは身構える。

​「これは…!」

​アキラは女性教師を庇ったまま、上を見上げた。割れた蛍光灯の周りに、黒い靄のようなものが、わずかに揺らいでいるのが見えた。それは、昨日沙耶の部屋で感じた邪気と、まったく同じものだった。

​「…あんた、本当に…」

​女性教師は、呆然とした表情でアキラを見つめていた。アキラは「だーかーら、怪異に巻き込まれてるんですよ…」と、軽口を叩きながらも、割れた蛍光灯から漂う邪気の元凶を探し始めるのだった。

アキラは女性教師を庇った後、何事もなかったかのように立ち上がり、背中に刺さったガラスの破片を払い落とした。

​「先生、お怪我はありませんか?」

​女性教師は、呆然としたまま首を横に振る。彼女はアキラの背中から血が滲んでいることに気づき、心配そうな顔をした。

​「だ、大丈夫よ。それより、あなた…」

​「いやいや、これくらい平気っすよ!」

​アキラはいつものお調子者な態度に戻り、ニヤッと笑った。

​「とりあえず、改めて自己紹介っすね!今日からこのクラスにお世話になります!安倍アキラだ、夜露死苦!」

​アキラは片目を瞑り、親指を立ててみせる。教室は、水を打ったように静まりかえった。クラスメイトたちは、突然の出来事と、アキラのあまりにも古風な挨拶に、困惑した表情を浮かべていた。

​「…ぷっ、くくっ…!」

​その時、教室の隅から、か細い笑い声が聞こえた。アキラが目を向けると、そこには、眼鏡をかけたひとりの男子生徒が、必死に笑いをこらえている。

​「…ふっ、ふはははは!『夜露死苦』って、プッ、最高じゃん!」

​その男子生徒は、自分はアニオタでーす!と言わんばかりの風体で、アキラの挨拶に大ウケしていた。アキラは「よし、味方が一人増えたぞ…!」と心の中でガッツポーズをした。

​女性教師は、そんなアキラの態度に呆れながらも、安堵の息を漏らした。だが、彼女はまだ気づいていない。アキラが庇った際に放った、邪気払いの術を。そして、教室に蔓延し始めている、もうひとつの邪気の存在に。

新人教師・高橋峰子

​アキラの自己紹介に呆れながらも、高橋先生は気を取り直して教卓に戻った。彼女は今年から教師になったばかりで、このクラスを初めて受け持っている。

​「…まったく。気を取り直して、皆、もう一度、自己紹介をしましょう。私が名前を呼ぶから、前に出てきて自己紹介をして」

​高橋先生はそう言って、教卓に置かれた出席簿を開いた。その顔には、新人教師らしい、少しばかりの緊張が浮かんでいる。

​「では、出席番号順に。…朝倉、陽菜さん」

​「はいっ!」

​明るく元気な声が教室に響いた。朝倉陽菜は、ショートヘアが似合う活発そうな女の子だ。

​「安藤、健太くん」

​「っす」

​少しぶっきらぼうだが、スポーツマンらしい安藤健太が前に出てくる。

​高橋先生は、一人ひとりの名前を丁寧に読み上げていく。

​「…そして、安倍、アキラくん」

​高橋先生がアキラの名前を呼ぶと、アキラは席を立ち、教卓の前に立った。

​「…さて、先ほどはド派手な自己紹介だったけど、今度は真面目にやりなさいよ」

​高橋先生はそう言って、アキラに釘を刺す。アキラは「はーい」と気の抜けた返事をしながら、クラスメイトたちに向き直った。

​彼の視界の隅に、昨日から感じている邪気と同じものが、クラスメイトたちの中にもうっすらと漂っているのが見えた。このクラスは、何かがおかしい。

​アキラは、ただのいじめではない、この事件の深淵に、一歩足を踏み入れたことを自覚するのだった。


​高橋先生は出席簿を読み上げていく。順調に名前が呼ばれていく中、ある名前のところで彼女の声が止まった。

​「…柿、崎…沙耶さん」

​高橋先生は、その名前を読み上げる際に、言葉に詰まった。彼女の顔には、一瞬だけ、深い悲しみと、戸惑いの表情が浮かんだ。しかし、すぐにそれを隠し、何事もなかったかのように平静を装った。

​「…柿崎沙耶さん、は、体調不良のため、本日は欠席です」

​高橋先生はそう言って、出席簿に欠席の印をつけた。だが、その手は微かに震えていた。

​アキラは、その一瞬の沈黙と、高橋先生の表情の変化を見逃さなかった。

​「…やっぱり、この先生も何か知ってるな」

​アキラは確信した。高橋先生は、沙耶のいじめ問題について、何か隠している。そして、そのことについて深く心を痛めている。

​アキラは、高橋先生の様子から、このいじめ問題が彼女の新人教師としてのキャリアにも大きな影を落としていることを感じ取った。

​「先生、何か知ってるんすか?…柿崎さんのこと」

​アキラは、授業が始まる前の短い時間を利用して、高橋先生に問いかけた。しかし、高橋先生はアキラの問いには答えず、ただ静かに黒板に向き直るだけだった。

​アキラは、この担任教師もまた、事件の重要な鍵を握っていることを予感するのだった。

​授業が始まり、高橋先生は淡々と授業を進めていく。アキラは先生の話を聞きながら、頭の中では昨日の出来事と今日の出来事を整理していた。

​「…とりあえず、屋上で千恵にもらった弁当でも食いながら、じっくり考えるか」

​そう思い、アキラが席から立ち上がろうとした、その時だった。

​スッ…

​アキラの足元に、誰かの足が伸びてきた。クラスで一際目立つ、不良生徒の立花蓮だ。彼はアキラの動きを読んで、足を引っ掛けようとしていた。

​アキラはそれに気づくと、まるで最初からそうするつもりだったかのように、軽くジャンプして立花の足をかわした。

​「おいおい、転校初日にそんなんして、いいのかよ?」

​アキラがそう言ってニヤリと笑うと、立花は不機嫌そうな顔でアキラを睨みつけた。その表情には、露骨な敵意が浮かんでいた。

​「…なんだよ、そのふざけた顔」

​立花は、アキラの軽口に苛立ちを募らせる。

​クラスの視線が、一気にアキラと立花に集まった。高橋先生も、二人の間に漂う緊張感に気づき、慌てて二人を制止しようとする。

​「立花くん、安倍くん!授業中よ、やめなさい!」

​しかし、立花は高橋先生の言葉を無視し、アキラを睨みつけ続ける。アキラは、立花の瞳の奥に、昨日沙耶の部屋で感じた邪気と似た、微かな光が揺らいでいるのを感じた。

​「…なんだ、こいつ。…このクラスにも、邪気が入り込んでるのか?」

​アキラはそう確信し、立花に向かって、不敵な笑みを浮かべるのだった。

アキラは、千恵からもらった弁当を片手に、教室を出て屋上へと向かおうとした。しかし、廊下に出たところで、彼の前に5人の生徒が立ちふさがった。立花蓮と、彼の取り巻きの不良たちだ。

​「おい、新入り。ちょっと話があるんだけど」

​不良Aがそう言って、アキラにメンチを切る。アキラは「えー、めんどくせぇ…」と、心の中で呟いた。

​不良たちは、アキラを取り囲むように近づいてくる。アキラは、彼らが足を引っ掛けてこようとしていることに気づき、心の中で赤鬼くんに指示を出した。

​「赤鬼くん、上履きにちょっとだけ力貸してくれ!」

​「へいへい、承知したぜ!」

​アキラは不良たちの動きに合わせて、軽くステップを踏んだ。不良たちが一斉に足を引っ掛けようとすると、アキラはまるでスケートでもしているかのように、ツルンと彼らの間をすり抜けていく。

​「な、なんだ、こいつ…!?」

​不良たちは、アキラの信じられない動きに、呆然と立ち尽くしていた。

​「わりぃな、ちょっと急いでるんで」

​アキラはそう言って、彼らに背を向け、悠々と屋上へと向かった。

​屋上のドアを開け、広がる青空の下、アキラはコンクリートの床に座り込み、千恵の弁当を広げた。

​「さてと、まずは情報整理だ…」

​アキラは、昨日から今日にかけて起きた出来事を頭の中で一つ一つ整理していく。

​柿崎沙耶の部屋:邪気で満ちていて、護符で一時的に封印した。スマホやPCといった電化製品にも影響を及ぼしていた。

​新沼千恵:邪気の痕跡を辿った先にいた。何か隠し事をしているようだが、口を割らない。

​高橋峰子先生:沙耶の名前を読み上げる際に動揺していた。何か知っているはず。

​立花蓮:彼の目にも邪気と同じような光が見えた。そして、アキラに敵意を向けている。

​「…沙耶のいじめと邪気、そして千恵と、このクラスの生徒たち。この三つがどう繋がってるんだ…?」

​アキラは、温かい弁当を頬張りながら、この複雑に絡み合った糸を解きほぐすべく、思考を巡らせるのだった。

「…この邪気、まるで、誰かが意図的に撒き散らしてるみたいだ」

​だとしたら、その目的はなんだ?100万円という高額な報酬。そして、沙耶の母親が依頼してきたこと。

​俺は、弁当を一口頬張り、考えを巡らせる。

​「…まずは、高橋先生に話を聞いてみるか。先生が隠してるってことは、何か沙耶のいじめに関わる大きな秘密があるはずだ」

​俺はそう決意し、立ち上がった。

​放課後、職員室

​授業が終わり、俺は職員室に向かった。職員室には何人かの先生が残っていたけど、高橋先生はまだ席に座って仕事をしていた。

​「先生、ちょっといいっすか?」

​俺が声をかけると、高橋先生は疲れた顔でこちらを振り向いた。

​「なに、安倍くん。また何かやらかした?」

​「いやいや、そうじゃなくて。…先生、柿崎沙耶のこと、何か知ってるんじゃないですか?」

​俺がそう切り出すと、高橋先生の表情が、一瞬で凍り付いた。彼女は、周りの先生に聞こえないよう、小声で言った。

​「…どうして、そんなこと聞くの?」

​「俺は、探偵なんで。それに、あのいじめは、ただのいじめじゃない。先生も薄々気づいてるんじゃないですか?」

​俺の言葉に、高橋先生は深くため息をついた。

​「…そうね。…話が早くて助かるわ」

​高橋先生は、席を立ち、俺を連れて職員室の隅にある、誰も使っていない資料室へと向かった。

​「実はね…」

​資料室に入ると、彼女は静かに語り始めた。彼女が口にしたのは、この学校で密かに囁かれている、ある噂だった。

​その噂は、この学校の生徒を呪い、不幸にする「呪術」に関するものだった。

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